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第ニ十六話・女冒険者イリス
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いつもよりも少しばかり早く目が覚めたジークは、日課になっている朝の鍛錬を終えると、宿屋の食堂で朝食を取っていた。まだ眠そうなティグの分は部屋に用意して来たので、久しぶりに一人で食べる朝ご飯だ。
「お、珍しい奴が居るなー」
「マジか、ジークもここ使ってるって本当だったんだな」
遠征する予定の冒険者達が次々にやって来ては、何かしら言ってくる。特に挨拶を交わす訳ではないし、向こうも反応を欲しがっている訳でもない。ちらりと目線を送る程度で必要以上に関わらない。
何より、冒険者の朝は忙しい。今来たと思ったら、あっと言う間に食べ終わって食堂を出て行ってしまう。
――遠征かぁ。ティグがいるから無理かな。
アヴェンへの護衛を受けて以来、特に遠出はしていない。そもそもソロで受けられる護衛依頼がギルド経由では滅多に出てこないのだから。
かと言って、別に護衛依頼や遠方での案件を受けたいと思っている訳でもない。猫と並んで森の中を歩き回るのも嫌いじゃない。
昼食用に用意して貰った軽食を女将から受け取ると、ジークは二階の角部屋へと戻って行った。縞模様の猫がベッドの上で念入りに毛繕いしているのを見つけると、床に置かれたままの猫用の食器を片付ける。口周りを丁寧に舐めているから、ちょうど食べ終わったところだろうか。
「ギルドに行くけど、どうする?」
後ろ足を上げて腹毛を丁寧に手入れしているトラ猫は、ジークの声が聞こえていないかのように熱心に毛繕いを続けていた。
「じゃあ、留守番してて」
一人で出掛けるならとローブではなく上着を羽織っていった彼の後ろ姿を、珍しいものでも見るかのようにトラ猫はベッドの上からじっと見送った。
そして、ベッド脇の机の上に置きっぱなしにされた食べ物の匂いに気付き、ヒクヒクと鼻を動かす。
早起きはしたものの、思った以上にのんびり過ごしてしまったらしく、ギルドに着いた時刻はいつもとあまり変わらなかった。否、少し遅かったかもしれない。
ギルド前通りですれ違った冒険者の数もそれほど多くはなく、ギルドの中も閑散としていた。
誰も居ない依頼ボード前に立って、端から順に依頼書を眺めて行く。代わり映えの無い内容の中から魔の森の案件を探し出すと、気になる物があったので選んで引っ張り剥がした。今日は同じ魔獣の討伐依頼が2件、それぞれ別口として掲示されていたのでそれらを持って受付へと向かう。
「これ、一頭で両方の素材が回収できてしまうんだけど?」
黙って受諾登録すれば良いかとも思ったが、バカ正直に職員に確認してみると、最初はジークの言っていることの意味が分からなかったのか、若い男性職員はきょとんとしていた。が、手渡された依頼書に目を通してすぐに気付いたらしく、慌てて奥に座る上司に確認しに行ってしまった。
依頼書はどちらも熊型の魔獣の討伐と素材回収だった。1件目は魔獣の額に生える角を必要としていて、もう1件は同じ魔獣の爪を回収するように依頼が出されていた。なら、必要部位が全く別の箇所だから1頭を倒すだけで両方の素材回収が出来てしまうから、二つの案件をまとめて完遂したことになる。つまりは報酬の倍取りが可能だ。
「そういうのは、黙って受けて知らん顔しとけばいいのよ」
奥で上司と相談し出した職員を受付前で立って待っていると、「勿体ないなぁ」と横から声を掛けられた。振り向けば、シュコールのギルドでは魔法使いよりも少ないと言われる女冒険者が憐れむような表情でジークの顔を覗き込んでいた。
女冒険者の中でも一番長い経歴を持つといわれている、弓使いのイリスだ。
防具を着用しているのに肌の露出が多いのは、男だらけの冒険者からパーティに誘われ易くする為だろうか。ただ、身に着けている物ほど身持ちが緩そうに見えないのは、鍛え上げられた二の腕のせいだろう。いざという時は男が相手でも簡単に捻じ伏せてしまえそうだ。
「そうも思ったけど、誰かが損してるなら悪いし」
「誰も損はしないわよ。依頼人はそれぞれ別でしょう? ギルドはどっちからも正規の仲介料は取ってるし、報酬を倍取りできる冒険者と討伐されずに済む魔獣が得するだけよ」
ケラケラという笑い方はアヴェンで出会った鍛冶屋の孫娘のリンと同じだったが、イリスの場合は少し小馬鹿にした感じがしてジークは少しだけ眉を寄せた。
「頭が固いのか、お坊ちゃん育ちなのかは知らないけど、次からは黙ってた方がいいわよー」
ヒラヒラと後ろ手を振って立ち去って行くイリスを、ジークは苦虫を嚙み潰したような顔で見送った。
しばらくして戻って来た職員からも、既に依頼人との交渉は終わっているから、依頼書のままの報酬でと告げられる。
――そっか、ギルドって意外と営利主義なんだな。
相棒を迎えに宿屋へ戻ったジークが、ベッド脇の机の上に食い散らかされた昼食を見つけ、発狂しかけたのは言うまでもない。満腹状態のトラ猫は、ベッドの上で丸くなって二度目の睡眠を貪っていた。
「お、珍しい奴が居るなー」
「マジか、ジークもここ使ってるって本当だったんだな」
遠征する予定の冒険者達が次々にやって来ては、何かしら言ってくる。特に挨拶を交わす訳ではないし、向こうも反応を欲しがっている訳でもない。ちらりと目線を送る程度で必要以上に関わらない。
何より、冒険者の朝は忙しい。今来たと思ったら、あっと言う間に食べ終わって食堂を出て行ってしまう。
――遠征かぁ。ティグがいるから無理かな。
アヴェンへの護衛を受けて以来、特に遠出はしていない。そもそもソロで受けられる護衛依頼がギルド経由では滅多に出てこないのだから。
かと言って、別に護衛依頼や遠方での案件を受けたいと思っている訳でもない。猫と並んで森の中を歩き回るのも嫌いじゃない。
昼食用に用意して貰った軽食を女将から受け取ると、ジークは二階の角部屋へと戻って行った。縞模様の猫がベッドの上で念入りに毛繕いしているのを見つけると、床に置かれたままの猫用の食器を片付ける。口周りを丁寧に舐めているから、ちょうど食べ終わったところだろうか。
「ギルドに行くけど、どうする?」
後ろ足を上げて腹毛を丁寧に手入れしているトラ猫は、ジークの声が聞こえていないかのように熱心に毛繕いを続けていた。
「じゃあ、留守番してて」
一人で出掛けるならとローブではなく上着を羽織っていった彼の後ろ姿を、珍しいものでも見るかのようにトラ猫はベッドの上からじっと見送った。
そして、ベッド脇の机の上に置きっぱなしにされた食べ物の匂いに気付き、ヒクヒクと鼻を動かす。
早起きはしたものの、思った以上にのんびり過ごしてしまったらしく、ギルドに着いた時刻はいつもとあまり変わらなかった。否、少し遅かったかもしれない。
ギルド前通りですれ違った冒険者の数もそれほど多くはなく、ギルドの中も閑散としていた。
誰も居ない依頼ボード前に立って、端から順に依頼書を眺めて行く。代わり映えの無い内容の中から魔の森の案件を探し出すと、気になる物があったので選んで引っ張り剥がした。今日は同じ魔獣の討伐依頼が2件、それぞれ別口として掲示されていたのでそれらを持って受付へと向かう。
「これ、一頭で両方の素材が回収できてしまうんだけど?」
黙って受諾登録すれば良いかとも思ったが、バカ正直に職員に確認してみると、最初はジークの言っていることの意味が分からなかったのか、若い男性職員はきょとんとしていた。が、手渡された依頼書に目を通してすぐに気付いたらしく、慌てて奥に座る上司に確認しに行ってしまった。
依頼書はどちらも熊型の魔獣の討伐と素材回収だった。1件目は魔獣の額に生える角を必要としていて、もう1件は同じ魔獣の爪を回収するように依頼が出されていた。なら、必要部位が全く別の箇所だから1頭を倒すだけで両方の素材回収が出来てしまうから、二つの案件をまとめて完遂したことになる。つまりは報酬の倍取りが可能だ。
「そういうのは、黙って受けて知らん顔しとけばいいのよ」
奥で上司と相談し出した職員を受付前で立って待っていると、「勿体ないなぁ」と横から声を掛けられた。振り向けば、シュコールのギルドでは魔法使いよりも少ないと言われる女冒険者が憐れむような表情でジークの顔を覗き込んでいた。
女冒険者の中でも一番長い経歴を持つといわれている、弓使いのイリスだ。
防具を着用しているのに肌の露出が多いのは、男だらけの冒険者からパーティに誘われ易くする為だろうか。ただ、身に着けている物ほど身持ちが緩そうに見えないのは、鍛え上げられた二の腕のせいだろう。いざという時は男が相手でも簡単に捻じ伏せてしまえそうだ。
「そうも思ったけど、誰かが損してるなら悪いし」
「誰も損はしないわよ。依頼人はそれぞれ別でしょう? ギルドはどっちからも正規の仲介料は取ってるし、報酬を倍取りできる冒険者と討伐されずに済む魔獣が得するだけよ」
ケラケラという笑い方はアヴェンで出会った鍛冶屋の孫娘のリンと同じだったが、イリスの場合は少し小馬鹿にした感じがしてジークは少しだけ眉を寄せた。
「頭が固いのか、お坊ちゃん育ちなのかは知らないけど、次からは黙ってた方がいいわよー」
ヒラヒラと後ろ手を振って立ち去って行くイリスを、ジークは苦虫を嚙み潰したような顔で見送った。
しばらくして戻って来た職員からも、既に依頼人との交渉は終わっているから、依頼書のままの報酬でと告げられる。
――そっか、ギルドって意外と営利主義なんだな。
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