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第10章 そばで支えたい

03 あなたがいてくれたら

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 心の中は嵐。嫌なことばかり駆け巡る。まさか、自分が保住と付き合えるなんて思ってもみない。男同士だからだ。天地がひっくり返っても無理。

 わかっていた。だから我慢していたのに——。

 同じ男である澤井が保住と寝たと聞いて、心穏やかにいられるはずはない。

 ——男でもいいなら、なぜ自分ではないのだ?

 誰にも負けないくらい、あの人が好きなのに。仕事も手につかないが、周囲は昨晩の疲れだろうと理由付けてくれた。定時になり片付けをして退勤する。

 ——保住さんはいるだろうか?

 メールをする勇気もない。事情もよくわからないのに、自宅に連れこんで休みまで取らせた。顔向けもできない。余計なお世話ばかりではないか。嫌な思いばかりさせているのではないだろうか。

 だけど、心配で仕方がないのだ。寝ているだろうか。自宅に帰ってしまっている可能性も高い。

 ——いて欲しいけど。だけど、いたらどうしよう? 夕飯をなにか考えないと。

 行き着けないスーパーでウロウロしていると、レトルトの粥が目に入った。

「粥か」

 二日酔いにはお茶漬け。体調が悪い時は粥に限る。レトルトに手をかけると、ふと下からの視線に気が付いた。はっとして見下ろすと、そこには小柄な老婆が立っていた。

「具合が悪い人でもいるのかい?」

 彼女はカートの取手を握ったまま、田口の隣にいた。

 ——びっくりした。

 慌てて掴んでいた粥を落としそうになり、掴み直してから元に戻す。

「知り合いが……体調が悪くています。なにを食べさせようか悩んでいました」

 素直に白状すると、老婆はニカッと笑った。

「体調が悪い時は、喉越しが良くて栄養価が高いものでないといけないよ。レトルトの粥もいいが、プラスアルファしなくっちゃ」

「はあ……」

 それから数分。田口はおばあちゃんの知恵袋レクチャーを受けた。結果。とりあえず良さそうなものを買い込んでみたところ、スーパーの袋二つ分にもなった。

 そもそもが料理をしていないから、一から揃えるとなると、このくらいになるのは当然だろう。自分でもいかに、料理をしていなかったか、明らかになってがっかりだ。そんな思いを胸に荷物を携えて自宅に帰った。

 玄関を開けると中は真っ暗だ。

 ——保住さんは帰ってしまったのだろうか?

 そんな不安を覚えて、照明をつけると、彼の靴が揃えて置いてあった。まだいるらしい。寝室を覗くと、今朝、置いていったまま彼は眠っていた。


 相当の疲れとダメージだったのだろうか。ベッド端に腰を下ろして、保住を見つめる。

 やはり視線がいくのは、誰かの跡——いや、澤井の跡だ。朝同様にそっと触れたが、全く動じる様子もなく保住は眠り続けていた。

 ——触れたい。

 そんな思いが、一瞬で湧き起こる。身体の奥底で、疼く感覚。緊張しているみたいに、ドキドキが激しい。

 ——局長が触れたなら、自分も触れたっていいのではないか。

 首筋に触れたい。指ではなくて、唇で……。

「……やめよう」

 ——やめだ。

 自分らしくもない。それでは、大友や澤井と一緒だ。保住の気持ちも考えないで、ただ欲求を満たすことは許されない。自分は、そんなこと、あってはならないのだ。

 拳を握りしめてから、寝室を後にした。動悸は治らない。違うことに取り組んで、気を紛らわせないと。そう思い、キッチンに買ってきたものを持ち込み料理を始めることにした。

「あの人と同じ方法ではダメだ」

 自分は自分だ。保住と澤井が付き合うならまだしも、それはわからない。まだ希望はあるはずだ。そう自分に言い聞かせる。悶々としてしまうと、独り言が出てくるものだ。

「まだやれる!」

 田口は自分に言い聞かせるように、ガッツポーズを作った。

「なにがだ」

「え?!」

 驚いて顔を上げると、眠そうな顔の保住が、キッチンの入り口にもたれていた。

「いや、あの! ええ?! いつからいたんです?!」

 独り言を聞かれるなんて、恥ずかしすぎる。田口は顔が真っ赤だ。しかし保住はしれっとした顔で、田口の手元を見る。

「焦げ臭いぞ」

「わわ! やばい! ……あーあ」

 ——真っ黒。がっかりだ。

「なにを作るつもりだった?」

「粥です。保住さん、具合悪そうだし」

「粥は嫌いだ」

「え!」

 まさかの選定ミス。田口はうなだれた。ワイシャツの袖をまくり、保住は田口の隣に来る。そして周囲の材料を見て頷いた。

「おれがやる」

「しかし」

「お前に任せていたら、いつまでも飯が食べられないだろうが」

「それは、そうなんですけど」

 田口が横に退けると、保住は慣れた手つきで玉ねぎを細かく切り始める。

「保住さん、手際がいいですね」

「このくらいは、独身男子だって出来ないとだろう。女子に嫌われるぞ」

「見た目だけで嫌われてますよ」

「そんなことはないだろう? みのりはお前のことをいつも褒めている」

 そこまで言ってから、保住は顔を上げた。

「みのりとどうか?」

「え?」

「あいつも独り身だ。わがままな奴だから、なかなか彼氏もできない。お前なら……」

 そんな話は聞きたくない。保住の言葉を遮った。

「それよりも。聞きたいことがあります」

 真剣な視線に、保住は手を緩めて視線を返す。

「昨晩のことか?」

「そうです」

 隠しても仕方がないことだ。田口は素直に頷いて見せた。保住は手を止めることなく俯いていた。長身の田口から、彼の表情をうかがうことはできないのだ。もどかしい。

「お前に話さなくてはいけないことなのか」

「関係ないと言われたらそれまで、ですけど」

 田口の答えに、保住は野菜を切る手を止めた。

「お前は寡黙で大人しい割に、お節介で、どうでもいい人間まで気にかけるな」

「どうでもいいだなんて」

 呼吸を置いてから、保住を見る。

「あなたは自分を粗末に扱いすぎます。おれは心配です。仕事に対しての能力はずば抜けているのに、プライベートが酷すぎます」

 言い返す事も出来ないのか。保住は黙り込んでいた。 

「あなたは、おれの梅沢での生活にたくさん彩りをしてくれました。仕事でも、進むべき道筋を導いてくれた。初めて仕事でやる気が出ました。プライベートもそうです。こんなつまらない男なのにこうして時間を共有してくれる。正直、いつ雪割ゆきわりに帰ろうか悩んでいたのです。だけど、梅沢にきてよかったと思わせてくれた」

 田口はじっと保住を見つめていた。その視線は、まっすぐだった。

「あなたは、おれにとったらどうでもいいとか、そういうものではないんだ」



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