【完結】憧れていた敏腕社長からの甘く一途な溺愛 ~あなたに憧れて入社しました~

瀬崎由美

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第十七話・噂話2

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 一階の喫煙ルームの隣にある喫茶コーナー。自動販売機が三台並び、カフェテーブルが三脚置かれているだけだけど、仕事で行き詰った人達が疲労感を漂わせながら休憩していることが多い。私は出勤前にコンビニで買ってきていた緑茶を飲み干してしまったから、代わりの飲み物を買うつもりで小銭を持って立ち寄っただけだった。さっと買ってすぐ戻るつもりのはずが、なぜだか他部署の女性達に囲まれてしまい、オドオドと視線を宙に漂わせる。

「菊池さんって及川社長と一緒に視察に出ることが多いんでしょう? 何か聞いたことないんですか?」
「い、いえ……プライベートな話はしたことがないので……」
「ええっ、嘘でしょう? 結構丸一日出てることもあるじゃない」
「まあ、そういうことも何度かありましたけど……」

 女性達の勢いに押され、私は自動販売機で購入したばかりのミネラルウォーターのボトルをギュッと両手で握りしめる。せっかくの冷えた水が手の平の熱で常温に戻ってしまわないかと心配しつつ、彼女達が私から何を聞き出そうとしているのかを探る。
 彼女達とはこれまで一度も話したことはないし、顔は見たことがあっても名前までは朧気だ。女性スタッフばかりの店で勤務していたけれど、ここまでたくさんの同性に至近距離に詰め寄られたのは初めてだ。意外と迫力があって怖い……

「あの、何の話でしょうか?」
「何のって、社長の恋人の話よ。あれって本当なの? 及川社長は学生の時からずっと同じ人と付き合ってるって」
「会社の前まで呼び出すってことは、見られても平気な関係ってことよね?」
「意外と一途だったりするってこと? なんで今も独身なままなの?」
「あ、ほら、相手が別のアパレル会社の幹部だって噂もあるじゃない? 結婚しない理由はそれなんじゃない?」

 噂話と憶測がごちゃ混ぜの情報に、聞いているこちらが混乱しそうになる。彼女達は口々に社長の恋人が勤務しているかもしれないという他社名を出して、あれやこれやとおしゃべりを続ける。
 こうしてあまりよく知らない他の部署の人達から問い詰められることは何度もあった。自分で思っていた以上に私は本社勤務の人達から認識されていたみたいで、社長に同行して店舗の視察に回っているのは周知されているようだった。

 ――でも、本当に世間話すらほとんどしたことないし……

 野上さんの運転する社用車に同乗することはあっても、及川社長はいつも後部座席で仕事をしているから話し掛ける隙なんてない。業務に関すること以外の会話なんてさっぱりだし、余計なおしゃべりをしようものなら運転席からお小言付きで睨まれてお終いだ。社長よりも秘書から認めてもらうほうが難易度が高いって一体どういうことなんだろうか。

 自動販売機の前で噂話への推測で盛り上がっている女性社員達を横目に、私はそっと喫茶コーナーから逃げ出す。ペットボトルを握り続けていた手は水滴でびしょびしょで、ハンカチを持ち歩いていなかったことを心底悔やむ。まさか飲み物を買いに行くだけであんな怖い思いをするとは思ってもみなかった。

 通路を競歩並みの速さで歩いて戻って来た私は肩で息をしながら『ヴィレル企画部』の部屋へと駆け込む。正直言って、さっきはかなりの迫力があった。森口さん達も相当噂好きだけれど、あそこまで突っ込んで聞いてくることはない。噂の真相が知りたいがために、ほぼ初対面の相手を捕まえにくるなんて相当のパワーの持ち主達だ。

「ハァ……疲れたぁ」
「何かあったんすか?」

 ミネラルウォーターのキャップを開けて、立ったままゴクゴクと半分近くを飲み干してから、私がグチりながら溜め息をつく。すると一番手前の席にいた木島さんがタブレットから顔を上げて聞いてくる。

「自動販売機のところで、他の部の人達に囲まれちゃって……やっと逃げて来れました」
「ああ、あれっすよね、社長の長年の恋人ってやつ。俺も菊池さんから聞いてきてって何人かから言われましたよ」
「私に聞かれたって……秘書課の人達のほうがよっぽど詳しそうなのに……」

 そう思ったけれど、さっきの一団の中に秘書課で見た顔があったような気がする。一番傍にいるはずの彼女達でも分からないから、私なんかのところまで突撃したということか。私はキャップを閉めながら、もう一度深い溜め息を吐いた。

 そういうことが続いたこともあり、社長に呼び出されての店舗視察中、私は何度も余計な詮索をしそうになる口を塞いだ。野上さんの氷のような睨みがなければ、ぽろっと不用意なことを言ってしまったかもしれない。
 そう、私だって人並みに噂のことは気になってはいた。だけどプライベートな話題を及川社長に対して振る勇気は持ち合わせてはいない。でも、周囲が口にする根拠の怪しい憶測に、本当なんだろうか? と心を大きく揺さぶられていた。なぜ私は彼の噂話にこんなにも翻弄されてしまうのか。それを耳にする度、胸の奥がチクりと痛くなってしまうのはどうしてなんだろう。興味はあるのに、聞きたくはない。真逆の感情に振り回されている自分自身に対して首を傾げる。

 ――もしかして、私、及川社長のことが……?

 社長への憧れの気持ちは『ジェスター』を知った時からずっとある。でも今抱いているこの感情は、本当にあの時と変わっていないんだろうか?
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