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1章
新婚初夜2☆
しおりを挟む「……そんな、理想だなんて……」
姫は上気した頬と潤んだ目を戸惑いがちに伏せ、そっと寄り添った。そのわずかな重みがこれは夢ではないのだと告げ、それだけで鳥肌が立った。
腕を緩め、さらさらとこぼれ落ちた銀髪を花嫁のヴェールのようにゆっくりと耳にかけてやると、銀髪の隙間から覗くうなじの白さが眩しかった。
姫は挙式を再現するかのようにはにかんで夫を見上げ、そして、躊躇いがちに目を伏せた。
引き寄せられるように唇を重ねた。だが挙式で披露したような触れあうだけのものではない。もっと濃厚なキスを求めて舌先で強引に唇を割り、規則正しい歯列をなぞった。
「……っ!」
純情な姫君はそんな濃厚な口づけを予想していなかったらしい。慌てて身を捩り、逃げを打つ。
だが、逃がさない。うなじに手を回して逃げ場を奪い、固く閉ざそうとする唇に強引に舌をねじ込み、吐息すら許さない濃密なキスを強いた。
「んっ、んんっ…ふ、ふぁ……ぁっ…や……っ!」
角度を変えるたびに生じるわずかな隙間から零れる、絶え絶えの吐息。私の腕や肩を掴む様はまるで溺れて助けを求めているかのようだ。
可愛い、と思う。
朱色に染まった頬も、耳も。揺れる銀髪も、潤んだ菫色の瞳も、白い肩も。
この愛らしい姫君を恣にしてもいいのだと思えば、否が応にも気分は高揚する。
「んんっ……!」
吐息の隙間に強引に舌を絡めると、姫君はびくりと身震いして突然膝から崩れ落ちた。慌てて両腕で抱き留め華奢な体を支えてやるが、おかげでぴたりと密着することになり、胸や腰骨の感触を意識せずにはいられない。
「……大丈夫か?」
「……はい……すみません……」
消え入りそうな弱々しい声で返事をした彼女は、縋るように彼の服を掴んでいる。
「いや、悪戯が過ぎたな。まさかキスだけで腰を抜かすとは思わなかったから」
「す…すみません……なにぶん不慣れで……」
「花嫁の純潔は謝ることではない」
「は…い……」
俯いていて姫君の顔色は伺えない。けれど、銀糸のような髪の隙間から覗く耳は熟れたザクロのように美味しそうだった。
淑女の貞操も随分乱れてきている昨今においても、この可愛らしい姫君は唇すら貞節を守り抜いてきたのだろう。夫に捧げられた貞淑な唇の味はあまりにも甘く、空腹の狼にでもなったような心地がした。また口内に残っている絡めた唾液の味もまた、雄の本能を煽る。
火照った耳。細い首筋。柔らかい肌からも美しい髪からも、湯船に浮いていた薔薇のものと思われる甘い香りが立ち上り、我慢できずに柘榴のような耳に軽く歯を立てた。
「……ぁっ!」
姫が息を飲み、それに応じて首筋が艶めかしく蠢いた。初々しくもあり艶めかしくもある、そんな姫君の反応に、雄の本能はますます猛々しくなっていく。
「やっ、あ、あっ、あぁっ!」
耳朶の弾力の次はゆっくりと舐め上げてその香りを、それから姫君の初々しい嬌声を楽しむ。
この熱い耳をもっと奥まで犯してやろうか、それとも首筋に噛みついてみようかと迷っていると――無粋な口笛が窓の外から響いた。
「へへっ、さしもの鉄面皮も初夜には熱くなるんだなぁ!」
ちらりと視線を投げると、酔った客人のひとりが庭からこちらを見上げていて、腕の中で姫君が恥ずかしそうに身を縮めた。
「無粋な客だな」
薄笑いでそれを一瞥すると、見せつけるようにもう一度熱い口づけをしながら片手で窓を閉め、カーテンを引いた。
月明かりに照らされていた室内が暗くなり、喧噪が遠のく。
姫君はいまだ足元が覚束ない様子で夫にしがみついているが、そのせいで相変わらず小鳥のように忙しない姫の鼓動が伝わって思わず口元が綻ぶ。
「さて、姫君。キスの続きは、あちらでゆっくりと」
脇に据えられているベッドに視線をやると、姫は身震いをして不安げに私を見上げた。
「………はい」
けれど姫は震える手を強く握りこみ、小さく頷く。
「ご案内いたしましょう」
ほんの2.3歩の距離だが、足元の覚束ない姫君がその距離を歩くのを待ちきれなかった。返事も待たずに背中と膝に腕を差し入れて抱えあげ、大股で一気に距離を詰めてベッドに運びこむ。
そのままもつれ込むように事に及ぶ心積もりだったし、気が急くあまり息もあがっていた。
だがベッドの上に組み敷いた姫君は頬に少し触れただけでも身を固く強ばらせ、その緊張感はさすがに紳士の振る舞いを思い出させた。
一息ついて身を起こすと、間を持たせるために枕元においてある花の形を模したランプに火を灯す。
オレンジ色の柔らかい光が部屋に満ちると、姫君は心細そうに幻想的な光に揺れる部屋の様子を伺った。一通り見まわしてから目が合うと緊張の残滓が拭い切れないまでも、姫はほんのりと笑みを返した。
「よいお部屋ですね」
「気に入っていただけたならなによりだ」
公爵家ならば夫婦の寝室とそれぞれに私室のひとつくらい、ともすると屋敷を丸ごと与えられるのだろう。だが、リベーテのような田舎貴族にそこまでの余裕はない。もともとアレスのものである二部屋――私室と続きのこの寝室――をふたりで共有することになる。
「部屋には主の人柄があらわれると言いますから」
「今日からあなたの部屋でもある。あなたが落ち着くように好きに整えてもらってかまわない」
ふんわりと笑う姫の言葉はくすぐったくて、かえって居心地が悪く目をそらす。するとちょうど、部屋の隅に置かれたひとつの箱に目が留まった。
嫁入りといえば普通、一部屋埋まりそうなほどのドレスや装飾品、調度品、使用人まで抱えてくるものだ。まして公爵家ならどれほどかと心配していたのだが、この姫の荷物は驚くほど少なかった。
十数着の衣装といくつかのアクセサリーの他は、姫が抱えられる程度のあの箱がひとつと、愛犬アベル。それで全部だった。全部この寝室に置いても部屋の印象はまったく以前と変わらない。
「このままで十分です。私、この雰囲気、とても好きです」
あまりにもまっすぐな視線に、心臓が不規則に波打った。
「……姫」
左手で肩を支え、右手は頬から銀色の髪の中へと差し入れ、さらさらとした触り心地のいい髪を手櫛で梳きながら背中に流す。
うなじを支え、上から覆い被さるように軽くキスを落とすと、妻の意志を推し量る。
その表情には恥じらいと不安はあっても拒絶の色はない。そおっと唇を重ねながら、ゆっくりとベッドへと押し倒していく。
ぽすっと柔らかい音を立ててシーツの波に横たわった姫は小さく身震いし、赤く染まった頬を、伏せた瞳を、わずかに逸らした。
「そんなに、怖いか?」
「いえ、あの……大丈夫です。その……どうしても、緊張してしまって……」
アレスが身を起こすと、ネグリジェの裾が乱れて覗くほっそりとした足が目についた。
「そうか。ならば、じきによくなるな」
「あっ……ぁっ…!」
姫君の膝につっと指を滑らせると、それだけで艶めいた喘ぎが零れる。
ネグリジェに包まれたままの胸に手を添えてみる。少々小振りではあるが、その柔らかな感触は男を満足させるには十分だろう。
感触を確かめる間、無垢な姫君は息を詰めていた。
その愛らしい反応に空腹の狼が再び目覚め、鎖骨を舐め、首筋に噛みつく。
「……ふ…ぁ……ぁあんっ……!!」
白い肌がふわりと桃色に染まる。切れ切れの吐息に合わせて双丘が上下する。可愛らしい双丘を護っているリボンに手をかければ、姫はまた息を止めた。
いじらしいことだ、と思う。
困ったように眉尻を下げ、息を止めている姫の反応を楽しみながら、じりじりととリボンを引いていく。
いつまで息を止めているだろう。リボンが解けて露わになった胸を愛撫され乱れ喘ぐまで、だろうか?
そんなことを想像していると、かすかにではあるが窓の外から酔った客が姫の喘ぎ声を真似しては卑下た笑い声を上げているのが聞こえた。
「……っ!」
姫君にもそれが聞こえたのだろう、泣き出しそうな顔をして口元を覆ってしまった。
「少し、待っていてください」
祝宴に来たはずの客に殺意すら抱きながら溜息をひとつ吐くとベッドを降り、ベッドについている二重の天蓋をすべて下ろしてまわる。
この天蓋の生地は厚く、こうしておけば別の世界に感じられるほど外と隔絶される。読書に耽りたい時に便利だったのだが、ようやく本来の用途として活用されるわけだ。
ついでに夜着を脱ぎ、天蓋中に戻る――と、穢れを知らない清浄な姫君は逆に乱れていたネグリジェの裾を丁寧に足下まで広げていたところだった。
「……あ。ごめんなさい……」
夫の格好を見てそれがどれだけ無意味な行動だったかすぐに悟ったらしく、姫は手を止めて俯いた。
「あの、私も……脱いでおくべき、だったのでしょうか?」
隣に座り込むと、頬を染めながらも真剣な表情で見上げて問いかけられ――堪えきれずに声を上げて笑ってしまった。
「いや、いい」
なんとか笑いを堪えて返事をしたものの、彼女は戸惑ったままだ。
「あっさり脱ぐ娘より、恥じらっている娘を脱がせるほうが好みだ」
かぁぁっと音がしそうなほどの勢いで顔全体を上気させたかわいらしい姫の両肩に手を添えて唇を重ねると、今度こそ勢いに任せて押し倒した。
もはや遠慮や理性より、本能が勝っていた。
柔らかな枕が深く沈み込んでいくのを横目に、押しつけるように強く唇を重ねる。手探りで胸元のリボンを見つけて一気に引いて胸元をはだけさせると、柔らかい素肌に指を這わせる。
「……んっ」
姫の手が肩に触れ、抵抗を示すようにかすかに押し戻した。その手が震えていたから、重ねていた唇をほんの少し離してやる。
「大丈夫、夫婦なら当然することだ」
姫君は怯える小動物のように小刻みに震えていたが、覚悟を決めるように息を詰め、ぎゅっと強く目を閉じた。
「…は…い……っ」
言葉とは裏腹のガチガチの緊張が伝わって、それがあまりにもかわいらしいのでついつい笑ってしまいながら、吸い寄せられるようにそのやわらかい果実の間に顔を寄せた。
「………ぁ……っ!」
悩ましく眉を寄せて肩を掴む姫の指に力が籠もる。
弧を描く柔らかい肌にゆったりと両手を添えると、すべらかな触り心地と甘い香りに頭の奥が痺れるような感覚がした。
手のひら全体でなぞるように触れ、指先が先端に到達すると、全身がぴくりと震える。わずかに突起する先端を指の腹でくるくると回すように撫でていると、それが少しずつ膨らんでいくのが楽しい。可愛らしく膨らんでいく蕾に唇を寄せ、今度は舌先で愛でる。
「……ん、ふぁっ……」
姫はぴくぴくと身を震わせ、息を詰めて声を出すまいと我慢している様子だった。だが時々堪えきれずに苦しそうに眉を寄せて声が漏れる。その様子を眺めながら舌先でゆっくりと輪郭をなぞる。
「あっ……、ふぁぁあんっ!」
熱い息が掛かるとさらに声が大きくこぼれ落ち、その艶めいた声にぞくぞくと快感が背筋を駆けあがる。
両手で胸の愛撫を続けながら、首筋を伝ってうなじ、ザクロのような耳にも舌を滑らせる。
「……ふ、ぁ……あ、あ、ああっ……!」
じりじりと追いつめられていく声、初々しい反応がたまらなくかわいらしい。
やけつくような激しい欲望に駆られて背筋にぞくぞくとした愉悦が駆け上がる。少しばかり苛めてみたくなって、今度は胸のとがりを口に含みわざと音をあげてちゅちゅっと吸い上げる。
「あっ、やぁっ……アレス様、恥ずか……し………あぁっ!!」
泣き出してしまいそうな表情、懇願する視線――それが逆に男を煽るとも知らない無垢な姫君。
軽く歯を立てると、一際鮮やかな喘ぎ声が薄闇に溶けて消えた。
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