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第三十九話・リンと武具屋

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 昼を少し過ぎた時間帯の大通り公園は、ジーク達が屋台を覗いて回っている内に人の姿がまばらになっていった。良い感じに昼食のタイミングがズレたようで、どの店もそれほど並ばずに買うことが出来た。

 猫同伴ということもあり屋台の並びからは少し離れたベンチに腰掛けていた二人は揃って息を吐いた。

「ふぅ……間違いなく、食べすぎだね」
「いっぱい買って貰って、ごめん」

 しばらく歩けないと言いながら、膨れたお腹をさすってリンはケラケラと笑っていた。昼と夕方ではメニューが全く違う店も多く、日が落ちる頃にしか覗いたことが無かったジークは物珍しさのあまり、つい調子に乗ってしまった。

 彼らの真ん中を陣取っているトラ猫もしっかりお腹が満たされたようで食後の毛繕いをしていた。特に念入りに口元を洗っていたが、一通りの顔洗いが済むとジークの腿に顎だけを乗せて目を瞑った。
 日当たりも良く気持ちの良い天気なので見ているとこちらも眠くなりそうだ。

「この後の予定は?」
「買い物は終わったし、後は武具屋さんに在庫の確認に行くくらいかな」

 両手を組んでから前へ思い切り伸びをする。リンは上着のポケットから緑色の紐を取り出して、長い黒髪を後ろで一つにまとめた。つい面倒で伸ばしっぱなしにしてしまうけれど、もう少し短い方が手入れも楽だし自分らしい。近い内に切りに行こうと心に決める。

「武具屋って、石壁の角の?」
「うん、うちの納品先なんだ」

 リンの祖父は鍛冶屋だと言っていた。元冒険者らしき老人の営む武具屋はお得意先のようだ。

「俺も一緒に行っていいかな?」

 迷惑じゃなければと付け足すと、リンは指で丸を作って笑顔で頷いてくれた。
 模擬剣の扱いにも慣れてきたし、そろそろちゃんとした剣を持ってみたいと思っていたところ。

 温まってフワフワになった猫毛を撫でながら、お腹が落ち着くまでという名目で、二人は昼のひと時をのんびりと過ごしていた。

「リンも剣を打ったりするの?」
「まさか。工房にすら入らせてももらえないよ」
「女の子だから?」
「危なっかしいから、って」

 あーと納得して頷いたジークへ、リンはキッと睨む真似をしてみせる。そしてすぐにケラケラと笑った。釣られて笑っていたジークも、「火を入れたばかりの剣先を素手で触ろうとしたことがあって、それから出入り禁止になったんだよね」と言われて顔を引きつらせた。――それは危険過ぎるだろ。

 日に当たって暑くなってきたのか、ティグがモゾモゾと動き始めたので、ジーク達は武具屋へと向かった。

「こんにちは」
「おう、嬢ちゃん、久しぶりだな……と、魔導師も一緒か」

 リンの後ろの黒いローブの青年を見つけると、武具屋の主人は面白い組み合わせだなと少し驚いた顔をしていた。
 リンは慣れた風に剣の並んだ棚に向かい、鞄から手帳を出して在庫の確認を始めた。

「しっかり鍛錬してるか?」
「まあ、何とか」
「そうだ、魔導師が来たら見せてやろうと思ってたんだ、丁度いい」

 そう言って奥に入ると、老人は一本の剣を持ち出して来た。黒い柄に黒い鞘、一見すると真っ黒なそれが抜かれると白銀の刃が姿を現した。瞬間、身体の中に流れる魔力が動くのを感じた。

「魔剣?」
「いや、これ自体に魔力は無いが、持ち手の魔力に反応するらしい」

 オレは魔力が無いから分かんねえけど、とガハガハと笑いながらジークの前に剣を差し出す。
 ローブの中で猫を抱いていたので、空いている手で剣を受け取ってみると普段振り回している模擬剣よりも少しだけ重い。黒色の柄を握って軽く力を込めると白銀だった刃は赤味を帯びた銀へと変わる。

 隣で見ていた老人は、ほぅっと息を漏らして「炎の魔剣か」と呟いた。
 ジーク自身は火魔法を発動したつもりは無かったが、彼の無意識の魔力は火属性だったのだろう。試しに水魔法を発動してみると、その刃は青白く色を変えた。

「持ち込まれた時は噓くさいなと思ったんだけど、ちゃんと反応したな」

 面白い物が見れたと、老人はご機嫌に笑った。ジークは猫を床に降ろしてから鞘を受け取ると刃を収めた。自由になったティグは店内を興味深げに嗅ぎまわり始めた。

「それ、魔導師が使いな」
「え?」

 どう考えても、安い物ではない。驚いて店主を見ると、彼は店内をウロウロする猫を目で追いながら、顎髭を撫でていた。

「ちっこいのによく動くなぁ。――それ使いこなせそうなの、あんたくらいだろ」
「いや、でも……」
「ここんとこ、剣もよく売れるようになってな。まともな剣を使えば怪我も減る」

 この街で何度となく見てきた、傷付いた冒険者達の姿を思い起こす。長年、口を酸っぱくして言い続けた「武具を疎かにするな」という忠告がちゃんと伝わるようになったことがただ喜ばしい。――本音を言えば、儲かってしょうがない。

「かなり減ってるだろ?」

 剣の本数を手帳に記入しているリンへ、店主が声を掛ける。

「ええ。次からもう少し持って来た方がいい?」
「おう、そうしてくれや。魔導師のおかげで、売れて仕方ないんだわ」

 ガハガハ笑う店主に、ジークは苦笑いした。間違いなくジークの為に仕入れてくれたのだろう、剣は遠慮なく貰うことにして帯剣用のベルトだけは自分で購入する。買ったばかりのベルトを着けて剣を腰に携えると、猫を抱き上げようと屈んだ。――その時、ぐらりと床が揺れた。

「――!!」

 咄嗟に、リンと店主の元へ駆け寄ると、三人を取り囲むように結界を張る。立っているのもままならない程の横揺れは、所狭しと陳列される武具を飛び散らせた。勢い余って床に突き刺さるナイフに、壁面に立てかけられていただけの大剣は音を立てて倒れてくる。ジークが張った結界にも何本かの武具がぶつかってきた。

「地震?」
「みたいだね」

 その場でしゃがんで揺れが収まるのを耐えた三人は、店内を見回してその惨状にしばらく言葉が出なかった。散乱した商品達に店主は困ったように頭を掻いていた。

「ま、のんびり片付けるわ」

 手伝いを買って出た二人に、別に急ぐことでもないしと断った老人は床に突き刺さったナイフを引っこ抜いていた。

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