婚約破棄されましたが、おかげで聖女になりました

瀬崎由美

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第六話・王子殿下からの求婚

 シンプルなデザインながらも肌触りの良いカバーを掛けたソファー。ゆったりと四人は座れそうなサイズのそれは、普段どんな人が腰掛けていたのだろうか。
 そのど真ん中を陣取って、聖獣と呼ばれていた黒猫は身体を丸めて眠っている。

 第三王子と向かい合い、私は今何か大きな聞き間違いをしたのではないかと黒猫の隣に座りながら首を傾げた。
 もし私の耳がおかしくなってなければ、『求婚』という言葉をパトリック様が発したように思ったが、まさかそんなことはないだろう。
 だって男爵令嬢でしかない私が、問題児とは言えこの国の王族から直接結婚を申し込まれるなんてことがあるわけがない。

 もしかしたら、昨日から何度も頭や顔を強く打っているせいで耳に不具合が残ってしまったのかもしれない。そう、きっとそうに違いない。
 私は不敬と思いつつも、パトリック様へと聞き返す。曖昧なまま微笑んで誤魔化す方がもっと失礼だと思ったから。

「申し訳ございません、あまりよく聞こえなかったのですが……?」

 ナナが淹れてくれたお茶を美味しそうに飲んでいた殿下は、まるで大したことでもないかのように丁寧に同じ言葉を繰り返してくれた。

「聖女でもある君に、求婚に来たと言ったんだよ。聞いたところ、特に決まった相手はいないんだろう?」

 やっぱり彼はさっきも『求婚』という単語を口にしていたらしい。私の耳は正常だったみたい。
 というか、毒見もなしに私より先に飲み物を口にしてたことにお供の従者の顔が真っ青になっていて少し不憫に思えた。
 彼はいつもこの調子なんだろうか。そういえば、今朝も医務室で従者と神官の制止を振り切って突撃してきてたわ、この王子。

「ええっと、私の父の爵位は男爵でしかありません。第三王子であられるパトリック様のお相手には――」
「ああ、それはもちろん聞いている。でも、男爵令嬢である前に君は聖女だ。聖人聖女の個人の身分は王族に匹敵する。だから何の問題もない」
「いえ、でも私は……」

 婚約破棄したばかりの傷物令嬢。そんな腹立たしい肩書を自分では口にしたくはなくて、私は途中で口を噤む。
 きっと社交界中で出回っているだろう噂話は尾ひれや背びれが付いて今頃はとんでもないことになっているかもしれない。
 私の目の前に腰掛けている能筋王子はそんなことは重々承知だと声を出して笑い出した。

「そんなことを気にするなんて、本当に驚くほど普通だな。聖女というからには、もっと――」
「もっと、何でしょう?」

 パトリック様の言い草にムッとして、私は声を被せて聞き返す。
 神官達から聖女だと言われてからまだ一日も経っていない。自覚なんてあるわけがないし、そもそも私は自分が聖女だなんてまだ信じてない。
 何度も普通呼ばわりされて私が本気で怒っているのが分かったからか、第三王子は少し慌て始める。

「いや、決して悪い意味で言ったわけではないんだ。もっとお高くとまって付き合いにくそうなのを想像していたから、逆にホッとしたというか」
「はぁ……」
「まあ、高飛車だったとしても求婚はしてたとは思うが」
「それは何の為でしょうか?」

 もし私が嫌な女であっても同じことを言ったというには何か目的があるはずだ。私からの問いに、パトリック様はニヤリと笑ってみせる。

「正直に言えば、俺は神殿の後ろ盾が欲しい。だから聖女である君を手に入れたいと思った」

 あまりの直球な返答に私は唖然とするしかなかった。この王子には下心を隠すという気がまるでない。
 けれど、元婚約者に酷い仕打ちを受けてまだ日も浅い私には、その正直過ぎる反応が逆に清々しく感じた。裏でコソコソ何かを企まれるよりよっぽどいい。

「君も噂くらい聞いたことはあるだろう? 今、この国の王位継承権がどうなっているか」
「ええ、そこまで詳しく理解できているかは自信がありませんが……」

 パトリック様はナナに向かってお茶のお代わりを頼み、追加で淹れて貰ったものを頬を緩めて一気に半分飲み干していた。ナナはお茶を淹れるのがとても上手だから気に入ってくれたのだろうか。

「一番上の兄はとうの昔に継承権を放棄しているのは知っているか?」
「はい。お身体があまり強くはない方だと伺っております」
「うん、まあ、一応そういうことになってる。ジョセフ兄上は療養のためにずっと王都を離れておられる。だから今、有力視されているのは第二王子であるアロン兄上ということになるが、俺は兄上から王位継承権を奪い取り王太子になろうと思っている」
「はぁ……」

 私は今、なぜこの場で第三王子を相手に王族の後継問題の話を聞いているのだろう?
 気の無い相槌を打ち返す私のことなど気にも留めず、パトリック様は話を続ける。

「このまま何もなければアロン兄上に決まるのは確定だ。なんせ、兄上の後ろには宰相が付いているからな」
「宰相様というと、サーパス様でしたかしら?」
「ああ、サーパス夫人は兄上の乳母でもあるから、ここの絆は堅い。宰相の後には兄上の乳兄弟でもあるジークが収まるのも目に見えている」

 こんな機密的な話を一介の男爵令嬢に対して話していいんだろうかと、私は少し不安になってくる。
 ナナも部屋の隅に控えながらオロオロしているし、王子の従者の顔色もずっと青いままだ。
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