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最終章 未来へ
第54話 もふもふ猫の夢?問題
しおりを挟む「サブライムのつがい候補っていうのは……」
エピタフの視線がとある人を見た。おれも釣られてその方向に視線をやると、そこにはスティールがいた。
「おれだよ」
「へ!?」
「おれだよ。おれ。サブライムのつがい候補はなにを隠そう、このおれ。スティールだ。王宮の奴らはなんにも考えていないんじゃないかって思うよな。サブライムのつがいがおれだなんて! ないない。そう思わないか」
サブライムは「おれだって願い下げだ」と肩を竦めた。それからエピタフも首を横に振る。
「私だって嫌ですね」
「エピタフは断るなよ」
「おれのつがいにちょっかいかけるなよ。スティール。お前だって殺すぞ」
執務室は大騒ぎになる。けれど、なんだか気が抜けた。
(なんだ……そうだったんだ)
おれはてっきり、エピタフみたいに美人で血筋もいい人なのだろうと思っていたから。なんだか気が抜けた。理由はわからないけれど「スティールなら大丈夫だ」と妙に安堵してしまったのだ。
「これでわかっただろう?」
サブライムは腰を上げると手を打ち鳴らした。
「さあ、ここまでだ。おれも公務がある。みんなも持ち場に戻ってくれ」
みんなが思い思いに言葉を交わしながら執務室を出ていく。それを見送っていると、いつの間にか、部屋の中にはおれとサブライムだけになった。
「故郷に一時的に帰るとは言え、エピタフの屋敷に老虎が住まうことになるだろう。お前は邪魔になる。王宮で暮らすといい」
サブライムは手招きをする。おれは恥ずかしい気持ちを押し込めながら、彼の座っている長椅子の隣に腰を下ろす。すると、サブライムの手が伸びてきて腰を引き寄せられた。
「いろいろなことがありすぎたが。やっとこれで落ち着ける」
「サブライム……」
距離が近い。サブライムの熱を感じたかと思うと、彼の大きな手がおれの肩を押した。
おれはあっという間に長椅子に押し倒された。そしてサブライムが覆いかぶさってくる。いつもと同じ。きらきらとした碧眼がおれをまっすぐに見下ろしていた。
「これで静かになった。邪魔もない。凛空。約束、覚えているな?」
「約束……もちろん」
「お前はおれのつがいになるか?」
「——本当におれでいいのかな」
「お前はお前だ。おれは歌姫でもなんでもないお前が好きだ。おれはずっとお前を見てきた。何度この時を夢見たことか」
サブライムは囁くように言った。
「故郷に帰るか? 凛空。あの町に帰るか?」
「おれは……。帰らないよ。ここにいたい」
(おれはサブライムのそばにいられるなら。こうしていたい)
彼はなんて言うのだろうか。そう思ってじっとその碧眼を見つめ返すと、サブライムは「ぷ」と笑った。そして「あははは」と大きな声で笑った。
「な、なんで笑うんだよ」
「いや。嬉しいなと思ったのだ。凛空。おれは本当に嬉しいのだ。昔。紙に書かれた情報だけでお前を想像した。大聖堂で見たお前は、おれの思っている以上に可愛い黒猫だった。そのお前が、おれのそばにいてくれるというのだ。こんな嬉しい話はないではないか」
サブライムは王様だから仕方がないのかも知れないが、こうして頭のてっぺんまで熱くなってしまうような台詞を平気で口にする。もう火が噴き出てしまいそうなほど、恥ずかしい気持ちになった。
「リガードから預かった大切なお前だ。大事にしよう。お前はおれのそばにいろ。凛空」
(きっと……いいんだよね? じいさん。おれ。これでいいんだよね?)
微笑を浮かべたサブライムの顔が近づいてくる。おれは堪らなくなって、目をぎゅっと瞑った。
ふと触れたサブライムの唇は甘かった。何度かついばむように触れていた唇だったけれど、そのうちにそれは深く重なった。
耳が後ろに倒れて、しっぽの付け根がもぞもぞと落ち着かなくなった。サブライムの大きな背中に手を回すと、彼は口元を緩める。
「好きだ。凛空」
「お、……おれも。サブライムが、好き……」
「ずっとそばにいてくれるか?」
「うん。ずっといたい……」
サブライムのおれを抱く腕の力は強い。これは彼の意志。腰に回された手がおれのしっぽを撫でた。
「ひゃあ……」
「かわいい声を出す。堪らなくなるぞ」
「だ、だ、だって!」
(おれ、どうなるの!? ちょっと待ってよ。交尾ってどんなことするんだろう? ああ、なんだよー! もっと勉強しておくんだった!)
どきどきと鼓動を早める心臓の音に支配されて、顔が熱くなってしまって、どうしたらいいのかわからない。だから余計にサブライムにすがるしかない。そんな情けないことになっているというのに、彼の細い指はおれのからだを縦横無尽に這いまわる。
(も、もうだめー!!)
一度開いたおれの目は、サブライムに釘付けだ。しかし。ふとサブライムの肩越しに見えたふわふわの植物が目に入った。
(ああ、なんでこんな時に!)
もうサブライムどころではない。そのふわふわに手を伸ばしたい衝動に駆られると、どうしたらいいのかわからなくなってしまった。
そんなおれの様子に気がついたのだろう。彼は笑みを浮かべた。
「また、あのふわふわが気になるのか」
「ち、違うよ。違う。絶対に違うし」
「そうか?」
長い腕を伸ばし、サブライムは花瓶からふわふわした植物を引き抜いた。
「まったく。誰だ。こんなものを飾るのは。凛空には悪影響だな。よく言っておかなければなるまい」
彼は右手でその植物を持ち、左手でその先を弄ぶ。その手元を見ているだけで、しっぽがぷるぷるとして、むずむずとした感覚が抑えきれない。
思わず右手が前に出た。サブライムはそれをひょいと翻す。それに合わせて左手が出た。おれが捕まえられないようにと、サブライムはふわふわを器用に操った。
「ほらほら」
遊ばれているのはわかっていても止められないのだから仕方がない。必死にふわふわを目で追いながら手を交互に出していると、サブライムは笑い出した。
「凛空! お前、本当にかわいいな」
「だ、だって……。サブライムが」
「おれのせいか?」
「うう……」
彼はずっと笑っている。
「やはりお前は猫だな」
「エピタフに怒られちゃう。王宮に住むなら、ちゃんとしないといけないでしょう?」
「そうだろうか。お前はお前だ。お前らしくいるのがいい。おれはお前そのものが好きだ。しおらしく、品よくしているなんて、お前らしくないだろう?」
サブライムは「ふふ」と笑みを浮かべた。
「お前はおれのつがいになり、おれの子を産む。けれど、時間はたくさんある。ゆっくりと楽しませてもらおうじゃないか。猫族は妊娠しやすいのか?」
「そ、そんなの。知らないよ!」
「凛空は自分のこともよく理解していない。まだまだ勉強しなければならないことが、たくさんあるようだ」
サブライムの言うことは最もだ。おれにはまだまだ知らないことが多すぎる。視線を伏せていると、サブライムの手が伸びてきておれの頬を撫でた。
「ずっとお預けにされて来たからな。こんなふわふわよりも、おれがお前を夢中にさせてやろう」
彼のその形のいい指は、おれの首筋をなぞると、そのまま下におりていく。脇腹を撫で、それから服の合間から、おれの肌にピッタリとくっついた。
(あああ、く、くすぐったい)
けれど。その感触は悪くはない。服を更に捲り上げ、サブライムはおれの脇腹に口付けを落とした。熱い吐息と共に、柔らかい舌が、おれの肌を刺激する。
「は……」
出したくもないのに。へんてこな声が上がった。サブライムはそんなことはお構いなしに、脇腹から臍。そしてその下へと口付けを落としていく。
「ああ、だ、だめ。や、やっぱり」
「黙っておけ。おれに任せればいい」
「で、でもー!」
(そ、そこは!)
誰にも触れられたこともないところなのに。彼は優しく服を剥ぎ取っていく。恥ずかしくて、頭が爆発しそうだった。
「お前と繋がりたい」
その意味がよくわからないのに。なのに。おれは首を縦に振っていた。
サブライムの長い腕が。おれの足を絡めとると、思い切り引き寄せられる。
「や、やだ。恥ずかしい」
「恥ずかしくなどあるものか。全て見せろ。お前の全てだ。からだも。そして、繋がっている時の顔もだ」
サブライムの熱が。おれの腰に当たる。熱くて、大きくて、そして脈打つそれの感触に、心の奥底が疼いた。
(エピタフや老虎も、こうしたの? これが。これが交尾!?)
サブライムはおれのからだのいたるところを吸い上げて、そして痕を残す。からだの奥底から、湧き上がるこの感情は、今までに感じたこともないもの。おれのからだも熱く、大きく拍動していた。
サブライムの唇がおれの唇にくっつくと、その柔らかい舌が口内を掻き回す。
「あ、あ……ん、あ、」
自分でも驚くほどの声。腰が勝手に揺れて、サブライムの熱にピッタリとくっ付きたくなる。
「それ。どうする……の?」
「お前の中に入るのだ」
「あ、あ……な、なら。は、早く。入れて欲しい」
(ああ。欲しい。サブライムが欲しい)
「そうか。おねだりするとは。上出来だ。凛空」
おれの口元から流れ落ちた唾液を指で拭うと、サブライムは悪戯な笑みを見せて、そしておれの中に入り込んできた。
「ああああ」
(なにこれ!?)
まるで雷で打たれたみたいな刺激なのに。気持ちが良すぎて目の前で火花が散った。
「真のつがいの交尾は格別と聞くが。これはまさに至福の時間だな」
「ああ、サ、サブライム……っ」
「そうだ。おれの名を呼べ。もっとだ」
「サブライム……っ」
彼の熱が。繋がっている場所から伝わって、おれを焼き尽くすみたい。熱い。からだが。溶けてしまいそう。必死に彼の首に縋り付くと、からだが近くなって、更に奥深くまで受け入れた。
「凛空」
深く深くつながる中、おれはサブライムとの恍惚の時間に溺れていた。今までのことなど、どこかに行ってしまったように。まるで全てのことを忘れてしまったように。サブライムのことだけを考えていた。
「おれと一緒に歩んでくれ。凛空。頼りない王だが、おれはもっと強い王になる。お前や、この国の者たちのためにな——」
サブライムはきらきらの王様だ。おれは猫族の黒猫。けれど、こうして王様と一緒に人生を歩むことになった。
十八歳になる前の日。あの日常からは、かなり大きく変わってしまったおれの人生だけれど。これはこれで悪くはない。
「おれで、よければ……。おれもサブライムの力になりたい」
「頼もしい歌姫だ。おれと一緒におれたちの世界を作ろう。凛空」
おれの返事を待たずに、サブライムの唇が、再びおれの唇に重なった。答えは聞かなくてもわかっている、とでも言いたげ。
(おれは、ここにいてもいいんだよね? ねえ。じいさん)
左中指に光る指輪は、いつまでもおれのことを見守ってくれているように見えた。
—了—
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