45 / 231
第4章 犬の故郷へ
01 故郷
しおりを挟む雪割町は、人口一万人くらいの小さい町だ。元々は米どころで、農家が多い。市町村合併が始まった頃から、町は合併しない選択肢を突き進んだ。それが功を奏した。
付近の町村も財政的に余裕があったわけではないので、集まっても増えるのは広大な土地ばかりだった。雪割町長は、自分たちだけでの生き残りをかけて、農産物だけでなく、基本的な改革に着手した。
そして、子育てのしやすさナンバーワンを目指し、若い人たちの移住を促したのだ。
その結果、人口は一万人をキープし、ここ数年は、『住んでみたい田舎ランキング』の上位に食い込む人気ぶりだった。
「係長、大丈夫ですか」
助手席を倒して、転寝をしていた保住は、田口の声に目を開けた。
「一時間とは言え、車に乗っているのはきつかったですね」
自分の故郷へ帰れる嬉しさに併せて、保住を連れて行くといういつもとは違った帰省に興奮しているのだろう。いつもそうおしゃべりではない質なはずなのに、なんだかんだと言葉を紡いでいた。保住は黙って天井を見上げていたが、ぽつりと呟く。
「嗅いだことのない匂いがする」
少し開いている窓から入り込んでくる匂いか?
田口にとったら馴染みの匂いであるため、なにがそうなるのかわからない。
「臭いですか、すみません」
「いや、いい匂いだ。おばあちゃん家みたいなイメージ」
「係長のおばあちゃん家は田舎ですか?」
「いや、梅沢の駅前だ」
田口は笑う。
「田舎の風景なんて全くない場所ではないですか……」
信号で止まって保住を見ると、彼の漆黒の瞳に青い空が映っていた。生気のないくすんだ瞳。体調がやはり、思わしくないのだろう。話しすぎたと反省をした。
「家に来たら、なにも構うことはありませんから。ずっと横になっていてください」
「起きていたいところだが、多分無理だ。お言葉に甘えてもいいのだろうか。おれなんかが来て良かったのか? お前の大事な夏休みだ」
「構いませんよ。どうせ、実家に来ても、おれもゴロゴロしているだけです」
「親御さんだけか?」
「いえ、祖父母と両親と、兄家族です。兄家族は子供が三人で……全部で九人家族です」
保住は笑う。
「テレビに出てきそうな大家族だな」
「そうですか? 雪割では三世代、四世代がザラです」
「そうか。それはそれでいいな」
瞳を閉じる保住は、話すことも疲れているようだ。田口は黙りこんだ。休ませると言っておきながら、自分が一番足を引っ張ってはいけないのだ。
時計は午後六時を指すところだ。ジリジリとた日差しは多少和らぐ。軽く沈んできた夕日が、鮮やかなオレンジ色を作り始める。猛暑といえど、雪割の夏は朝晩寒いくらいだ。風邪をひかないように注意しないと。そんなことを考えながら、田口は自宅を目指した。
そして目的地。田口の青い車が敷地内に入ると、中からでっぷりした容姿の母親が出てきた。
「おかえり!」
彼女は人の良さそうな笑みを浮かべて転がるようだ。
「母さん、ただいま」
「大変だったね……で?」
母親は、ワクワクした視線で田口の車を見ていた。馴染んだ実家なのに、なんだか落ち着かない。保住をどう紹介しようか思案していると、彼は頭を下げながら車から降りてきた。
「保住です。すみません、大変ご迷惑をおかけします」
「あら……」
「母です」
田口の母親は、目をパチクリさせてから笑った。
「あらやだ! 銀太の上司の方って言うから、おじさんがくるのがと思った!」
「母さん……係長は一応、年上だからね」
「そうなのが?! 銀太より断然、若く見えるわ」
田口より小柄ではあっても、横幅は優っている彼女は存在感がありすぎだ。なんだか相変わらずで、笑うしかなかった。
「銀太、戻ったか」
きゃっきゃとしている母親を見て苦笑していると、農作業を終えた父親と祖父が帰ってきた。
「係長、父と祖父です」
保住は二人に深々と頭を下げる。
「この度はお世話になります」
「なんだぁ、係長さんって言うがら、おじさんがくるのがど思った」
「んだな」
「部屋だけはいくらでもある。家族も多いから人間一人ぐれぇ増えんのは、どってごとないが……逆に、うるさくて休めないのではないがと、心配すています」
父親は、はにかんだ笑顔を見せる。田口そっくりの父だ。外仕事をしているせいで、日焼けをしていて田口よりは黒いが、彼そのものなのだ。保住は瞳を細めてから頭を下げた。
「いえ。ありがとうございます」
一通りの挨拶を交わしたことを確認し、田口は今度は祖父を紹介した。
「係長、祖父です」
「保住です。どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらごそ」
祖父は寡黙なタイプだ。にこにこしているものの、一言だけ告げて後はペコリと頭を下げた。
「とりあえず、中に入ろう。今日退院したばかりと聞いてます」
「自己管理が悪くて」
父親が保住を促し、談笑しながら家に入っていくのを見て、母親は笑う。
「お父さん、楽しみにしでたのよ」
「え?」
田口は目を瞬かせる。
「だって、あんだ初めてじゃない? 梅沢の人、連れて来るの」
「そうだね」
「みんな心配してんだから。あんだ、人見知りだし。無愛想だから、友達とか、懇意にしてくれる人、いないんじゃないがって」
図星。さすが家族。よくわかっている。
「係長は上司だし、頼まれただけだげど」
「頼まれるってことは、信頼されてるんじゃないの」
そうなのだろうか。
——自分が?
なんだか実感がないが、そうなのかもしれない。
「なんだが、安心したわ」
母親の笑顔を見て、余程みんなに心配をかけていたのだと思い、少し胸が痛んだ。
0
あなたにおすすめの小説
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。
野球部のマネージャーの僕
守 秀斗
BL
僕は高校の野球部のマネージャーをしている。そして、お目当ては島谷先輩。でも、告白しようか迷っていたところ、ある日、他の部員の石川先輩に押し倒されてしまったんだけど……。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる