田舎の犬と都会の猫ー振興係編ー

雪うさこ

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第13章 変態野郎の集まり

03 好きは止められない

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「好きなことは誰にも止めらんねーだろ。止めたら終わりだと思ってんだ」

「止めたら終わり?」

「そうそう。自分の気持ちの有り様は、自分が決める。それが大人ってもんだ。別なもので代替えなんて出来っこねーし」

 止めたら終わり。今の自分はどうなのだ。保住への思いを押し隠して、そばにいるだけでいいなんて——。

 それは、逃げているということなのだろうか。

 ——わからない。

「おれは卑怯なのかもしれません」

「え?」

 いつのまにか、頼んでもいないのにブルーの綺麗なカクテルが目の前にある。煙草をふかしながら立っているさくらが出してくれたのか。

「好きな人がいるんですけど、その人に思いを打ち明けたら、その人が困ると思って……ずっと側で黙っていることができればいいって思っています」

「なんで、お前が気持ちを打ち明けると困るんだ? 恋人ありとか?」

「恋人はいないと思うんです。最初は……いなかったから。だけど、最近、雰囲気が違くて……人が変わってしまったような……。時間を共有する機会がなくなって、避けられてます。いや、表向きは変わりないんですけど、やっぱり避けられているんだろうな……。服装とか身なりをしっかり整えてくるようになったし」

「お洒落してんの? あー、それ彼氏出来たな」

 野木は気の毒そうに田口を見る。

「やっぱりそうですか?」

 あんなにネクタイ嫌っている保住が、きちんと締めてくるのは、なにか理由がある。それは、きっと——見せられないものがあるからだ。澤井につけられた跡を思い出す。

 澤井——なのだろうか。

「嫌いって。絶対にもう寝ないって言っていたのに」

「わかってないねー」

 野木は苦笑いだ。

「嫌よ嫌よも好きのうちってね。一度関係が出来たら他人ではいられねーもんだ。だから、既成事実作る方法もあるわけよ」

「野木、言い過ぎだ」

 桜はたしなめるが、田口は妙に納得してしまう。確かに、澤井と保住の関係性は変化している。確実に——。

「ちゃんと言わねーと。指くわえて見てるだけだぞ。おれは性に合わないな。そんなの。好きなものは手に入れたい」

 好きなものは手に入れたいなんて、当然のことだ。

「おれだって、そうだ」

「だろ? 男はみんなそんなもんだ」

「変態野郎共」

 桜は呆れてため息を吐いたが、カランカランと入り口についている鐘が鳴ったので顔を上げた。来客の合図だ。

「あら、久しぶりじゃん」

「大きい仕事で立て込んでててさー。やっと出てこられた」

 聞き覚えのある声にハッとして顔を上げた。

「あらやだ! 銀太じゃん! 会いたかったよ~」

 視線の先の女は神崎かんざき

「わわ」

 彼女は嬉しそうに田口に飛びついた。

「なんだ、神崎のお友達か」

「友達では……」

「仕事でお世話になってね! 桜、この前、話したオペラの担当なのよ。この子」

「ああ。例の」

 桜は笑う。

「面白そうじゃん。この子担当なんだ」

「いや、おれは。一番下っ端で。係長が発起人で……」

「係長と言えば、どうなったの?! あの後? 仲直りした? うまくいったの?」

 神崎はワクワクした視線を向けながら田口の隣に座った。まさか彼女の行きつけの店だったとは。

 ——失態。

「なんだよ。好きな子って上司?」

 野木はニヤニヤする。

「いや、あの。違くて……」

「やだやだ。うちで痴話喧嘩始めるんだもん! 気になっちゃうよね~」

「ち、違います……」

「銀太なんて泣いちゃって。可愛いでしょ? この子」

 年上女子は苦手だ。からかわれてばかり。

「泣いてなんて。——いや。泣きました」

「素直!」

 桜は笑い出す。

「そんなにいい上司なの?」

「桜~、あんたも気にいるよ。美人系のインテリ系。冷たい感じもするけど、多分照れ隠しだよね」

「そ、そうですか?」

 ——保住が照れ隠し?

 確かに。いつもはなんでもこなすのに、時々小学生みたいに無邪気で、可愛いところもある。

「やだ! 顔が緩んでる」

「お前な……ちっとは自重しろ」

「はっ! すみません。だって、保住さんのことを考えるとこの調子で……」

 野木は呆れた。

「今度、連れて来なよ」

 桜は興味津々か。

「桜~、女の子にまで手出すなよ」

 野木の言葉に、神崎はすかさず言葉を挟んだ。

「あら可愛い男子よ」

「わわわ! 神崎先生、やめてください!!」

「あらやだ!」

「男かよ! ——そりゃ、悩むな」

 変人とか。気持ち悪いとか。そう思われる。田口は終わった……と思うが、その場にいるみんなはなにも変わらない。

「ますます見て見たいな。美人系上司」

「綺麗な子だよ。いいシチュエーションでしょう? 銀太の思い悩む姿見ていたら、すっごくいい音楽降りて来ちゃって。サクサクっと書けちゃったんだよね」

 彼女はそう言うと、田口を見た。

「だからさ。このオペラは、あんたに捧げるよ」

「え?」

「すげーな! 切ない恋心あってよかったじゃん! なかなかないぞ。オペラ一つ捧げてもらえるなんて!」

 野木は田口の肩を掴んで揺さぶる。

「あわわわ……」

 ここの人たちは、奇想天外で常軌を逸している。だけど、常軌を逸している自分がすっと溶け込めるなんて。

 ——とても居心地がいい。

「男となりゃ、かなり周到な作戦が必要だ。しかも彼女出来ちゃったんだろう? なかなか厳しそうだな」

「え? 係長さん、恋人できちゃったの?」

「わかりませんが。きっと……」

「そう言うかんって結構、当たるもんだよな」





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