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神の加護とはこれほどか~伊吹ちゃんの料理に起こった奇跡~

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 屋上を後にして学校を出る。僕は足を引き摺りながら、時折ヨロケながらも何とか家まで帰ってきた。

「ただいま。」
「おかえり! ってどうしたの、制服汚れてるけど……。」
「ああ、ちょっと川原で転んでね。」
「もう。気をつけないとダメだよ。」
「うん。」

 いつものように澪の頭を撫でて二階の自室へと向かう。

 痛い。打撲痕だらけで体はズキズキと痛む。階段上るのもしんどい。鬼塚に力任せに蹴られた足や肋骨にはヒビが入っているのかもしれない。

 …くそっ この痛みは決して忘れない。

 以前、伊吹ちゃんにもらったポーションを一気に飲み干した。低級のポーションでも軽い骨折程度なら、全快する。

 ベッドに横になる。目を瞑る。時間が経つにつれ、肉体や精神が回復するにつれ、湧いてくる感情がある。

…ああっ くそっ! くそっ! くそっ! あいつらめ! 

 ガチャン、ゴンッ、バリン、ミシッ、パラパラ、ドスーン。

「はぁ……はぁ……はぁ……。」

 それは怒りだった。気がついたら、部屋はめちゃくちゃになっていた。机も、棚も、電気スタンドも倒れて………教科書、置物、衣類などが床に散乱し、足の踏み場もない。

「………っ。」

 踏みつけた何かの破片で靴下に血が滲むが気にせず歩く。

「―――ダンジョンに行くしかない。」

 あいつらに復讐するためにはレベルあげて強くならないといけない。何より、財布も冷蔵庫も空っぽだから、稼いでこないと夕食にもありつけない。

 僕は探索者装備に着替えたのち、リュックを背負って部屋を出た。

 ピンポーン♪ 

 階段を降りているとインターホンが鳴った。

「はい。って伊吹ちゃん!? どうしたの?」
「今日もボングダンジョンに行くのですか?」
「そうだけど………。」
「お弁当作ってきました。一緒に行きましょう。」

 僕は完全にフリーズした。

 茜ちゃんは料理上手だが、伊吹ちゃんの料理は控えめに言って独創的、はっきり言えば壊滅的だ。何度も昇天しかけた。
 幼稚園の時にままごとで食べさせられた泥団子から、一向に進歩がないのだ。
 
「伊吹ちゃん、砂糖と塩の違いは覚えた?」
「失礼ですね明君は、もうおにぎりぐらい普通に握れますよ。
 塩加減も完璧です!」

 伊吹ちゃんは自慢げに胸を張る.........でも、僕としてはおにぎりで得意になってる時点で不安しかなかった。

 …一食分は浮く、か。であるならば、一歩踏み出すしかあるまいよ、たとえそこが地獄へ続く道であろうとな。

 僕は決意の眼差しでボングダンジョンへと向かった。













「やっぱり、草原フィールドは気持ちがいいね!」
「そうですね。絶好のピクニック日和です。」

 心地よい日差し、頬を撫でるそよ風に僕は駆け出した。
 ダンジョン内の環境は抜群だが今日も誰もいなかった。

 …相も変わらず、人気がないな。

 伊吹ちゃんはボングの奇襲を受けないようにするためか、周囲を見渡せる小高い丘のうえでレジャーシートを広げた。

「ふぅ。何でこのダンジョンには探索者がこないんだろう?」
「それはおそらく宝箱の出現率が低いからですね。」

 …出現率?

「どういうこと?」
「ダンジョンによって魔物肉のランクが変わるように、宝箱の出現率も大きく変わります。駆け出しの初心者は装備品やアイテムを揃えたことによりお金のない人が多いですし、稼げるダンジョンに流れていくのも仕方ありません。」

 …へー、知らなかったな。

「だったらさ、すぐに攻略してダンジョンコアを獲得すればいいんじゃないかな?」
「そうですね。しかしここのボス、ハイボングは推定討伐レベル9~10はありますから初心者には敷居が高い相手なのかもしれません。」

 …なるほど。
 ダンジョンコアは高額で売れるから狙っていたけど......。
 難しいかもしれないな。

「はい、明君。」
「……ああ、ありがとう。」

 伊吹ちゃんから弁当箱を受け取る。可愛らしいピンクの包みに油断してはいけない。覚悟を決めて包みと蓋を開くと――

 紫のオーラを放つ黒々とした中身が見えた。

「少し焦げてしまいましたが大事なのは味ですから。」
「それは自分で言うことじゃないと思うけど……。」

 …ダークマターかな。

「まあ、騙されたと思って食べてみてください。」
「ん、これはトンカツ?」
「いえ、卵焼きです。」

 …うん、僕の知ってる卵焼きと違う。

 迷い箸していると、伊吹ちゃんの箸が何かを掴みあげた。

「仕方ないですね、明君は/// はい、あーん。」
「ちょ、ちょっと待って! 心の準備が……。」

 伊吹ちゃんは照れながら、僕の口に何かを押し込んだ。

 ………。

「んっ 美味い! これ、ベーコンのアスパラ巻きだ!
 なんで!? 真っ黒こげなのに焦げた味が全然しない!」

「実は私、風の神ウェンティ様の加護をもらった際に、
 ユニークスキル『至高の料理人』を獲得したんです。」

 伊吹ちゃんの説明によるとどれだけ失敗しても料理が美味しくできあがり、尚且つバフ効果もつく強力なスキルらしい。

 しかも、デメリット効果はないとのこと。…凄すぎるよ! ウェンテェ様。

 僕はステータスを開いた。
 
――――――――――――――――――――――――――――
 【鈴木明】
 種族:人間  Lⅴ:0
 信仰:なし 
 経験値:1/5
 魔力:1/1
 攻撃力:5(+11)
 防御力:4(+11)
 速度:6(+11)
 感性:7(+11)
 知力:5(+11)
 魔法:無属性魔法
 スキル:血肉晩餐
 称号:邪神の加護
 装備品:ナイフ
 ――――――――――――――――――――――――――――

「おおっ レベル10相当……こんなにも数値があがってる。」
「料理の完成度によってバフ効果も変動するみたいですし、
 腕があがればもっと強化できるでしょうね。」

 …なるほどね。

「最低値はレベル10相当か……。」
「何かいいました明君?」
「何でもありません。」

 伊吹ちゃんが一瞬、般若の面をかぶったような気が……。
 僕は料理をすべて平らげたのち、満足げに腹をさすった。

 こんな穏やかなひと時を過ごせるなんて少し前まで考えてもいなかった。神の存在を認めていなかった僕がその全能さに認めかけたぐらいだ。凄い。

「明君。何か失礼なこと考えてませんか?」
「なな、何も考えてないよ。」

 …伊吹ちゃんには隠し事できないな。

「さてと、そろそろ行きましょうか。」
「うん。おかげでハイボングに挑めそうだよ。」
「ふふっ 効果の持続時間は3時間ほどですから過信してはいけませんよ。」
「りょーかい。」

 僕たちは立ちあがってハイボング討伐へと向かうのだった。






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