58 / 231
第6章 二年目はじめりました。
01 春、ふたたび
しおりを挟む二人の時間は、仕事やプライベートを通して過ぎ去っていった。田口にとったら至福の時間だった。三十年間、生きてきてこんなに充実している思いに満たされたのは初めての経験かも知れなかった。
上司と部下。
年齢が近いから、少しは友人。
そんな中途半端な関係だが、仕事は本気。田口は部下に徹したし、いや応なしにそうせざるを得ないのだ。知れば知るほど、保住は仕事が出来て参考にすべきことばかりだったからだ。
同じような年代なのに、こんなにも差が出るものなのだろうかと思うくらいだった。
地元では大学に進学をしない同級生も多々いる中で、大学進学をした田口は、かなり優秀なほうだったのに、上には上がいるものなのだなと思った。彼が、上に取り立てられるのも理解できることだった。
一年が経過して、そして春がやってきた。文化課振興係の仕事も一通り学んで、少しはステップアップできるだろうか。そんな期待を胸に、田口は二年目を迎えようとしていた。
今年は幸か不幸か職員の異動はなかった。他の係での調整だったようだ。異動は課単位で人数が決まる。他の係での異動が多ければ、異動がない係が出ることもあるということだ。
「また、みんなで顔を合わせていられるんだね~」
矢部は嬉しそうだった。それを受けて保住も笑った。
「本当ですね。気心が知れている仲間とまた、一年、仕事ができるなんて幸せです」
「異動してもらいたかった人が異動しないという、バッドなお知らせもあるけどね……」
渡辺がそう呟くと同時に、文化課の扉が豪快に開いた。
「保住はいるか!」
新年度早々、ドス黒い重低音が響く。
「噂をすれば、だな」
保住は苦笑いだ。
「おれの噂とは、いい度胸だな」
「いい噂に決まっているじゃないですか。局長」
教育委員会事務局長の澤井は、への字口で職員たちを睨んだ。
「お前たち覚悟しておけよ。おれは腹の虫のいどころが悪いのだ」
「いつもじゃ……」
谷口の呟きに、澤井はじろりと睨みを利かせた。
「怖い……」
「それより、なんの用ですか? せっかく新年早々のミーティング中なんですけど。それより重要な話でしょうか」
「おれを優先しろ」
——子供の我がままか。
「すみません」
保住は肩を竦めて立ち上がる。ここで話をすると、みんなに迷惑がかかると思ったのだろう。
「お話なら局長の元に参ります。電話で呼んでください。足を運ばせるつもりはありませんから」
「嫌味にしか聞こえんな」
「そんなつもりではありません」
澤井の背中を押すように促して、保住は部屋を出る。出る際に、ふと振り返って「後よろしく」と手で合図をしていった。
「本当。係長がいなかったら、おれたち心労で病院行きだよな」
「ですね」
谷口と矢部、渡辺は顔を見合わせて頷く。それを見て、田口もパソコンに視線を落とした。
局長の澤井。
異動がなかった。
副市長に昇進するのかと、内心期待していたのだが。
どうやら、もう一人先約があったらしい。
しかし副市長になった菅野は一年切りで退職だ。
——来年こそは。きっと。
そう信じて、一年間我慢するしかあるまい。
彼の保住可愛がりは、目に余るほどエスカレートしてきている。田口からしたら、気が気ではないのだ。楽しく仕事に取り組めると思ったが、まだまだ先が思いやられるものだと思った。
0
あなたにおすすめの小説
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。
野球部のマネージャーの僕
守 秀斗
BL
僕は高校の野球部のマネージャーをしている。そして、お目当ては島谷先輩。でも、告白しようか迷っていたところ、ある日、他の部員の石川先輩に押し倒されてしまったんだけど……。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる