田舎の犬と都会の猫ー振興係編ー

雪うさこ

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第20章 秘密裏プロジェクト

07 別の意味で強引な男

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 十文字の企画を通すため、保住は彼を従えて廊下を歩いていた。年度の予算はすでに決定されているものだ。その中でのやりくりだ。

 今回の十文字案では、当初の予定よりも金がかかるため、財務と話が必要になった。局長の佐久間には了承をもらってきたが、財務はそう簡単には動かせない。面倒なことになりそうだと思いながら、緊張している十文字を見ると、かちかちになって歩いているのがわかった。

 ——手と足が一緒じゃない。

 保住は笑ってしまった。十文字の緊張ぶりは、見ているとかわいそうになるが仕方がない。これも誰しもが通る道だからだ。

 そういう自分だって構えているのは確かだ。いつも飄々としているように見られがちだがこれでも悩みは多いのだ。

 指定された場所に時間通りに入ると、中には財務の担当者である男が座っていた。

「今日は遅刻なしですね」

 ——嫌味なやつ。

「すみませんね、いつも遅刻で。田仲係長」

「いえいえ。おれたちとは比べものにならないくらい、お忙しいですもんね。保住係長のところは」

 これも嫌味。十文字は胃が痛くなってきた様子で、上腹部の辺りをさする。それを見て保住は笑んだ。こんな嫌味を言われている時でも、そんな顔をしてしまうおかげで、相手は『全く相手にされていない感』を覚えて不愉快になるのかも知れない。

 田仲は眉間気シワを寄せて不機嫌な顔をした。

「なにか?」

「いやいや。——すみませんね。本題に入りますね」

 「笑わないでくださいよ」と十文字は、保住を見る。だけど愉快で笑いが止まらない。

「事業費を割増して欲しいのですよ」

 保住が単刀直入に切り出した瞬間——扉がノックされた。

「なんだよ。邪魔するなって言ったのに……」

 田仲はすこぶる機嫌が斜めのようだ。ブツブツ言いながら扉を開けた。

「悪いね。お邪魔して」

 そんな言葉も物ともせずに、相手の男はにこやかに顔を出した。

「よ、吉岡部長……? な、なにかございましたか」

 田仲は顔が青ざめた。

「おれも混ぜてもらおうかなって思って」

「な、あの。こんな一事業の話し合いに部長が参加される必要性はないかと……」

「必要か必要じゃないかを決めるのは課長だけどさ。たまには混ぜてくれたっていいじゃない? 現場で起きていることを把握するのは我々の仕事でもあるでしょう?」

「しかし——」

 吉岡は保住を見る。

「おれが用事があるのはこの子。逃げられると困るからね。邪魔しないから、ここで待たせてもらおう」

「あの」

 ——田仲はやりにくいだろう。ある意味、部下への嫌がらせだ。

 保住は内心呆れた。

「別に逃げたりはしませんよ。吉岡部長。終わったらあなたのところにお伺いします」

 保住の言葉に珍しく賛同するのか、田仲も力強く頷くが吉岡は知らんぷりだ。

「信用ならないしな~。すぐ終わるんでしょう? なんの問題もない案件に見えるけど?」

 彼はそう言ってすっかり椅子に座り込んだ。そして、十文字の作成した予算書を眺める。

「ふんふん。予算オーバーの企画なんだね。佐久間局長はOKしているんだろう」

「ええ」

 保住が答える。

「まあ、このくらいなら想定内のオーバーじゃないの? 他から回せるでしょう」

「しかし」

 田仲は渋った。しかし吉岡はあっさりと「オッケー!」と叫んだ。

「え?」

「吉岡部長……」

 十文字は、ぽかんとしていた。

「この書類でいいよ。ね? ——田仲くん」

「えっと。あの……」

「じゃあ、話は終わりね。田仲くん、ご苦労様」

 吉岡は満面の笑みを浮かべて、田仲の退室を促した。部長の指示と言われれば従わないわけにはいかない。田仲はおもしろくない顔をしながらも、書類を抱えて会議室を出ていった。そのやり取りを見ていた保住は顔が引きつる。

「相変わらず違った意味で強引ですよね。吉岡さん」

「え? そう? だって。話し合ったって仕方がないじゃない。やるにはそれ相応の金がかかるし。佐久間さんも了承しているなら、その中でやりくりしてもらえばいいだけだもの」

「それはそうですけど。田仲さんの立場が丸つぶれじゃないですか」

「田仲くんは面倒なことばっかり言うから、仕事が進まないんだよね。管理職はある程度、決断を早くしてもらわないと」

「しかし、今日のはひどいですからね」

「おれに説教してくれるのか? ――ああ、そっか。心配してくれるのだな。保住は優しいね」

「あなたたちの世代の方と話すと埒があきません。無駄にからかわれているようで心外です」

「保住もそんなことを思うようになったのか。なんだかどんどん公務員っぽくなってきちゃって。嬉しいやら悲しいやらだな」

 吉岡の言葉に十文字は小さく笑った。

「お父さんみたい」

「おい。聞こえているぞ」

 保住は顔を少し赤くする。

「すみません。だって」

「そうそう。おれは、保住のお父さん役だからね。えっと。君は? あれ? いつもの子は?」

「十文字です。今年から文化課振興係に配属になりました」

「そう。財務部の吉岡です」

 彼はそう言ってにっこり笑顔で挨拶をする。

「あれ? 十文字って——まさか、十文字市長のご子息ではないよね?」

「あ、はい。父です」

「わー、そうなんだ! 御子息が市役所に就職したって聞いていたけど。……お父さまの体調はその後どうだい?」

「ええ。退任した後、手術が成功しまして。今では好きなことをしながらのんびり暮らしています」

「そっか。それならいい。退任されてから、全くどうなっているのか分からないものだから心配していた」

「ありがとうございます。そう思ってくださる方が市役所にいると知ったら、さぞ喜ぶと思います。なにせ、任期途中での退任でしたから。皆様に顔向けできないと、今でも気に病んでいます」

 吉岡は表情を曇らせた。





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