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第二十三話・捜索依頼

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 窓の外が明るくなり始めた頃、隣の部屋の扉が豪快に閉められる音でジークは目を覚ました。隣には数日前から二人組の冒険者が泊まるようになったのだが、粗雑なのか足音や戸を閉める音など、いちいち大きい。

 それに加えて、夜遅くに帰って来たり、今朝のように日が明けると出て行ったり……要は、近所迷惑な客だった。

 まだ起きる予定ではなかったので、ジークはそのまま二度寝しようと目を閉じた。視界を遮断すれば外の音がさらによく聞こえてしまい、ますます周りの音を拾ってしまう。顔をしかめて布団を頭まで被ってみるが、男達の発する野太い声が嫌でも耳に飛び込んできた。

「……マジか。鬼畜だな」
「森に放置とか、もう死んでるんじゃね?」
「ギルドは捜索依頼出すって言ってたけど、手遅れだよなー」

 飲み屋で耳にしてきた噂話をネタに、男二人で軽口を叩いていた。これから依頼に出掛けるらしく、武器をガチャガチャと鳴らしながら階段を下りていく。この騒がしさでは他の部屋の宿泊客も間違いなく起こされていることだろう。

 ――森で、放置?

 気にはなったが、聞こえて来た話を目を瞑って頭の中で反芻している内に、ジークは眠りの世界へと引き戻されていった。布団の真ん中をトラ猫に陣取られ、ベッドの隅で身体を丸める。

 その後、少し遅い時間に目を覚ますと、習慣になりつつある朝の鍛錬を軽く終えてから、ジークはギルドへと向かった。依頼を受けてそのまま森に行くつもりで、黒色のローブで猫を隠すように抱き抱えていた。まだ眠気が残っているのか、ティグは目を瞑ってジークの腕の中で丸まっていた。

 昼前だというのに、ギルドには人だかりができていた。いつもならば閑散としている時間帯なのに、壁面ボードの前にはたくさんの冒険者の姿があった。皆一心で張り出された一枚の依頼書を見ていた。

「マジかよ……」

 どの冒険者の顔にも驚きと困惑の表情が浮かび上がっていた。中にはそれらの感情を通り越して、怒りに満ちた顔をしている者もいた。不思議に思ってボードが見えるところに移動していると、見覚えのある男に声を掛けられた。

「あ、ジーク。あいつら、またやったらしいわ……許せねえ」

 以前に熊型の魔獣に追いかけられ、丸腰で森の中を逃げていた冒険者だ。名前は確か、ロンと言っていたはずだ。今日はちゃんと腰に剣を携えている。
 ロンは怒りが露わになった顔をして、顎でボードを指した。
 人だかりを掻き分けて、張り出された掲示物を確認すると、ジークの顔も彼と同じ表情になった。

 ――張り出されていたのは、行方不明者の捜索依頼だった。対象者の名はマックス。ジークと一緒に依頼に出たことがある、魔法使いの名だった。

 行方が分からなくなった詳しい経緯については記載されていなかったが、周りで騒ぐ冒険者達の話によると、依頼中に魔獣に襲われて逃げて来たパーティの一人がまだ森から戻って来ていないということだった。

「あいつら、俺のことも囮にしやがったから、今回も――」

 受付近くでギルド職員に囲まれている二人組へ、ロンは軽蔑の視線を送る。厳しい顔の職員の前で縮こまって俯いている二人は、追及されてようやく自分達のしでかしたことの重大さに気付いたらしく顔面蒼白になっていた。大柄の男達がオロオロしている姿は無様としか言いようがない。
 ジークは何も言わず、黙って依頼書の一枚をボードから引っ張り剥がした。

「俺も一緒に行くわ」

 背後の声に振り返ると、魔法使いのエルだ。彼の顔もまた怒りに満ちている。マックスとは冒険者を始めた頃からの付き合いで、魔法使い同士だからか気が合ってよく飲みにも行った。一緒にジークの魔法に感嘆し、冒険者を続けることを誓い合い、揃って杖を選んだ仲だ、何もせずに祈るだけなどできない。

「俺も。足手まといだとは思うけど、あいつらが許せねえし」

 マックスのことはギルドで見かけたことがある程度だが、囮にされた恐怖と怒りは誰よりもよく分かる。運良くロンの時はジークに助けて貰えたが。魔の森に一人残されている魔法使いのことを思うと、自分が置き去りにされた時のことをふつふつと思い出す。奴らをぶん殴ってやろうかと思ったが、今はそんなことをしている場合じゃない。

「必ず探し出して、マックスと一緒に、あいつらの除名申請してやる」

 素行の悪い冒険者はギルドの名簿から登録抹消の処分を受けることがある。全てのギルドは通じているので、除名されると国内での冒険者活動はできなくなる。ロン一人の訴えでは難しいが、マックスと共に声を出せば可能だろう。もう二度と同じことはさせない。

 三人は受付で捜索依頼の受諾登録をして、マックスが一人残されているだろう魔の森へと向かった。
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