田舎の犬と都会の猫ー振興係編ー

雪うさこ

文字の大きさ
57 / 231
第5章 お祭りランデブー

03 田舎犬のトキメキ

しおりを挟む





「型抜きって懐かしいな」

「よくやりましたね。難しいんですよね」

「結構どころの話ではない。成功した試しがないな」

「確かに。あれって本当に出来上がるのでしょうか?」

「出来るヤツもいるようだが、稀だろう」

 そんな他愛もない話をして、参拝をしてから二人は、露店に繰り出した。

「祭りに来たら、やっぱりぶどう飴だよな」

 保住は、きょろきょろと周囲を見渡す。

「え、甘いのが先ですか」

「甘いのばかりでいいのだが」

「ダメです。おれは、腹が減っています」

「お前主語か」

「おごる側の意向も汲んでくださいよ」

「仕方がないな」

 田口は、すぐそばのたこ焼き屋に足を向ける。

「二つでいいですか」

「一つもいらないな。そんなに食べたら飴が食べられなくなるではないか」

「贅沢ですね」

 たこ焼き屋の威勢のいいお兄さんに声をかけてたこ焼きを一つ頼む。しかし、二人とも手が付けられない。

「田口、先に食べていいぞ」

「いいえ。係長こそ。どうぞ」

 押し問答の意味はそれぞれしか分からないはずなのに。もしかして同じ理由かも? と思うと笑ってしまう。田口が先に白状した。

「おれ、猫舌で」

「おれも無理だ。冷めてからにしてくれ」

「そうだと思いました」

 田口は笑う。保住も苦笑いだ。

「では、時間をおいてからにするとしよう」

「ですね」

「お! フルーツ飴ではないか。ほらみろ。こっちが先だな」

「仕方ありません。お付き合いします」

 終始、保住に振り回されっぱなしな気もしないでもないが、ああだこうだと仕事以外の話をするのは楽しい。

 そして、こういう時間を共有できるということが至福の時だ。居酒屋などで食事もいいけれど、イレギュラーなイベントはハラハラドキドキものだ。

 なにより、澤井の誘いを断って、自分を選んでくれた彼の気持ちが嬉しい。目を輝かせてフルーツ飴を選んでいる彼の横顔を見ていると、心が落ち着いた。

「田口!」

 ぼんやりとしていると、保住に袖を引かれた。

「はい」

「ぼけっとしていると邪魔になるぞ」

「すみません」

「お前はどれにするのだ? 早く決めろ」

「おれもですか?」

「美味しいぞ。食べてみろ」

 店の営業みたいな彼の言葉に、店主も笑っている。

「お兄さん、営業ありがとね」

「営業をしているつもりはないが」

 周囲の女性たちも、保住の声につられてやって来る。

「わあ、美味しそう」

「かわいい」

「美味しいぞ。これは間違いない」

 保住の太鼓判に、彼女たちは目がハートになってそれから熱心に飴を見始める。

「係長。恥ずかしいのでやめてください」

「だって……」

 結局。保住の営業(?)のおかげで思ったよりも飴が売れた店主におまけをもらって、彼はほくほく顔だった。

「いい人であった」

「いい人って……」

 あなたのほうがいい人ですよ、と思う。

「そういえば」

 みかんの飴をほおばりながら保住は声を上げた。

「なんでしょう?」

芽依めいちゃんからよくメールが来る」

 芽依とは、田口の姪っ子のことである。彼女は中学生で、進路のことなどで悩む難しいお年頃だが、保住とは意気投合をしているようで、療養から帰ってからも何度かメールでやり取りをしているのは知っていた。

「すみません。ご迷惑ですね。芽依ちゃんには言っておきます」

「いやいや。おれはいいのだが。親御さんたちに心配をかけさせてしまわないように話をしておいてくれ」

「兄たちは全然大丈夫ですけど。おれのところにだって、本当にたまになのに。係長のところにはどんな内容のメールをよこすんですか?」

「それは個人情報だろう」

「そんな。意地悪ですね」

「彼女の権利だ」

 保住は悪戯に笑う。そしてぽかんとしている田口の口に、小さいリンゴの飴を押し込んだ。

「ふが!」

「早く食べろ」

「係長!!」

 田口は飴の持ち手をもって抗議する。

「死にますからやめてください!」

「すまない、加減したつもりだ」

「勘弁してくださいよ」

 そう言いつつ、りんご飴の味は遠い昔の記憶をくすぐる。子供の頃は、フルーツ飴と言ったら、りんご飴くらいしかなかったものである。家族で繰り出した地元の縁日で食べた飴の味。懐かしい気持ちになった。

 大人しく飴を堪能する田口を見て、保住は笑う。

「なかなかいいものだろう」

「確かに。懐かしい味がします」

「たまにはいいのだ。こういうことも」

 二人は雑踏の中を連れ立って歩く。結局、そのあとはおもちゃ系の店ばかりハシゴをしてしまった。お腹はいっぱいにならなかったけど、胸はいっぱいだ。駐車場に向かって歩く二人の手には、子供が喜びそうなものばかりぶら下がっていた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

野球部のマネージャーの僕

守 秀斗
BL
僕は高校の野球部のマネージャーをしている。そして、お目当ては島谷先輩。でも、告白しようか迷っていたところ、ある日、他の部員の石川先輩に押し倒されてしまったんだけど……。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...