憧れていた敏腕社長からの甘く一途な溺愛 ~あなたに憧れて入社しました~

瀬崎由美

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第二十話・バーラウンジ

 きっと、全てはカシスオレンジが思ったより甘くて飲みやすかったせいだ。私は頬に熱っぽさを感じながら、窓の外に広がる夜の街を見下ろしていた。ほろ酔いでちょっとご機嫌になって、国道を走る車のライトの動きをニコニコと微笑みながら目で追っていく。
 ワインリストを手に二杯目を注文していた及川社長が、そんな私のことをじっと見ているのに気付くには少し時間がかかったかもしれない。

「菊池はなんでそこまで『ジェスター』にこだわるんだ? アパレルブランドなんて他にもたくさんあるだろう?」

 現に今日のスーツもブラウスも自社製品じゃないだろう、と社長は痛いところを突きながら聞いてくる。今羽織っているカーディガンは前シーズンに出た『ジェスター』の物だけれど、確かに視察の際に着ていたのは全く違う店で購入したものだ。自社商品にもスーツ類はあるけれど、そこまで種類は多くはない。だからどうしても他社のものも着ることになってしまう。

「まあ、他でも買うことはありますけど……」

 会社の代表を前に他社製品の購入を堂々と宣言するのはどうかと思いながらも、実際に本当のことだから仕方ない。気に入ったらどこの商品でも欲しくなってしまうのだから。でも、働くなら絶対に『ジェスター』のショップだと決めていた。他の店は考えたことはなかった。

「私は『ジェスター』が好きっていうより、スターワイドが好きなのかもしれないです」
「うちの会社がか?」
「はい。面談の時にも言いましたけど、親友の為に商品を市場に出す会社を作ってしまう及川社長に憧れたんですよね。社長がおられるからここを受けようと思ったっていうか」

 お酒の力も加わったのか、私は本人を前に調子に乗って喋り続ける。及川社長は私からのベタ褒めに照れているのか、ちょっと困惑した表情になっていた。

「誰かの為に実際に行動できるって、すごいことなんですよ。みんな思ってても応援するだけで何もできないで終わりなんです。だから、そういう人の下で働きたいなって」
「そんなことを言ってもらったのは初めてだ」

 片手で目元を押さえて隠してはいるが、目尻を下げてはにかんでいるのが向かいのソファーに座る私からも見えた。笑い顔を見られるのが恥ずかしいんだろうか? 仕事人間だと思っていた彼のそんな意外過ぎる表情に、私はドキッとした。年上の男性に対して可愛いと思ったのは初めてかもしれない。年齢よりも幼く見えてしまったその照れ笑いの顔が、私の脳裏に奥深く刻み込まれる。
 そんな風に無自覚に気持ちを振り回されることがなんだか悔しくて、私はちょっと意地悪を言ってみたくなった。

「学生の時から付き合ってるっていう彼女さんは、社長のことを褒めてくれないんですか?」

 緊張しながらほぼ勢いでそう聞いてしまい、すぐに後悔した。そんなことを聞いたって何にもならないのに……。噂になっている恋人の話を彼の口から聞いたところで傷つくだけなのは分かっていた。だから私は社長の答えを待たず俯いて、膝に乗せた手でスカートの生地をキュッと強く握る。
 でも、及川社長は何のことだと少し首を傾げた後、あっさりと否定してきた。

「それは星野の方だ」
「え、星野専務なんですか?」
「ああ、高校のときの後輩とずっと続いてるのは篤人だ。俺にはしばらくそういう相手はいない。なんで菊池がそんなことを気にするんだ?」

 問いかけながらも、なぜか揶揄うような社長からの視線。もしかしたら私が彼に対して抱いている気持ちに、とっくに気付いているんだろうか?
 顔を上げて見たその瞳の中に、ある種の熱を感じて、私は言葉を濁した。

「それは……」
「そういえば、そういう噂が流れてるから気を付けろって野上が言ってたな。あれは全部でたらめだ。星野の婚約者があいつのことを心配していろいろ相談しに来てただけだ」
「……専務の婚約者さん、なんですか?」 
「ああ。同じ高校の後輩で、うちを辞めた後の篤人の様子がおかしいって、俺のところを訪ねてきてただけだ」

 一部の噂では彼女がライバル関係にある他社の幹部だという話もあったというと、社長は目を丸くして驚いていた。彼女は総合病院に勤める看護師だから、夜勤明けの昼前に時間を合わせて会うこともあったと何でもないことのように説明してくれる。
 聞きづらいことを聞いてしまったことへの緊張が解けて、私はふわぁとソファーの背もたれへ身体を倒れ込ませる。自分で思っていた以上にあの噂に振り回されていた。

「それで、菊池がどうしてそこまで気にするんだ?」

 もう一度改めて聞き返してくる彼の目はとても意地悪に笑っていた。けれど、私はそれからは視線をそらしてはいけない気がして、黙って社長の目を見つめ返す。「だって……」と私が小さく呟くと、社長は片手を上げてスタッフを呼び寄せ、財布から出したクレジットカードを提示する。このままお開きなのかと思っていたら、会計処理が済むとソファーから立ち上がり、彼は私のもとへと黙って手を伸ばしてくる。

 中途半端な誘い文句を口にされていたなら、私もきっと乗らなかっただろう。及川社長は私の目を見つめて、一緒に来て欲しそうに無言で訴えてくる。その手がお酒の勢いや軽いノリなんかじゃないのは、私が戸惑いながらも差し出した手を優しく包み込むように握り返してくれていることで十分に伝わってきた気がした。
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