憧れていた敏腕社長からの甘く一途な溺愛 ~あなたに憧れて入社しました~

瀬崎由美

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第三十七話・星野専務との対面

 私の目の前にいる人が星野元専務だと気づき、驚きで口をパクパクさせていると、隣の悠斗さんが呆れ笑いを浮かべながら、かつての相棒に向かって厳しい口調で告げる。

「お前がうちのデザインを使い回しているのに気付いたのは彼女だ。報告を受けた後、社内でもいろいろ調査してお前が昔のデザイン画を持ち出したのも分かってる」

 私が来る前にも二人だけで少し話す時間があったらしく、星野元専務は肩を落としたまま半笑いを浮かべた顔を私へ向けてくる。

「あ、『ヴィレル』企画室の菊池と申します」

 緊張気味に名乗ってみたけれど、あまり興味はなさそうで星野さんは私のほうには一瞥しただけだった。でも『ヴィレル』と聞いた後に、「ああ、新しく出たやつか」とぽつりと呟いていたから、退社後もスターワイドのことは多少なりとも気にしていたのかもしれない。

 私の記憶の中の星野専務はもっと自信にあふれていて、明るい空気をまとっている人だった。芸術派でこだわりは強かったというのは他のデザイナー達から聞いていたけど、とにかく陽気な人だったらしい。でも今目の前にいるのはまるで別人のように思えた。オドオドと覇気のない表情で悠斗さんのことをうつむきがちに見ながら、膝の上で組んでいる指を落ち着きなく開いたり閉じたりしている。

 悠斗さんはソファーから立ち上がって、デスクの上に置いていたワンピースを取って、それをソファーテーブルの上にばさりと置いた。私がネットで購入した『ルネール』の商品だ。そして、眉間に皺を寄せた辛そうな表情で、かつての親友に向かって問いかける。

「こんなのはお前のデザインじゃないだろう? こんな物を作るために、ここを出てったのか?」

 星野専務はそれにはちらっと視線を送っただけで、逸らすように目を伏せた。自分のデザインした服のはずなのに、見たくない物を見てしまったようなウンザリした表情。

「ECでそれなりの数を売ろうと思ったら、細かいこだわりなんて捨てるしかない。納得できるものができたとしても、あの激しい価格競争の中では負けてしまう。安ければ売れるけど、たいしたものは作れない」
「だからって、うちのデザインをそのまま使うことはないだろう?」
「……新しく会社を立ち上げた後、何も思いつかなくなった。こだわらずに安い商品を作れと言われたら、何も描けなくなった」

 強めの語気の悠斗さんに対して、星野専務はボソボソとつぶやくように話す。まるで真逆のように思えたが、どちらも辛そうな表情をしている。

「結城が……一緒に会社を立ち上げた奴が、俺のデザインを見てコストがかかり過ぎるとことごとく破棄していくのを見てたら、本当にもう何も……」

 膝の上に肘を付きながら両手で頭を抱えてうなだれる。共同経営者から早くデザインを出せと急かされて、でも描いたものはコスパが悪いと却下されてしまう。かろうじて通った案も商品化された物は大幅に改変されて全くの別物になっていた。自身のこだわりを容赦なく削り取られる屈辱。彼は新しく作った会社で追い詰められた末に、過去のデザイン画を使い回してしまったと告白する。

「使い回したところで返品は多いし酷評されるし、俺だってこんなものを作りたくてここを出てったわけじゃない」
「そりゃそうだろうな、こんな中途半端な商品で満足してたら終わりだ」

 弱った相手に対しても、悠斗さんは冷酷だ。テーブルの上のワンピへ軽蔑するような視線を送りながら、呆れ笑いを浮かべて言う。

「お前は俺に辞表を突きつけてきた時、何て言ったか覚えてるか? これからは好きなようにやりたいから、って言ってなかったか? 好きなようにやった結果がこれなのか?」

 畳みかけるように責める悠斗さんに、星野専務はぐっと言葉を飲み込んで、何も言い返せないようだった。しばらくしてから、ポツリポツリと悔しそうに膝の上で拳を握りしめながら言葉を漏らしていく。

「俺はずっと悠斗は俺のデザインに乗っかってるだけだと思ってた。スターワイドは全部俺の功績だと勘違いしていたんだ。でも、自分で会社を作って分かった。俺にはお前のように売る才能は無かったんだ……」
「お前のこだわり全部を再現して世に出すのが俺の仕事だったからな。篤人はここで自分の好きな物を描き続けてれば良かったんだよ。そうしたら、俺がいくらでも売ってやったのに」
「……ああ、それがどんなにすごいことか、全然分かってなかったみたいだ」

 妥協せずに物を作ることの難しさを独立して身をもって知ったと、星野専務は悠斗さんへ向かって頭を下げる。彼は自分の才能だけでスターワイドがここまで大きくなったと思い込んでいた。でも、それは悠斗さんの経営手腕があってこそで、自分一人では不可能だったと改めて分かったのだという。

「『ジェスター』のデザインを使ったものは全て廃棄する。売れてしまったやつを全て回収するのは難しいかもしれないが……」

 盗用を認めた星野専務が、商品の撤回を約束すると、悠斗さんは黙ってしばらく考え込んだ後、隣にいる私の方を見てくる。

「乙葉なら、これからどうすればいいと思う?」
「えっ、ええっと……法律的なことはよく分からないんですが、デザインを盗用した物はすぐにサイトから引き下げていただいて、返金に応じるという形で購入者へは回収を促してもらえるのが一番かと」

 私の答えが及第点だったのか、悠斗さんは黙ってうなずき返してくる。でもきっと、彼が求めているのはそれじゃないのだろう。多分、今日この場に私まで呼び出されたのは彼らの仲介役になって欲しいからだ。私は少し考えてから二人の顔を交互に見てから言った。

「とりあえず、お二人は仲直りして下さい」

 私の言葉に二人は気まずそうに視線を逸らしながら、互いに「まあ、そうだな……」と呟いて苦笑いを浮かべていた。二人そろって大人なのに、意地っ張りでとても面倒だ。
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