【小説版】妖精の湖

葵生りん

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2章

夢幻泡影7☆

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 ディーネが頷いたのを確認したアレスは一度起きあがり、もどかしそうに服を脱ぎ捨てた。
 彼の白い肌がほのかな星灯りに晒されると、どきどきと心臓が早鐘を打って直視できずに視線を逸らした。私だけが一糸纏わずにあられもない嬌声を上げていたのだと思うと今更だが恥ずかしかった。
 さらさらと質のいいシルクの衣擦れが聞こえて、その度に彼の肌が露わになっていっているのだと意識してしまう。これからあの白い肌と重ね合わせるのだとぼんやり思って自分の体を抱いた時、今日はお風呂に入っていないという事実をはたと思い出した。

「……ディーネ……」

 宥めるように優しく名前を呼びながら、慌てるディーネの顎を掬って額が触れ合いそうなほど顔を付き合わせた彼のサファイアのような瞳が、艶めいていた。

「あ、あの……アレス様……」
「うん?」

 ついばむようなキスの合間に、怖々と切り出してみる。

「あの、私、お風呂に入っていません……」

 途端。不機嫌そうに眉を寄せられた。

「だからなんだ」

 きっぱりとにべもなく言い切られ、接ぎ穂を失ってしまう。

「なんなら、終わったら一緒に入るか?」
「おわっ……い……一緒に……って……」

 にっこりと、普段なら絶対に見せない満面の笑みが返され、ついつい狼狽えて押し流されそうになる。が、さすがに羞恥心が勝って踏みとどまる。

「あの、今からせめて拭き清めるだけでも……」
「ダメだな」

 断固として譲る気配のない即答だった。

「覚悟を決めたんじゃないのか」

 彼は不機嫌に眉を寄せていて怒っているように見え、しどろもどろになりながらも必死に弁明する。

「あの、別に逃げたいわけではなくて。綺麗にするまで、少しだけ待ってもらいたいんです……」
「あなたはどれだけ私を待たせたと思ってるんだ。もう一秒たりとも待つつもりはない」

 きっぱりとした宣言に心臓が一拍飛び跳ねて、それが戻ってきたらなんだか申し訳なくなってきてしょぼんとうなだれた。

「ディーネ……そんな顔をするな」

 ゆっくりと優しく額に口づけを落としてから頭を抱え込むように抱き寄せて、彼は囁いた。
 目の前に彼の胸板があって、ぴたりとくっついた耳から彼の心音が聞こえてきて、一気に心臓がばくばくと暴れ始めた。顔が熱くなって、ふらふらしそうだった。そんな私の顔色を確認したアレスは少しだけ笑ってから、ついばむようなキスを再開した。

「拭き清めなら、侍女があなたを着替えさせる時に済ませてるから心配いらない」

 何度も繰り返されるくすぐったい感覚に、ほんわりと心の中があったかくなる。
 肩を抱きよせる優しい腕に勇気づけられて、おそるおそるこちらからも唇を寄せ、彼の唇をついばんでみた。
 彼は驚いて目を丸めたが、次の瞬間にはくすりと笑った。

「まるで夢の続きだな」

 今度は優しいキスが雨のように降り注いだ。
 唇から目、鼻、頬、額、耳、首筋、胸、手のひらや腕、髪にまで、思いつく限りの場所に次から次に落とされる口づけが、くすぐったくてもどかしい。
 胸から今度はおなかやお臍に。少しずつ降りていく。
 銀色の茂みに、もう、あと少し。
 彼の手が膝に触れ、膝の裏を一撫でされたかと思うと、両肩に足をかけさせられ、内腿に口づけの雨が降ってくる。

「……やっ……」

 自分でも見られないような場所を彼に晒していると思うと恥ずかしくて思わず悲鳴を上げた。隠したくて手近にあった毛布を掴むが、その手を無言で掴み止められた。
 膝近くに降っていた雨が茂みへと近づいてきて、ついにその奥の花びらに落ちた。

「ふぁっ……や……ダメです……そんな……」

 熱く濡れた舌先が花びらをなぞり、足の先までびりびりと痺れるような感覚がする。

「ダメって、なぜだ?」

 花びらを割って進入した舌先がちょうど花芽を捜し当てたところだった。そのまましゃべられて、舌先の動きと吹きかかる熱い吐息に、頭の中のタガが飛びそうだった。

「ひぁっ、あっ、待って。……やめてください……。そんなとこ舐めちゃ、汚いから……っ」
「最後までやめない、一秒だって待たない、と言っただろう」

 かすかに笑う声がして、花芽をイジっていた舌先が今度は奥のほうに進入する。

「あっ、や、はぁっ……!」

 最初そっと差し入れられただけのそれが、次第に激しく蠢きはじめると、再び頭の芯まで痺れていく。

「……やぁ……ん、あ、あっ……」

 体の奥が熱くて溶けそうだった。
 舌先では届かない、もっと奥のほう。
 さっき彼の指が触れた場所よりもっともっと奥。
 頭も身体も痺れているけれど、少しの自我が残っているのがかきむしりたいほどもどかしくてじれったくて息苦しくて。
 いっそ完全に痺れてしまいたい。
 さっきの、ように。

「ああっ! もっと――」
「もっと?」

 口元を掌で拭った彼が身を起こしながら面白がって聞き返した。それで自分がなにかとんでもないことを口走ったことを知る。

「もっと奥まで? それとも、もっと激しいのがお好みかな?」

 なにも答えられなかった。頭が痺れてうまく働かない。
 自分でもこの痺れるようなもどかしさをどうすればいいのかわからない。
 ただ、躰が熱い。どうしようもなく。
 わからなくてただ首を振ったら、彼はくすりと笑った。

「――そのまま、力を抜いておけ」

 優しく耳元でささやかれた言葉の意味を考える間もなく、両手で腰を鷲掴みにされたかと思うと一気に躰を貫かれた。

「……ぅ、ぁっ……あっ!!」

 足の爪先から旋毛つむじまで全身が雷に貫かれたような感覚が駆け抜け、その圧倒的な存在感に背中が仰け反り、声にならない悲鳴が漏れた。

「はぁ……っ、痛いか?」

 彼は浅く肩で息をしながら、動かずに訊いてくれた。
 頬をそっと撫でられ、自分が泣いていたことに気づく。
 彼の背中に腕を回して縋りつきながら、必死に首を振った。

「大丈夫……です」

 痛みなら、ある。
 全身が痺れるような、ひきつるような痛み。
 息ができないほど苦しかった。
 だけど、痛いなんて言ったら、彼はきっとここで終わりにしまう。そして二度と触れてくれない。

「大丈夫ですから、やめないで」

 そう思うと怖くて、怖くて――。

「やめないでください……」

 痛みのせいか恐怖のせいか、涙が止まらなかった。
 あぁ、どうしよう。泣いたら、やめてしまうかも。

「やめ……ないで……」

 そう思うのに、どうしても涙が止められなかった。

「……まさか、やめるなと泣かれるとは」

 けれど穏やかな失笑が降ってきた。そして次に痛々しいほどの自嘲の笑みに顔を歪める。

「やめろと言われても、もう最後までやめられないって言っただろう?」

 びっくりして涙がぴたりと止まった。

「でも、泣いているあなたを見ると胸が痛い」

 意外な言葉を次々とかけられてきょとんとしている私の涙を苦笑いで拭うと、ふーっと長い溜め息をついた。それから、額に優しい口づけが落とされる。

「力を抜いておけと言ったのに。あちこち余計な力を入れているから痛いんだ」

 ぽかんとしているうちに、痛みが少しだけ和らいでいたことに気づく。

「あなたは口より躰の方が素直だな」

 口をむにっと摘んで笑われた。

「……う、」

 笑われ、情けないような安心したようなおかしな気分だった。

「今、私があなたの中にいるのがわかるか?」

 言われてつい意識してしまうと、ひくんと身体の奥がひくついてしまう。すると彼はにやりと口角を上げた。

「あなたが気持ちいいのか怖がっているのかくらい、わかるんだ。下手な嘘をつこうと思うな」

 つながった躰が教えるから。
 今ひとつになっているから。
 そう思うと胸の奥から洪水のように押し寄せる幸福感で満たされ、また涙があふれた。

「わかったら、力を抜いていろ。まだ半分しか入ってないんだ」

 アレスは苦笑いで涙を拭った。

「……でも……」

 言われたとおりにしたかったけれど、どうしたら力が抜けるのかわからなかった。強ばり続ける躰は自分の躰じゃなくなったかのように、どうしたらいいのかわからない。
 戸惑っていると、彼はいたずらをした子供に向けるように苦笑いを浮かべた。
 それから、唇を重ねてくる。
 ほんの少し触れ合うところで動きを止めて、かわりに舌先が唇の縁を丁寧になぞった。腰を掴んでいた両手が産毛をなぞるようにそっと脇下へと移動して、くすぐったい。

「……ん、」
「力が抜けるように手伝ってるんだから、身を任せろ」

 くすぐったさを堪えようとしたら、彼は笑った。それから、両手が優しく胸を包み込む。ゆっくりと揉まれ、先端を指先で弄ばれる。

「はぁ……ぁ……」

 ぞくぞくするその感覚に意識が集中する。指先と舌でじわじわとせめられ、痺れるような心地よさに酔って力が入らない。次第に、痛みだけだった躰の奥に熱いものを感じはじめる。そこに彼がいるからだと思うと、痛みが疼きに変わっていく。

「そう。その調子だ」

 ご褒美とでも言うようにキスされ、躰の中の彼が緩やかに動き始める。

「……ぁ…ふぁ……あ……」

 躰の中を熱いものがゆっくりとなにかを探るように蠢く。
 少しずつ、少しずつ、キスや愛撫を交えながらゆっくりと未開拓地を穿っていく。彼が存在するための場所を、切り開いていく。

「……これで、全部だ」

 妻の身体を最奥まで切り開いた夫は感慨深げに囁いた。なんだか泣きそうで、でも、嬉しそうにも見えた。
 優しく頬にキスをして、まつげに残る涙を舐める。首筋や腰のラインをなぞるように触れる。

「んっ……あ、あっ……」
「あぁキツいな……。痛く、ないか?」

 喘ぐと、彼は痛みを堪えるように眉を寄せるので、ぷるぷると首を振った。少しだけ痛いけど、それどころじゃないくらい別の、むず痒いような感覚に囚われて気にならない。

「だい……じょう、ぶ……です。ふっ、あ……あのっ!」
「うん?」

 快楽の波の狭間で切れ切れに言葉を継ぐと、彼は動きを止めて顔をのぞき込んでくる。

「あの、アレス様は……痛いんです、か?」
「いや。なぜそんなことを聞く?」
「だって、なんだか、苦しそうな顔をしていらっしゃるから……」

 歪んでいる彼の頬に手を添えると、アレスは呻いた。

「……っ、く……ディーネ。あなたは罪深いほど無垢だな……」

 ぐっと躰の中で彼の存在が膨らんだような気がしてひやりとする。

「あっ……や、……ぁ……う……っ」

 中から圧迫される感触が、足の先までじんじんと痺れさせる。

「……あなたがあんまり可愛いことを言うから、もう我慢できない」

 彼はしばらく閉じていた目を開けて、詰めていた息をゆっくりと吐き出す。

「この純潔を滅茶苦茶に犯して、淫らに染め上げてやる!!」
「あっ、あぁんっ!」

 彼が再び動き始めた。
 さっきまでの気遣わしげな動きとは違い、ぱしんぱしんと音がするほど強く腰を打ち付け、時に奥深くまでぐりっと穿つ。

「あっあっあぁっ、あ、やぁあぁぁんっ!」

 その瞬間に、一際強い刺激が全身をびくりと跳ねさせた。

「ここが、いいんだな?」

 彼は猫みたいな皮肉めいた笑みを浮かべると、執拗にその場所だけを突き上げてくる。
 その度に全身が雷に打たれるようにびくびくと跳ねる。

「あっ、やだぁっ、んぁ、そこ……だめぇ……お、おかしくなりそう……っ」

 いやいやをする子供のように首を振るが、彼は容赦ない。

「そうなるようにやってるんだ」

 言い切られ、返す言葉がない。

「全部私に委ねてみろ」

 彼は宥めるようにまた、今度はことさらゆっくり、じりじりするほどゆっくりと身体の中を蠢いていく。

「……ん、ん……ふ…ぁ……」

 それに宥められてそろそろと身を任せると、あとは雲の上に浮いているような、とろけそうな快感だった。
 くちん、くちん、と雨垂れのように響く水音も、彼の悩ましげな吐息も、なにもかもがゆっくりで。
 時間の流れが引き延ばされているような錯覚に陥る。

「あ………あぁん…………」

 このまま、この瞬間が永遠に続けばいい。
 この時間と引き替えられるなら、なにもかも捨てていい。
 そんなことを考えるほど幸福な瞬間だった。

「ん、……は、ぁっ……ぁ、い、ぃ……」
「気持ちいいか?」

 蕩けそうな心地に酔いしれていたら、ふいに彼の手が頬を滑った。朦朧とした意識でこくんと頷くと、彼は優しくほほえむ。

「安心した。あなたは最初の日、殺人者でも見るみたいに怯えていたから」
「……私、そんなにひどい顔してました?」

 ぎくりとして急に気持ちが引き締まった。

「あぁ、あれはひどい顔だった」

 彼は苦い含み笑いを耳元に顔を埋めた。

「こんなふうに睦み合えるだろうかとずっと不安だった」
「……ご、ごめんなさい……」

 申し訳なくてしょんぼりしてしまうと、彼はにやりと笑って耳元に囁く。

「埋め合わせはこれから毎晩たっぷりしてもらう」

 穏やかに笑う声が、直後に張りつめた。

「――愛している」

 耳元で真摯に囁かれた言葉は甘く切なく、すべてを溶かしていくようだった。

「すまない。気恥ずかしくてこういう時でもないと口に出せないんだ」

 静かな謝罪が前の一言をより切に訴えて、胸にじんと響く。胸の奥と躰の奥が同時にきゅうと締め付けられる。

「アレス様……私も……私も、愛しています……」

 彼の背中に両腕を回し、力一杯に抱きしめる。

「あぁっ、ディー…ネ……っ!」

 その言葉が合図だったように、躰の中の彼の存在感が一際大きくなり、急激に腰の動きが激しくなった。


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