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第二十一話・指名依頼

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 冒険者の街と呼ばれるだけあって、シュコールの中心街で一番人通りが多いのが、ここギルド前通り。赤レンガ造りの冒険者ギルドの周辺を武具屋や道具屋、薬店などの関連商店が立ち並び、宿屋や食堂、飲み屋も一揃いしている。冒険者として登録した後はこの通りだけで十分に生活できてしまうので、長年シュコールに住み着いているのに他の通りには行ったことがほとんどないという者も多い。

 ジークが拠点とする宿屋はどちらかと言うと石壁の検問所寄りなので、冒険者と旅人や商人がごちゃ混ぜだ。ギルド近くの宿になれば、客は全て冒険者ということもあるので、それに比べればまだ落ち着いた雰囲気かもしれない。

 朝からギルドに顔を出すのは久しぶりだと思いながら、ジークは厚い木の扉を押して建物の中に入った。これから依頼に出るらしい冒険者と何組か擦れ違ったが、初めて見る顔ぶればかりだった。訪れる時間帯が変われば、見る顔も全く違う。

 その日の依頼を探すには遅い時間ということもあり、ギルドの中は出遅れた者か、前日の依頼報告に来た者くらいしか見当たらず、閑散としていた。いつも混雑している壁面の依頼ボード前には弓使いが一人だけ。横に並んでボードを見上げ、端から順に目を通して行く。ほぼ毎日のように来ているから、目新しい依頼は一枚も無さそうだ。

「あ、ジークさん、ちょっといいですか?」

 ギルド職員にカウンターの中から声を掛けられ、振り返る。何度か受付してもらった覚えある年配の男性職員が立って片手を上げていた。

「ジークさん宛の指名依頼が入ってるんですが――」
「指名依頼?」
「ええ。護衛の依頼なんですが、こちらです」

 そう言って差し出されたのは、依頼ボードに掲示されたのとは少し大きさの違う依頼用紙。特定の冒険者を名指しにしての依頼は、報酬も通常よりは多い。受けるかどうかは指名された者が自由に決めることができるし、場合によっては日程の都合も聞いて貰えることがある。

「日付の変更はできないそうで、受諾無しでも面会だけはお願いしたいそうです」
「?」

 断りは依頼主に直接伝えろということかと首を傾げたが、依頼書の一番下に記された依頼人名に気付いて納得した。

「ゾース、か」
「ええ、ご公務でいらっしゃっているようで、ご都合がつくならお会いしたいと」
「それなら、依頼は受けずに面会だけで」
「では、そのように」

 依頼人名に書かれていたのは、ゾース・グラン。グラン領主の次男であり、ジークの実弟だ。魔力は無いが、剣術の腕前はそれなりだ。だがまさか護衛無しで領外へ出て来たとは思えないので、護衛依頼という名目で兄を呼び出そうとしたのだろう。相変わらず悪知恵だけはよく働く。もし依頼を受けると言ったら、グランから連れて来た護衛の立場が無いじゃないかと、ジークは弟の従者の顔を思い浮かべた。

 ギルドで聞いた面会場所は、街のど真ん中に位置する領主本邸のすぐ隣に建つ迎賓館。公務で来たということなので、ここで何日か滞在しているのだろう。名を名乗って入門した後には厳重な荷物チェックを受け、案内の者に従って奥へと進む。来賓室の観音扉が開かれた先には、数か月ぶりに見る弟が悪戯に成功した子供のような顔で待っていた。

「兄上!」
「久しぶりだね、ゾース。いつからシュコールに?」
「昨日の夕刻に着きました」

 着いてすぐに従者をギルドへ走らせ、指名依頼の手続きをさせたという。シュコールへの公務が決まった時に思いついた企みは無事に成功した。こうして兄と再会できたことをゾースは心から喜んでいるようだ。

「こちらでの生活はどうですか?」
「しっかり冒険者をやってるよ。頼もしい仲間もできたしね」

 宿屋でエリーの相手をさせられているはずの縞模様の相棒を思い出す。今頃は飽きて部屋に戻って昼寝でもしていそうだな、と。
 兄の目尻が自然と下がったことに、ゾースはすぐに気付いた。

「楽しそうで何よりですが、いつお戻りになられるんですか?」
「戻らないよ」

 一言で返してから、ああ違うなと言葉を繋ぐ。弟が確認したがってるのはそれじゃない。おそらく父からは何も聞いていないのだろう。

「もし戻ることがあったとしても、家は継がないから」

 家を継ぐはずの長兄が出て行った。けれど行先は隣領でいつでも帰って来れる場所。自分の立ち位置が定められず、宙ぶらりんのままに仮の後継者となったゾースはさぞかし落ち着かなかっただろう。ちゃんと話してから出れば良かった。

「もし冒険者を辞めることがあれば、その時は宮廷へ行くし、領は継がない」

 父上にもそう伝えてあるよと諭すように話すジークを、まだ16の弟は寂しそうな、けれどホッとしたような顔で静かに見ていた。これで今後はゾースが自身の身の振り方に迷うことはなくなるだろう。

「でも、たまには里帰りしてください」
「ああ。約束する」
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