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第四十話・北斗からの相談事
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北斗の向かいに座ると、美琴は横目で窓の外をちらりと見る。駅前の交差点、横断歩道の信号脇には、生欠伸を漏らしている白い毛色の妖狐の姿があった。店に入る前にゴンタへは友達と待ち合わせしていることを伝えたけれど、「長くならないなら、待ってやってもいい」という返事が戻ってきた。
子ぎつねは頭上を飛ぶカラスを見上げているようだから、屋敷にいるツバキに美琴の帰りが遅くなることを連絡しているのかもしれない。
「久しぶり。小学校以来、かな?」
「そうだね、八神さんは全然変わらないね」
雰囲気が激変して大人っぽくなった北斗から言われると、ぐさりと刺さってくるものがあったが、美琴は「そうかなぁ?」とヘラヘラと笑って流す。その微妙な反応に、北斗が慌てて訂正してくる。
「あ、悪い意味じゃなくて、変わってなくて安心したっていうか――ほら、八神さんって子供の頃から落ち着いてたし……」
「そ、そう……? お婆ちゃんに育てられてるから、年寄り臭い子供だったのかも」
美琴の自虐的な言い草に、北斗がふっと鼻で笑った。やっぱり笑った時の顔はあの頃のままだ。
小学校の時はこんなに北斗と話したことはなかったかもと思いつつ、美琴はオレンジジュースの入ったドリンクカップを手に取り、ストローに口を付ける。北斗はコーラを買っていたらしく、すでにカップの半分近くを飲み切って、空になったナゲットとポテトの容器がトレイの隅に重ねられていた。
「陽菜から何となくは聞いてきたんだけど、相談って?」
久しぶりに会った同級生ともう少しくらい思い出話を語り合っても良かったかもしれないが、窓の外でゴンタがまた生欠伸を漏らしたのが見えた。あまり長く待たせては可哀そうだと、美琴はポテトを頬張りながら本題へと切り出す。ついさっき買ったばかりなのに、ポテトは冷えてシナシナになり始めている。
「今日はいきなり連絡して、ごめん。こんな話をまともに相談できる相手って、八神さんしか思いつかなくって……」
「寝てると声が聞こえて、夜中に何度も起こされるって……それって夢の中の話とは違うの?」
陽菜から聞いた時も、ちゃんと覚め切れずにぼやけた頭で夢の続きを見てるだけなんじゃないのかと思った。似たような夢を繰り返し見ることは別に珍しくはないし、寝ていたら目が覚めて朝の支度を始めるという、日常を再現したリアルな夢を見ることもある。夢が現実的過ぎて、境界が混乱しているだけでは、と。
そう聞き返した美琴へ、北斗は首を横に振って返す。寝不足のせいか疲れが出ている目元が何かに怯えるように歪んだ。思ったよりも深刻な問題なのかもしれない。
「最初は俺も、ただの夢だと思ったんだ。けど、それがほぼ毎晩のように続いてて……初めはぼんやりしてた声が、段々はっきり聞こえてくるようになって。しかも、なぜか俺、その声を昔に聞いたことがあるんだよ」
「知ってる人の声ってこと?」
美琴の問いかけに、北斗はまた首を横に振る。聞き覚えがあるのに、誰の声かが分からない。けれど、間違いなく彼はその声を知っているのだと言う。
「……誰かは分からないけど、どこで聞いたことがあるのかは思い出した」
そう言ってから、北斗は顔を上げて美琴のことをじっと見る。同じ塾でそれなりに親しくしている陽菜にも、ここまでしか話してはいないらしい。だから、美琴のことを打ち明けて良い相手かどうかを見定めているかのような視線に感じた。
「俺、全く同じ声を山の中でも聞いてるんだ、小三の時の林間教室で」
「林間教室って、脇田君達が行方不明になってたやつだよね? え、あの時のことは誰も何も覚えてなかったって……」
遭難した男児五人全員が、発見される前までの記憶が無いとテレビや新聞でも報道されていた。山の奥へどうやって辿り着いたのかも、何の為に宿泊施設から抜け出したのかも不明だったはずだ。
「うん、何も覚えてない。宿泊所の二段ベッドで寝てたはずが、気付いたら病院のベッドだったってくらい記憶は飛んでる。でも、最近その声を聞くようになってから、あの時に誰かと何か約束をしたような気がして……」
北斗は眉を寄せた後、「それ以上は何も覚えてない」と首を横に振る。
「でも、その約束した相手なんだよ、絶対に」
「その夜中に起こしにくる声が? いつも何て言ってくるの?」
「……年上の女の人の声だと思うんだけど、『もうすぐだね』って」
「えっ、何それ、怖っ! 何がもうすぐ、なの?!」
「さあ、分かんない」と北斗は苦笑いしている。揶揄ったり否定したりもせず、美琴が話を最後まで聞いていたことに、少しホッとしているように見えた。反対に、深刻な表情で腕を組んで唸り始めた美琴の反応を、意外そうに思っているみたいだった。二人で顔を見合わせて、もうすぐに該当しそうなことを思い出していく。節分は過ぎたし、雛祭りは北斗には関係ない。高校卒業もまだ来年の話だ。
「もうすぐ……ああ、そう言えば、あと二ヶ月で成人だ。俺、四月三日生まれだから」
「誕生日、早いね。私は早生まれだからまだ後一年あるよ。そっか、十八歳になるんだ……」
成人かぁ、と呟いてから、美琴はハッとする。その誰かとの約束は、彼が成人になることと関係してるんじゃないだろうか。
子ぎつねは頭上を飛ぶカラスを見上げているようだから、屋敷にいるツバキに美琴の帰りが遅くなることを連絡しているのかもしれない。
「久しぶり。小学校以来、かな?」
「そうだね、八神さんは全然変わらないね」
雰囲気が激変して大人っぽくなった北斗から言われると、ぐさりと刺さってくるものがあったが、美琴は「そうかなぁ?」とヘラヘラと笑って流す。その微妙な反応に、北斗が慌てて訂正してくる。
「あ、悪い意味じゃなくて、変わってなくて安心したっていうか――ほら、八神さんって子供の頃から落ち着いてたし……」
「そ、そう……? お婆ちゃんに育てられてるから、年寄り臭い子供だったのかも」
美琴の自虐的な言い草に、北斗がふっと鼻で笑った。やっぱり笑った時の顔はあの頃のままだ。
小学校の時はこんなに北斗と話したことはなかったかもと思いつつ、美琴はオレンジジュースの入ったドリンクカップを手に取り、ストローに口を付ける。北斗はコーラを買っていたらしく、すでにカップの半分近くを飲み切って、空になったナゲットとポテトの容器がトレイの隅に重ねられていた。
「陽菜から何となくは聞いてきたんだけど、相談って?」
久しぶりに会った同級生ともう少しくらい思い出話を語り合っても良かったかもしれないが、窓の外でゴンタがまた生欠伸を漏らしたのが見えた。あまり長く待たせては可哀そうだと、美琴はポテトを頬張りながら本題へと切り出す。ついさっき買ったばかりなのに、ポテトは冷えてシナシナになり始めている。
「今日はいきなり連絡して、ごめん。こんな話をまともに相談できる相手って、八神さんしか思いつかなくって……」
「寝てると声が聞こえて、夜中に何度も起こされるって……それって夢の中の話とは違うの?」
陽菜から聞いた時も、ちゃんと覚め切れずにぼやけた頭で夢の続きを見てるだけなんじゃないのかと思った。似たような夢を繰り返し見ることは別に珍しくはないし、寝ていたら目が覚めて朝の支度を始めるという、日常を再現したリアルな夢を見ることもある。夢が現実的過ぎて、境界が混乱しているだけでは、と。
そう聞き返した美琴へ、北斗は首を横に振って返す。寝不足のせいか疲れが出ている目元が何かに怯えるように歪んだ。思ったよりも深刻な問題なのかもしれない。
「最初は俺も、ただの夢だと思ったんだ。けど、それがほぼ毎晩のように続いてて……初めはぼんやりしてた声が、段々はっきり聞こえてくるようになって。しかも、なぜか俺、その声を昔に聞いたことがあるんだよ」
「知ってる人の声ってこと?」
美琴の問いかけに、北斗はまた首を横に振る。聞き覚えがあるのに、誰の声かが分からない。けれど、間違いなく彼はその声を知っているのだと言う。
「……誰かは分からないけど、どこで聞いたことがあるのかは思い出した」
そう言ってから、北斗は顔を上げて美琴のことをじっと見る。同じ塾でそれなりに親しくしている陽菜にも、ここまでしか話してはいないらしい。だから、美琴のことを打ち明けて良い相手かどうかを見定めているかのような視線に感じた。
「俺、全く同じ声を山の中でも聞いてるんだ、小三の時の林間教室で」
「林間教室って、脇田君達が行方不明になってたやつだよね? え、あの時のことは誰も何も覚えてなかったって……」
遭難した男児五人全員が、発見される前までの記憶が無いとテレビや新聞でも報道されていた。山の奥へどうやって辿り着いたのかも、何の為に宿泊施設から抜け出したのかも不明だったはずだ。
「うん、何も覚えてない。宿泊所の二段ベッドで寝てたはずが、気付いたら病院のベッドだったってくらい記憶は飛んでる。でも、最近その声を聞くようになってから、あの時に誰かと何か約束をしたような気がして……」
北斗は眉を寄せた後、「それ以上は何も覚えてない」と首を横に振る。
「でも、その約束した相手なんだよ、絶対に」
「その夜中に起こしにくる声が? いつも何て言ってくるの?」
「……年上の女の人の声だと思うんだけど、『もうすぐだね』って」
「えっ、何それ、怖っ! 何がもうすぐ、なの?!」
「さあ、分かんない」と北斗は苦笑いしている。揶揄ったり否定したりもせず、美琴が話を最後まで聞いていたことに、少しホッとしているように見えた。反対に、深刻な表情で腕を組んで唸り始めた美琴の反応を、意外そうに思っているみたいだった。二人で顔を見合わせて、もうすぐに該当しそうなことを思い出していく。節分は過ぎたし、雛祭りは北斗には関係ない。高校卒業もまだ来年の話だ。
「もうすぐ……ああ、そう言えば、あと二ヶ月で成人だ。俺、四月三日生まれだから」
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