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第12章 家政夫と嫉妬
03 ゴミ屋敷の女王
しおりを挟む——ゴミって温かいのだな。
そう思った。神崎女史の家に送り込まれて一週間がたった。田口は日々片付けに追われていた。
神崎女史は、寝るときも起きているときも、仕事場である机に座りっぱなしだ。いつ起きて、寝ているのか。彼女にとって、生活のリズムはあってないようなもの。眠くなれば寝て、気が付けば起きて創作活動を続けている。
過酷な作業を強いられているのだなと、田口は思った。全ての作業を一人でこなすのだ。誰も助けてくれない。このゴミが詰まった部屋で、一人で彼女は自分との闘いを繰り広げているのだった。
人と関わらないと、刺激などないのではないかと思うが、彼女の脳内ではいろいろなアイデアが流れているのだろう。隣に置かれているピアノを弾いては、首を傾げている。田口がいることなんて、忘れているのではないかと思うほどだが、時々「お腹空いた」とか、「喉が渇いた」と声がかかるので、そのたびに、なにか運ぶ仕事をしている。
このままで、本当に楽曲が仕上がるのだろうか。そんなことを考えながら風呂掃除をしていると、神崎が珍しく顔を出した。
「えっと。——なんだっけ?」
「田口です」
「そうそう田口……下の名前は?」
「銀太です」
「うっそ! 可愛いね。銀太くんか。いいね」
彼女はいきなり、屈んでいた田口の背中にもたれかかって来た。
「あの、先生?」
「いいじゃん。減るもんでもないし。いつも一人だからさ。たまには人の温かさが恋しいわけよ」
「はあ……」
田口の背にもたれてくる神崎。髪はもじゃもじゃ。田口がここに来てから、彼女が風呂に入っているところは見ていない。
「お風呂、入りますか?」
そう呟くと、彼女はぱっと顔を上げる。
「一緒に入るの?」
「いえ。おれは……」
「若い男子でもないのに、純朴ちゃんなんだね」
神崎の指が田口の背中をなぞる。
その感触に背筋がぞわぞわした。誘われているということは理解できた。そのつもりで置いておかれているのではないと、わかっていても、女性と二人きりでこうしているのに、なにもないというのもおかしな話で——。
「銀太くん、好みなんだけどな……おばさんは嫌かな?」
「神崎先生は、おばさんではありません」
「じゃあいいの?」
「そういうのでは。——すみません」
「彼女でもいるのか」
いると言っておけばいいものの。田口は黙り込むしかできなかった。
「あらあら? 彼女はいないんだ」
「……」
「それとも恋煩い中?」
「……それは」
「お、図星か」
神崎は、ふふと笑う。
「どんな女性か知らないけど、私よりいい女なのかな?」
一瞬。保住の顔が脳裏に浮かぶ。もう一週間も会っていないのだ。メールをしても返信もない。呆れられているに違いない。神崎と怪しい関係になっているのではないかと疑われているのだろうか。それとも、そうしろと言うのだろうか。
——酷い。そんなこと。酷過ぎる。
田口は首を横に振ると、神崎を振り返った。
「お風呂に入らない女性は、嫌いです!」
「ひどい~! 銀太くん、ハッキリ言うね」
「当然です。一緒には入りません! 準備するので、お待ちください」
そう言って、神崎を浴室から追い出す。
——自分だって男だ。女性に誘われたら、ぐらぐらくるのは当然だ。だけど。
「絶対、ダメ」
田口はこぶしを握り締めて大きく頷いてから、お風呂の準備を始めた。
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