憧れていた敏腕社長からの甘く一途な溺愛 ~あなたに憧れて入社しました~

瀬崎由美

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エピローグ

 軍手をはめた宮前さんと木島さんが壁面の棚にガラス製の棚板を乗せているのを、私はハラハラしながら見守っていた。既存店の多くは木製の棚板を使っているが、この店舗では店の中央だけガラス棚になっている。おかげでスポットライトの光が透過して商品がよく映えるのだ。ただ、そのガラス板がかなり重いからと、今日はこうして男性二人を引き連れてお手伝いに来ていた。

「落とさないで下さいねー、そのガラス特注らしいんで、割ったら大変なんで」
「分かってますって! ってか、重っ!」
「これって普段の棚移動の時とか大変なんじゃ……?」
「ああ、上段のは動かすことはないんで大丈夫です。下だけなら女性でも何とかなるかと」

 脚立に乗ってガラス板を持ち上げて設置している二人に話しかけながら、私は店内の様子をぐるりと見回してみる。従来の『ジェスター』の店舗よりゆったりとした広さがあり、什器の間隔も少しゆとりを持たせてある。ベビーカーを押しているお客様にも配慮した広い通路。『ヴィレル』単独の一号店となるここは、新しく建設されたばかりの商業施設の一角にある。翌日に控えた記念すべきオープンに向けて、私達は最終確認も兼ねて訪れていた。

 棚の設置を終えた木島さん達も傍に寄ってきて、一緒になって店の中を眺め始める。スーツに付いてしまった埃を手で払い落としながら、宮前さんがしんみりした声で呟く。

「正直言うと、『ヴィレル』は短命で終わると思ってました。何だかんだ言って菊池さんもショップに戻って、企画室もすぐに消滅してって」
「ええーっ⁉ 宮前さん、そんなこと思ってたんですかぁ⁉」

 主任自らの不吉な発言に、私は驚いて目を見開きながら聞き返す。誰よりもしっかりとチームを引っ張っていてくれた彼が、内心ではそんな弱気だったなんてショックだ。

「いや、俺もっすね。あ、でも俺は消滅するっていうか、『ジェスター』とごちゃ混ぜになって終わりって思ってたかも。消滅じゃなくて、吸収される方っすね」
「ちょっ、木島さんまで、そんなぁ……」

 差別化はできず気が付けば『ヴィレル』のタグは無くなっていると思っていたと言われ、私はフルフルと首を横に振る。そんな悲しいことは私は一度も考えたことはなかった。だって悠斗さんは早い段階で、いつか独立させるつもりだと宣言してくれていたのだから。だけど社長のその言葉を直接聞いていない二人には、今日この日はあまり想像もできていなかったのだという。

「菊池さんだけは、及川社長のことをずっと信じてたってことっすね」

 私は二人と一緒に通路へ出て、店の外観へとスマホのカメラを向ける。店内に陳列されている商品はどれ一つとっても思い入れがあり、その試作品が届いた時に感動した気持ちはいつでも簡単に思い出せてしまう。
 もちろん、まだスターワイドの二本柱と言えるほどの実績はないけれど、この店はその目標に向けて踏み出した第一歩目だ。

 三人並んで感慨深げに店舗を眺めながら話していると、店の奥から真田マネージャーが宮前さん達へと呼び掛けてくる。

「こっちの什器を片付けたいんで、ちょっといいですか?」
「はーい、何すかぁー?」
「これ、当分は使う予定ないんで、ストックルームの奥に運んでもらいたいんだけど」
「ええーっ、またこれも重そうな……」

 軍手をはめ直した二人が再び店の中へ戻っていくのを、私は笑顔で見送る。すでに商品は並び終わっているし、マネージャーも付きっ切りでいるから私が手伝えることはほとんどない。重い物の運搬は彼らに任せて、店内のディスプレイを順に写真へ収めていく。
 店頭のメインディスプレイにカメラを向けていると、聞き覚えのある声に呼ばれて振り返る。

「あ、社長、お疲れ様です」

 小金井部長を引き連れて視察に訪れた悠斗さんが、穏やかに微笑みながら新しい店舗の外観に目を向けていた。私の挨拶には小さくうなずき返してから、何を撮影していたのかと私の社用スマホの画面を覗き込んでくる。写真フォルダの中の大量の店内画像に少し引き気味だったのはきっと気のせいだろう。

「ついに明日だな」
「まだ夢見てるみたいです。『ヴィレル』がオープンできるなんて……」

 信じてはいたけれど、こんなに早く実現できるとは思わなかった。そう言って笑っていると、さらにまた真田マネージャーがストックルームから顔を出した。

「あ、ちょうど良かった、部長もちょっと手伝ってもらえますか? 什器が奥でつっかえちゃって、もう一人いないと無理そうなんで――」

 ストックルームの奥がごたついているらしく、人手が足りないと部長まで呼びつけられていた。真田マネージャーは穏やかそうに見えて意外と人使いが荒い。渋い表情になる部長へ私は自分の軍手を手渡し、「頑張って下さい」と笑いを堪えながら声を掛ける。
 部長がスーツの袖を腕まくりしながらストックルームへ入っていくのを見守っていると、隣に立つ悠斗さんが私の腰にそっと腕を伸ばして引き寄せてくる。私は慌てて周囲を見回し、誰も見ていないかを確認する。

「乙葉がいなかったら、この店は無かった」

 隣にいる悠斗さんの顔を私が見上げると、彼は穏やかな笑みを浮かべた優しい目で私のことを見つめていた。あの時、会議室内の空気を凍らせていた人がこんなにも温かい視線を送ってくれるようになるなんて、一体誰が想像できただろうか。

「これからもずっと傍にいて、俺のことを支えていて欲しい。仕事でも、それ以外でも」
「はい。もちろん!」

 私は大きくうなずき返してから、正面からは見えないようにこっそり腰に回されていた彼の手へと自分の手をそっと重ねた。

 ―完―
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