地方公務員になってみたら、配属されたのは流刑地と呼ばれる音楽ホールでした。

雪うさこ

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オルガンのための10の小品 "Dix Pieces"  第四曲 トッカータ hmoll

第8話 仲直り

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「星野さん。おれ、文章作るの苦手です」 

「そんなのはおれもだぜ」 

「嘘だ。星野さんはなんでも器用じゃないですか」 

 あおはそう言って、廊下に等間隔にぶら下げられている写真のパネルを眺める。星音堂せいおんどうで演奏会を開いた有名演奏家たちの写真だ。それを星野がパネルに張り付けて、ワイヤーで綺麗に展示しているのだ。 

「なんでもってわけじゃねーだろう? 音楽はできねえし」 

「音楽だけですよ。星野さんが苦手なの」 

「んなわけあるかよ。口も悪いからな。人との付き合いも苦手だ。みんなおれの本質を見てくれるからさ。ここではやっていけるけどよ。本庁では使い物にならないダメ職員の烙印を押されてここに流れ着いたんだぞ」 

 星野は笑って話すが、さぞ嫌な思いをしたのではないかと思った。 

「おれは最初からここですからいいですけど——。途中異動はなんとなく厳しいですね」 

「まあな。みんな憐みの目だぞ。おれって可哀そうな奴なんだな~ってさ。思ったけどよ。別に上に行きたいわけじゃなかったし。おれは自分の好きなことができればそれでいいんだよなあ」 

 星野はいい。ここでやりたいこと見つけて、自分で取り組んでいるのだ。だが、自分はまだまだ半人前だ。なぜここに配属になったのかもわからないし。自分がここにいる意味を考え始めるとモヤモヤとしてきて、不安になるのだった。 

「なんで、ここだったんでしょう。おれ——」 

「え? 聞いてないの?」 

 星野は両手を頭の後ろで組んで笑う。 

「お前、英語できんだろう?」 

 意外な言葉に一瞬目を瞬かせてから頷く。 

「え、ええ。英語は比較的できますけど」 

「それだよ。それ。ここで演奏するやつらは日本以外からも来るからな」 

「え? それだけ?」 

「それだけって。大変なことだぞ」 

「星野さんもできるんですか?」 

「少しはな」 

「ええ。じゃあ、英語できない方がよかったんだ……」 

「んな寂しいこというなよ~。ここにこなきゃ、関口とも会えなかっただろう?」 

 ——ああ、そうだった。 

 蒼は関口のことを思い出して顔色を悪くする。 

「なんだよ~。しけた面してよお。ケンカかよ。いつもケンカしてんじゃん」 

「でも、なんか。すっごく怒ってて。おれ、なんかしちゃったのかな」 

「はあ?」 

 蒼は星野に先日の場面を説明した。星野ならなぜ関口が怒っているのかわかるかも知れない。付き合いが長いからだ。 

 もうずっと考えているが答えが見つからないのだ。しかし、やはりというのか、案の定というのか。星野はすぐにお腹を抱えて笑い出した。 

「お、お前! そ、そりゃ怒るだろうよ」 

「え!? どこがですか? おれ、変です? 失礼なこと言いました?」 

 蒼は余計にわからなくなった。 

「いいさ、いいさ。大丈夫だ。そのうち、曲げたへそ戻すって」 

「そうでしょうか」 

「うんうん。お前は悪くない」 

「本当ですか?」 

「大丈夫だ。多分、もうそろそろしびれを切らして……」 

 星野がそう言ったか言い終わらないかのうちに、関口が顔を出した。気まずそうな表情だった。 

「ほれみろ~。あ、そうだった。おれ、トイレ行きたいんだ。ラウンド代わってやるから、お前はここ見張り当番な」 

 星野は意味ありげな笑みを浮かべながら、蒼の手から懐中電灯を引っ張るとさっさと歩き出した。 

「星野さん——」 

 ——置いてかないで……。 

 そう思うが遅い。関口の肩を叩いた星野は、さっさとその場から姿を消した。 

「蒼」 

 関口は練習の途中なのだろうか。荷物もなにも持っていない。なんだか最初のよそよそしい感じが彷彿とさせられて、蒼はもぞもぞとする感覚を持て余した。 

「この前は悪かったな」 

「べ、別にいいけど。でも——でも。急に不機嫌になるんだ。気にするじゃない?」 

「そうだよな。悪い」 

 関口は星野が座っていた席に腰を下ろす。 

「幽霊の話嫌いだった?」 

「嫌いってわけじゃないけど……。ともかく謝っとく。理由は聞くな」 

 ——偉そうに。ずっと悩んでいた自分がバカみたいじゃないか。 

 蒼は内心むっとするが、もともと我儘で自分勝手な男だったことを思い出した。 

 ——育ちのいい音楽バカだもんね。仕方ないか。 

「いいよ。わかった。許す。——でも、今度、突然不機嫌になって理由を言わなかったら友達辞めるからね」 

「え」 

「え、じゃないでしょう? 理不尽すぎる。あのねえ、ちゃんと言うんだよ。そういうの。関口はいつも自分勝手なんだから。たまにはおれも我儘言いたい!」 

 そう言い切ってから、はっとする。我儘言わせろ宣言なんて、なんだか子供じみている。蒼は顔を赤くして口を閉ざした。それを見ていた関口はぷっと吹き出した。 

「ねえ、五歳児」 

「ち、違うし。れっきとした大人です」 

「大人~? 蒼が?」 

「そうです!」

 もう恥ずかしくて視線を戻すことも儘ならない。これが友達だ。喧嘩をしてもこうして仲直りして付き合っていくのだ。今まで『友達』と呼べる人はそういなかったのだ。ガラス窓に映る自分と関口を眺めてくすぐったい気持ちを持て余していた。 

 


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