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14.最初の顧客
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●5月9日 本社 水沢健司
しばらくすると、杖を突きながらおぼつかない足取りの男性が事務所にやって来た。
「伊吹さんに電話で、何やら健康増進のための商売を始めたということを聞いてやってきたのだが、ここでいいのかね」
男の言葉に、伊吹が答える。
「おう、福沢か。そのとおり、ここで間違いない」
しかし、その伊吹の返事に、福沢と呼ばれた男は怪訝そうな顔をして首をかしげる。
「……誰だ? お前さんは? 声には聞き覚えがある気がするが……」
「お前さんに、ここを勧めた伊吹だ」
「嘘をつけ。伊吹は枯れたじじいのはずじゃ。お前さんは40になるかならんかじゃろう」
「若返りサービスといっただろうが。わしも、そのおかげで若返ったんだ」
福沢は、呆然とした様子でつぶやく。
「……まさか、嘘じゃろう。わしは騙されんぞ……」
福沢の様子を見て、水沢が話しかける。
「初めまして。社長の水沢健司と申します。確かに急には信じられない内容かもしれませんが、まずは当社のサービスをお受けしてみませんか? もし、若返りの効果が感じられないようでしたら、代金は結構です」
福沢は、なおも信じられないものを見たというような顔をしていたが、水沢の言葉に何とかうなずいた。
「まあ、そこまで言うならやってもらおうかな」
サービスを受けることに福沢が納得したのを見て、水沢が問いかける。
「今回お受けするサービスについては、どこまでお聞きでしょうか?」
「なにやら、最近話題のダンジョンを使うとか言っとったの」
福沢は事務所に鎮座する『門』を、不気味なものを見るような目で眺めながら言った。
「そこのおかしなのがダンジョンとやらの入り口かね?」
「はい。その通りです」
「危険はないのかね?」
「政府発表のように、中には小型肉食獣が住み着いています。ですが、私たちが全力でお守りしますので、ご安心ください」
「肉食獣を避けるわけにはいかんのかね」
「申し訳ありませんが、その肉食獣を倒すことが、若返りの条件ともなっていますのでご容赦願います」
「そんなことがあるのかのう……」
「何分、ダンジョン自体が理解を超えたものなので、そういうものだとご理解願います」
「小型肉食獣とはどんなものかね。政府発表では今ひとつ要領を得なんだのじゃが」
「このダンジョンにいるのは、トビトカゲの一種です。翼の生えたトカゲですね」
「もしよろしければ、実物の死体をお見せすることもできますが、どうなさいますか」
「見せてもらおうか」
水沢が合図を送ると、清美が冷蔵庫から解体前のトビトカゲを持ってきた。清美は、翼の両端を持って、それを広げるようにして男にトカゲを見せる。
「こちらになります」
50センチ、猫ほどの大きさの扇状の翼のあるトカゲをみて、福沢は少し安心したようであった。
「ふむ、このサイズなら油断しなければ大丈夫かのう」
水沢は、装備一式を示しながら、顧客に話しかける。
「中に入る際は安全のため、防具を着けていただく規則になっています。それなりの重量があります」
「また、道中は天井から、トカゲが飛び降りながら襲ってきますので、このように周囲を覆った車椅子を使用することになっています」
「大変失礼ではありますが、こちらの車椅子を使用していただけますでしょうか?」
そう言って、水沢は屋根と、透明なプラスチック製のフードに周囲が覆われた車椅子を示す。
福沢は、何ともいえない表情を浮かべた後、しぶしぶ頷いた。
「もう五歳も若ければ、『自分の足であるけるわい』と断ってやったところじゃがな。歳は取りたくないものよ」
その言葉に、伊吹が明るく答える。
「なに、うちの若返りサービスを受ければ、五年といわず若くなれるわい」
ダンジョン内部では、伊吹と清美が先頭を固め、後方を車椅子を押した水沢が続くという隊列で進んだ。
さすがに、先頭の二人は武術の高段者ということもあり、危なげなくトカゲを狩って行く。2時間足らずで、福沢はレベル2に到達した。
「お疲れさまでした。後は事務所に戻ってレベルアップの処理を行いましょう」
事務所に戻った男に水沢はステータスの説明をした後、福沢にレベルアップ方針についてアドバイスをする。
「お客様は、筋力と敏捷力が特に落ちているようなので、この2つに2ポイントずつ割り振ることをお勧めいたします」
「ふむふむ、これでいいかね」
「はい、では防具を外しますので、ゆっくりと立ち上がってみてください」
福沢は、最初はこわごわと歩いていたが、そのうち嬉しそうに歩き始めた。
「やや、まだ杖は必要とはいえ、ずいぶんと楽になったわい。本当にこんな短時間で足腰がよくなるとはのう」
それを聞いて伊吹がにやりと笑いながら、福沢に話しかける。
「だから、若返りだというただろう」
「うむ、これはすごい。また、次も受けてみたいものじゃ」
「まあ、二回目からは割引はないから、お値段もぐっと上がるがな。だが、それだけの価値はあると思うぞ」
「効果が切れたりはせんのか?」
「今のところ効果が切れたことはありません。ただし、何分ダンジョンという未知のものを利用していますので、万一何か問題が発生した場合はお知らせください」
「また、老化を完全に止めるものではないと思います。時間がたつと再び老化の影響が出てくる可能性はありますので、その点はご了承ください」
「うむ。分かった。これは他のみんなにも教えてやらねばならんの」
「そうじゃ福沢。お前さん警察出身じゃったな」
「うむ、そうだがそれがどうした」
「うちの会社は、今従業員を探しとる。うちの会社で働く気はないか」
「働くといっても、この足腰ではな」
自嘲するように告げる福沢に、何だそんなことかと言わんばかりの軽い調子で伊吹は話しかける。
「うちの会社に入れば、福利厚生というか業務の一環として若返りが受けられる。その足腰もすぐに若いころのように動けるようになるさ」
「ふむ、なるほどな。じゃがわしにも意地もある。最初だけとはいえお荷物扱いはまっぴらじゃ。もう一度、サービスを受けてせめて杖なしで歩けるようになったら考えることにしよう」
「こんにちは。清美さんから誘われてやってきたのだけれど」
ちょうどその時、次の顧客である老婦人が入ってきた。老婦人は、髪こそ真っ白でボリュームが少し寂しくなっているものの、動作は福沢よりは普通に近かった。
老婦人の声を聞いて、清美が対応に当たる。
「晴美さん、いらっしゃいませ。ちょうど最初のお客さんの処置が終わったところなの」
清美の話で、他の顧客の存在に気付いた晴美と呼ばれた女性が、福沢に声をかける。どうやら二人は知り合いであったようだ。
「あら、福沢さんもこちらのサービスを受けられたんですか。それで、結果はどうでした」
「これはすごいぞ。何しろ本物の若返りだからな。ほれこの通り、わしの足腰もかなり良くなった。これなら、後1、2回も処置を受ければ杖なしでも歩けるようになりそうだ」
そう話しながら福沢はみんなの前で歩いて見せる。
「あら、それは期待できそうね。清美さんの話だけでは、どうにも要領を得なくて半信半疑だったのだけれど」
「ひどいわ、晴美さん。私の言うことを信じてなかったなんて」
「ごめんなさいね。でも、こうして開業祝に尋ねてきたのだから許して下さいな」
女性二人が、楽しそうに話す傍らで水沢は、福沢の対応をしていた。
「すまんが、次回の予約はできるかね」
「5月10日15時以降でしたら次の予約が取れますが、どうなさいますか? それから、当サービスは将来的に介護保険や健康保険の対象とするよう政府に働きかける予定です。数年待てば料金がぐっと下がる可能性もありますが問題ありませんか」
「当然、その時間でお願いする。わしら老人にとっては数年後があるかどうかも分からん。それならば今すぐに若返りを受けたほうが良い。なに代金の方は心配いらん。老人ホームに入ることを考えれば安いものじゃ」
そう言って、福沢は代金を払ったのち、事務所にやってきたときとは、明らかに異なる軽い足取りで帰っていった。
その福沢の様子を見ていた清美が嬉しそうにつぶやく。
「やっぱりお客さんに喜んでもらえるのはいいわね」
「そうじゃな」
清美が対応していた石崎に対して、水沢が話しかける。
「初めまして、水沢と申します。橋口から説明があったかもしれませんが、当社のサービスについて改めて説明させていただきます」
その後、水沢は若返りサービスの詳細について、福沢に行ったのと同様な説明を行った。
ただ、モンスターの実物を見せた時の反応が福沢とは異なっていた。
「あら、最近、清美さんが大量にお肉をお裾分けしてくださるのだけれど、もしかしてそのトカゲの肉なのかしら」
「そうなのよ。美味しい上に若返りの効果もある肉として売り出そうと思っているの」
「確かにあのお肉を食べるようになってから、お肌の張りも良くなったような気がするわね。清美さんが最近若く見えるようになったのも、やっぱりあのお肉を食べているからなの?」
「そうなのよ」
その清美の言葉に、思わず伊吹が突っ込む。
「いや違うじゃろうが。若く見えるようになったのは、若返りサービスのおかげじゃろうが。失礼、確かにモンスター肉には若返りの効果もありますが、その効能はあくまで補助的なもので、今日受けていただく予定の若返りサービスほどの効果はありません」
水沢も伊吹の言葉を補足する。
「こちらの伊吹が言う様に、本日の若返りサービスを受けていただければ、遅くとも数日のうちに何年分か若返ったことを実感できると思います。肉だけでは効果が出るまでにそれなりの量を食べる必要がありますので時間が必要になります」
清美は何か言いたそうであったが、さすがに自分でも言い過ぎたと思ったのか口を挟まずに黙っていた。
「ともかく、まずは当社のサービスをお受けしてみませんか? もし、若返りの効果が感じられないようでしたら、代金は結構です」
半ば強引に話を打ち切ろうとする水沢に、晴美は苦笑しながら答えを返す。
「あらあら、そんなに慌てなくても今日は清美さんの開業祝だから、ここのサービスは受けさせてもらうわよ」
「恐れ入ります」
「それで、中に入る際は安全のため、防具を着けた上で、このように周囲を覆った車椅子を使用することになっています」
そう言って、水沢は屋根と、透明なプラスチック製のフードに周囲が覆われた車椅子を示す。
「あらあら、自分で歩く必要がないなんて、何だかお姫様にでもなったみたいね」
晴美が車いすに対する拒否感がないことに、水沢は安堵した。
「それでは、ダンジョンの中に入ります。私たちが全力でお守りしますのでご安心ください」
2時間ほどの狩りを終えて事務所に戻ってきた一行は、レベルアップのやり方を晴美に指導する。
「どう、体が軽くなった感じがしない?」
清美の質問に対して、晴美はあいまいな答えを返す。
「そうねえ。言われてみたらそういう気もするけれど、いまいち良く分からないわね」
「容姿などの外見については、1日から数日時間が掛かります。何日かされると若返りの効果を実感できるようになります」
「そういうものなのね」
晴美は効果についてはあいまいな態度であったが、清美の知り合いということもあり代金はきっちりと払って帰った。
「福沢に比べると、2人目の反応は今ひとつじゃな」
伊吹の言葉に、水沢もうなずきながら答える。
「2人目の方は、一人目の方ほど歳を取っていませんし、まだ体に不自由を感じていなかったせいでしょうね。明日以降になって容姿にまで変化が現れると反応も変わってくるんじゃないでしょうか」
「そうじゃな。その辺は清美にもフォローしてもらうか」
「任せて。お裾分けの時にそれとなくフォローを入れておくわ」
「言っとくが、もうトカゲ肉のお裾分けは禁止じゃぞ」
「ええ、そんなあ」
伊吹の言葉に、情けない顔をした清美がすがるように水沢を見る。しかし、彼も首を横に振った。
「食肉事業に熱心なのは良いことですが、それが本業にまで差し支えがあるようでは困ります。まあ、今回の件は対応をきちんとマニュアル化していなかった私にも責任がありますので、食肉事業中止とまでは言いませんが」
「いっそ中止にした方がよいとわしは思うぞ」
旗色が悪そうだと判断した清美は仕方なく妥協することにした。
「分かったわよ。モンスター肉のお裾分けは中止する。その代わり食肉販売の事業化は絶対に成功させるから」
なお、清美のフォローもあり、後日晴美から若返りについて感謝の連絡と、再度のサービスの予約が入り一同は安堵する。
しばらくすると、杖を突きながらおぼつかない足取りの男性が事務所にやって来た。
「伊吹さんに電話で、何やら健康増進のための商売を始めたということを聞いてやってきたのだが、ここでいいのかね」
男の言葉に、伊吹が答える。
「おう、福沢か。そのとおり、ここで間違いない」
しかし、その伊吹の返事に、福沢と呼ばれた男は怪訝そうな顔をして首をかしげる。
「……誰だ? お前さんは? 声には聞き覚えがある気がするが……」
「お前さんに、ここを勧めた伊吹だ」
「嘘をつけ。伊吹は枯れたじじいのはずじゃ。お前さんは40になるかならんかじゃろう」
「若返りサービスといっただろうが。わしも、そのおかげで若返ったんだ」
福沢は、呆然とした様子でつぶやく。
「……まさか、嘘じゃろう。わしは騙されんぞ……」
福沢の様子を見て、水沢が話しかける。
「初めまして。社長の水沢健司と申します。確かに急には信じられない内容かもしれませんが、まずは当社のサービスをお受けしてみませんか? もし、若返りの効果が感じられないようでしたら、代金は結構です」
福沢は、なおも信じられないものを見たというような顔をしていたが、水沢の言葉に何とかうなずいた。
「まあ、そこまで言うならやってもらおうかな」
サービスを受けることに福沢が納得したのを見て、水沢が問いかける。
「今回お受けするサービスについては、どこまでお聞きでしょうか?」
「なにやら、最近話題のダンジョンを使うとか言っとったの」
福沢は事務所に鎮座する『門』を、不気味なものを見るような目で眺めながら言った。
「そこのおかしなのがダンジョンとやらの入り口かね?」
「はい。その通りです」
「危険はないのかね?」
「政府発表のように、中には小型肉食獣が住み着いています。ですが、私たちが全力でお守りしますので、ご安心ください」
「肉食獣を避けるわけにはいかんのかね」
「申し訳ありませんが、その肉食獣を倒すことが、若返りの条件ともなっていますのでご容赦願います」
「そんなことがあるのかのう……」
「何分、ダンジョン自体が理解を超えたものなので、そういうものだとご理解願います」
「小型肉食獣とはどんなものかね。政府発表では今ひとつ要領を得なんだのじゃが」
「このダンジョンにいるのは、トビトカゲの一種です。翼の生えたトカゲですね」
「もしよろしければ、実物の死体をお見せすることもできますが、どうなさいますか」
「見せてもらおうか」
水沢が合図を送ると、清美が冷蔵庫から解体前のトビトカゲを持ってきた。清美は、翼の両端を持って、それを広げるようにして男にトカゲを見せる。
「こちらになります」
50センチ、猫ほどの大きさの扇状の翼のあるトカゲをみて、福沢は少し安心したようであった。
「ふむ、このサイズなら油断しなければ大丈夫かのう」
水沢は、装備一式を示しながら、顧客に話しかける。
「中に入る際は安全のため、防具を着けていただく規則になっています。それなりの重量があります」
「また、道中は天井から、トカゲが飛び降りながら襲ってきますので、このように周囲を覆った車椅子を使用することになっています」
「大変失礼ではありますが、こちらの車椅子を使用していただけますでしょうか?」
そう言って、水沢は屋根と、透明なプラスチック製のフードに周囲が覆われた車椅子を示す。
福沢は、何ともいえない表情を浮かべた後、しぶしぶ頷いた。
「もう五歳も若ければ、『自分の足であるけるわい』と断ってやったところじゃがな。歳は取りたくないものよ」
その言葉に、伊吹が明るく答える。
「なに、うちの若返りサービスを受ければ、五年といわず若くなれるわい」
ダンジョン内部では、伊吹と清美が先頭を固め、後方を車椅子を押した水沢が続くという隊列で進んだ。
さすがに、先頭の二人は武術の高段者ということもあり、危なげなくトカゲを狩って行く。2時間足らずで、福沢はレベル2に到達した。
「お疲れさまでした。後は事務所に戻ってレベルアップの処理を行いましょう」
事務所に戻った男に水沢はステータスの説明をした後、福沢にレベルアップ方針についてアドバイスをする。
「お客様は、筋力と敏捷力が特に落ちているようなので、この2つに2ポイントずつ割り振ることをお勧めいたします」
「ふむふむ、これでいいかね」
「はい、では防具を外しますので、ゆっくりと立ち上がってみてください」
福沢は、最初はこわごわと歩いていたが、そのうち嬉しそうに歩き始めた。
「やや、まだ杖は必要とはいえ、ずいぶんと楽になったわい。本当にこんな短時間で足腰がよくなるとはのう」
それを聞いて伊吹がにやりと笑いながら、福沢に話しかける。
「だから、若返りだというただろう」
「うむ、これはすごい。また、次も受けてみたいものじゃ」
「まあ、二回目からは割引はないから、お値段もぐっと上がるがな。だが、それだけの価値はあると思うぞ」
「効果が切れたりはせんのか?」
「今のところ効果が切れたことはありません。ただし、何分ダンジョンという未知のものを利用していますので、万一何か問題が発生した場合はお知らせください」
「また、老化を完全に止めるものではないと思います。時間がたつと再び老化の影響が出てくる可能性はありますので、その点はご了承ください」
「うむ。分かった。これは他のみんなにも教えてやらねばならんの」
「そうじゃ福沢。お前さん警察出身じゃったな」
「うむ、そうだがそれがどうした」
「うちの会社は、今従業員を探しとる。うちの会社で働く気はないか」
「働くといっても、この足腰ではな」
自嘲するように告げる福沢に、何だそんなことかと言わんばかりの軽い調子で伊吹は話しかける。
「うちの会社に入れば、福利厚生というか業務の一環として若返りが受けられる。その足腰もすぐに若いころのように動けるようになるさ」
「ふむ、なるほどな。じゃがわしにも意地もある。最初だけとはいえお荷物扱いはまっぴらじゃ。もう一度、サービスを受けてせめて杖なしで歩けるようになったら考えることにしよう」
「こんにちは。清美さんから誘われてやってきたのだけれど」
ちょうどその時、次の顧客である老婦人が入ってきた。老婦人は、髪こそ真っ白でボリュームが少し寂しくなっているものの、動作は福沢よりは普通に近かった。
老婦人の声を聞いて、清美が対応に当たる。
「晴美さん、いらっしゃいませ。ちょうど最初のお客さんの処置が終わったところなの」
清美の話で、他の顧客の存在に気付いた晴美と呼ばれた女性が、福沢に声をかける。どうやら二人は知り合いであったようだ。
「あら、福沢さんもこちらのサービスを受けられたんですか。それで、結果はどうでした」
「これはすごいぞ。何しろ本物の若返りだからな。ほれこの通り、わしの足腰もかなり良くなった。これなら、後1、2回も処置を受ければ杖なしでも歩けるようになりそうだ」
そう話しながら福沢はみんなの前で歩いて見せる。
「あら、それは期待できそうね。清美さんの話だけでは、どうにも要領を得なくて半信半疑だったのだけれど」
「ひどいわ、晴美さん。私の言うことを信じてなかったなんて」
「ごめんなさいね。でも、こうして開業祝に尋ねてきたのだから許して下さいな」
女性二人が、楽しそうに話す傍らで水沢は、福沢の対応をしていた。
「すまんが、次回の予約はできるかね」
「5月10日15時以降でしたら次の予約が取れますが、どうなさいますか? それから、当サービスは将来的に介護保険や健康保険の対象とするよう政府に働きかける予定です。数年待てば料金がぐっと下がる可能性もありますが問題ありませんか」
「当然、その時間でお願いする。わしら老人にとっては数年後があるかどうかも分からん。それならば今すぐに若返りを受けたほうが良い。なに代金の方は心配いらん。老人ホームに入ることを考えれば安いものじゃ」
そう言って、福沢は代金を払ったのち、事務所にやってきたときとは、明らかに異なる軽い足取りで帰っていった。
その福沢の様子を見ていた清美が嬉しそうにつぶやく。
「やっぱりお客さんに喜んでもらえるのはいいわね」
「そうじゃな」
清美が対応していた石崎に対して、水沢が話しかける。
「初めまして、水沢と申します。橋口から説明があったかもしれませんが、当社のサービスについて改めて説明させていただきます」
その後、水沢は若返りサービスの詳細について、福沢に行ったのと同様な説明を行った。
ただ、モンスターの実物を見せた時の反応が福沢とは異なっていた。
「あら、最近、清美さんが大量にお肉をお裾分けしてくださるのだけれど、もしかしてそのトカゲの肉なのかしら」
「そうなのよ。美味しい上に若返りの効果もある肉として売り出そうと思っているの」
「確かにあのお肉を食べるようになってから、お肌の張りも良くなったような気がするわね。清美さんが最近若く見えるようになったのも、やっぱりあのお肉を食べているからなの?」
「そうなのよ」
その清美の言葉に、思わず伊吹が突っ込む。
「いや違うじゃろうが。若く見えるようになったのは、若返りサービスのおかげじゃろうが。失礼、確かにモンスター肉には若返りの効果もありますが、その効能はあくまで補助的なもので、今日受けていただく予定の若返りサービスほどの効果はありません」
水沢も伊吹の言葉を補足する。
「こちらの伊吹が言う様に、本日の若返りサービスを受けていただければ、遅くとも数日のうちに何年分か若返ったことを実感できると思います。肉だけでは効果が出るまでにそれなりの量を食べる必要がありますので時間が必要になります」
清美は何か言いたそうであったが、さすがに自分でも言い過ぎたと思ったのか口を挟まずに黙っていた。
「ともかく、まずは当社のサービスをお受けしてみませんか? もし、若返りの効果が感じられないようでしたら、代金は結構です」
半ば強引に話を打ち切ろうとする水沢に、晴美は苦笑しながら答えを返す。
「あらあら、そんなに慌てなくても今日は清美さんの開業祝だから、ここのサービスは受けさせてもらうわよ」
「恐れ入ります」
「それで、中に入る際は安全のため、防具を着けた上で、このように周囲を覆った車椅子を使用することになっています」
そう言って、水沢は屋根と、透明なプラスチック製のフードに周囲が覆われた車椅子を示す。
「あらあら、自分で歩く必要がないなんて、何だかお姫様にでもなったみたいね」
晴美が車いすに対する拒否感がないことに、水沢は安堵した。
「それでは、ダンジョンの中に入ります。私たちが全力でお守りしますのでご安心ください」
2時間ほどの狩りを終えて事務所に戻ってきた一行は、レベルアップのやり方を晴美に指導する。
「どう、体が軽くなった感じがしない?」
清美の質問に対して、晴美はあいまいな答えを返す。
「そうねえ。言われてみたらそういう気もするけれど、いまいち良く分からないわね」
「容姿などの外見については、1日から数日時間が掛かります。何日かされると若返りの効果を実感できるようになります」
「そういうものなのね」
晴美は効果についてはあいまいな態度であったが、清美の知り合いということもあり代金はきっちりと払って帰った。
「福沢に比べると、2人目の反応は今ひとつじゃな」
伊吹の言葉に、水沢もうなずきながら答える。
「2人目の方は、一人目の方ほど歳を取っていませんし、まだ体に不自由を感じていなかったせいでしょうね。明日以降になって容姿にまで変化が現れると反応も変わってくるんじゃないでしょうか」
「そうじゃな。その辺は清美にもフォローしてもらうか」
「任せて。お裾分けの時にそれとなくフォローを入れておくわ」
「言っとくが、もうトカゲ肉のお裾分けは禁止じゃぞ」
「ええ、そんなあ」
伊吹の言葉に、情けない顔をした清美がすがるように水沢を見る。しかし、彼も首を横に振った。
「食肉事業に熱心なのは良いことですが、それが本業にまで差し支えがあるようでは困ります。まあ、今回の件は対応をきちんとマニュアル化していなかった私にも責任がありますので、食肉事業中止とまでは言いませんが」
「いっそ中止にした方がよいとわしは思うぞ」
旗色が悪そうだと判断した清美は仕方なく妥協することにした。
「分かったわよ。モンスター肉のお裾分けは中止する。その代わり食肉販売の事業化は絶対に成功させるから」
なお、清美のフォローもあり、後日晴美から若返りについて感謝の連絡と、再度のサービスの予約が入り一同は安堵する。
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