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絵画のような人魚ー01ー
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第1話
命綱を突然切られたらあなたはどうする?
澄み切った部屋の隅に腰を下ろす僕を見て、彼女は唇に指先を添えながら聞いてきた。突拍子のない質問をする彼女に、僕は心の中で彼女らしいなと思っていた。初めて出会った時だったら、きっと僕は驚いていたと思う。今では慣れてしまっている自分がいた。
彼女と知り合ったのは大学の寮で集まった時。東京の芸術大学に受かった時は正直な気持ち、かなり驚いたものだ。高校三年生になるまで大学なんかに行こうなんて、これっぽっちも考えていなかったから。
幼馴染の風子から芸術大学を目指そうと言われ、三年生の夏から夏期講習をがむしゃらに頑張った。そのおかげでこの春から東京の大学へ入学することになったのだ。もちろん幼馴染の風子も一緒に大学生活を共にすることになった。風子の実家は裕福な家庭だったので、春から東京で一人暮らしを始める。僕に至っては、そんな余裕もなかったので大学寮へ入居すると決まっていた。
「四季はアルバイトしながら大学に通うのね」と僕の荷造りを手伝いながら風子は言った。
特にそこまで荷物を必要としてなかった僕は、ほとんど終わった荷造りのダンボールに座りながら、卒業アルバムを開いて見ていた。
「ちょっと聞いてるの?」
「うん、聞いてるよ。バイト生活だろう。高校の時からバイトは慣れてるから特に問題ないよ」と僕はそう言って、アルバムを閉じるとあさってからの東京生活を想像した。
バイトがどうかとか、大学生活が不安とか僕にはどうでも良かった。どちらかと言えば、大学寮で住むのが不安だった。あまり人付き合いが得意ではない。僕にとっては他人と住む大学寮が未知の領域なのだ。学生寮は地方から沢山の人たちが集まってくる。それが不安要素の一つでもあった。何故なら一年生は一人部屋を与えられない。そんな理由があったから僕の不安要素は計り知れないだろう。
「感じの良い人がいいな」と僕は一人言みたいに呟いた。
僕の東京での暮らしが始まろうとしている。新幹線の改札口を通り過ぎた瞬間、しばらくは地元に帰れないーーと考えている。地図に書かれた学生寮へ行く道のりを確認する。
品川駅から山手線に乗り換えて吉祥駅で降りる。学生寮は駅から歩いて徒歩10分ほどの場所にあった。
東京は何度か遊びに来ていたので、さほど迷うことなく無事に吉祥寺に到着した。時刻は午後12時を過ぎた頃、僕は少しだけお腹がすいたので軽い食事を取ることにした。駅から商店街へ歩くと、昭和の雰囲気が残る喫茶店が目に入った。僕は躊躇なく喫茶店の扉を開ける。カランコロンと何十年と変わらない鈴の音が聞こえて、僕は無意識に耳で噛み締めた。
店内に入ると、白髪混じりのマスターが出迎えてくれた。おそらく何十年と沢山の学生たちを見てきたのか、カウンターに座った僕へコーヒーカップを磨きながら話しかけてくれた。
「もしかしてこの春から芸術大学に通う学生さんかな?」
マスターの質問に、僕はこの先にある学生寮に住むことを伝えた。するとマスターは優しい笑顔で芸術大学の学生寮に住む学生は、みんな礼儀正しい学生たちだから楽しい学生生活になると話してくれた。内心、学生寮での生活が不安だったので、僕には嬉しい情報だった。少しだけ不安要素がなくなる。
後にこの喫茶店の常連となり僕の学生生活において、なくてはならない存在になるのだった。
軽い食事を終えて、喫茶店を出て大学寮へ続く道を歩き出した。
その時、僕の背後から声をかけてくる人物が現れた。
彼の名前は秋人。この春から芸術大学に通う同じ一年生だった。どうやら喫茶店でマスターとの会話を聞いていたらしくて、僕と同じ学生寮に入ることを知ったらしい。
「良かった。おれも学生寮に入るから不安だったんだよ」
横浜出身の秋人は感じの良い好青年だった。それに口数の少ない僕と違ってよく話してくれるので助かる。
胡桃四季と自己紹介すると、彼は学生寮に向かう道中の間で、僕のことを四季と呼び捨てしていたのに驚いた。でも不思議と嫌な気分にならなかった。そんな風に思わせる彼の人柄が羨ましくも感じた。きっと僕とは種類の違う魅力を持っているんだろう。どうせなら彼と同部屋だったらと心の片隅で思ったりもした。
程なくして学生寮に着くと僕たちはロビーに集まり、各自送られた荷物を受け取ると、寮長の和泉さんから部屋の割り振りを渡された。用紙を眺めながら自分の名前を見つけると、同部屋になる人の名前が書いてあった。
日置緑郎と心の中で読み上げる。ひおきろくろう……って人か、どんな人なんだろうか?
「四季、何号室になったの?」
「僕は201号室だよ」と答える。
「おっ、おれは隣みたいだな。荷物を置いたら集まろうぜ」と秋人が誘ってくれた。
僕はたいして荷物が入っていないトランクを転がして、秋人の後を追いかけるように歩いた。その時、僕の視線に一人の女性が目に入った。男性寮に間違えて入館したのか、艶のある黒髪をなびかせて、女性は立ち止まる僕と目を合わせた。
彼女の名前は鮎川みゆき。僕の人生において、彼女の存在は絵画のような出会いを思わせた。もちろんこの時、そんなことは全くもって思いもしなかったけど……
この出会いをきっかけに、僕と彼女は青春の思い出を一緒に過ごすことになるだろう。
命綱を突然切られたらあなたはどうする?
澄み切った部屋の隅に腰を下ろす僕を見て、彼女は唇に指先を添えながら聞いてきた。突拍子のない質問をする彼女に、僕は心の中で彼女らしいなと思っていた。初めて出会った時だったら、きっと僕は驚いていたと思う。今では慣れてしまっている自分がいた。
彼女と知り合ったのは大学の寮で集まった時。東京の芸術大学に受かった時は正直な気持ち、かなり驚いたものだ。高校三年生になるまで大学なんかに行こうなんて、これっぽっちも考えていなかったから。
幼馴染の風子から芸術大学を目指そうと言われ、三年生の夏から夏期講習をがむしゃらに頑張った。そのおかげでこの春から東京の大学へ入学することになったのだ。もちろん幼馴染の風子も一緒に大学生活を共にすることになった。風子の実家は裕福な家庭だったので、春から東京で一人暮らしを始める。僕に至っては、そんな余裕もなかったので大学寮へ入居すると決まっていた。
「四季はアルバイトしながら大学に通うのね」と僕の荷造りを手伝いながら風子は言った。
特にそこまで荷物を必要としてなかった僕は、ほとんど終わった荷造りのダンボールに座りながら、卒業アルバムを開いて見ていた。
「ちょっと聞いてるの?」
「うん、聞いてるよ。バイト生活だろう。高校の時からバイトは慣れてるから特に問題ないよ」と僕はそう言って、アルバムを閉じるとあさってからの東京生活を想像した。
バイトがどうかとか、大学生活が不安とか僕にはどうでも良かった。どちらかと言えば、大学寮で住むのが不安だった。あまり人付き合いが得意ではない。僕にとっては他人と住む大学寮が未知の領域なのだ。学生寮は地方から沢山の人たちが集まってくる。それが不安要素の一つでもあった。何故なら一年生は一人部屋を与えられない。そんな理由があったから僕の不安要素は計り知れないだろう。
「感じの良い人がいいな」と僕は一人言みたいに呟いた。
僕の東京での暮らしが始まろうとしている。新幹線の改札口を通り過ぎた瞬間、しばらくは地元に帰れないーーと考えている。地図に書かれた学生寮へ行く道のりを確認する。
品川駅から山手線に乗り換えて吉祥駅で降りる。学生寮は駅から歩いて徒歩10分ほどの場所にあった。
東京は何度か遊びに来ていたので、さほど迷うことなく無事に吉祥寺に到着した。時刻は午後12時を過ぎた頃、僕は少しだけお腹がすいたので軽い食事を取ることにした。駅から商店街へ歩くと、昭和の雰囲気が残る喫茶店が目に入った。僕は躊躇なく喫茶店の扉を開ける。カランコロンと何十年と変わらない鈴の音が聞こえて、僕は無意識に耳で噛み締めた。
店内に入ると、白髪混じりのマスターが出迎えてくれた。おそらく何十年と沢山の学生たちを見てきたのか、カウンターに座った僕へコーヒーカップを磨きながら話しかけてくれた。
「もしかしてこの春から芸術大学に通う学生さんかな?」
マスターの質問に、僕はこの先にある学生寮に住むことを伝えた。するとマスターは優しい笑顔で芸術大学の学生寮に住む学生は、みんな礼儀正しい学生たちだから楽しい学生生活になると話してくれた。内心、学生寮での生活が不安だったので、僕には嬉しい情報だった。少しだけ不安要素がなくなる。
後にこの喫茶店の常連となり僕の学生生活において、なくてはならない存在になるのだった。
軽い食事を終えて、喫茶店を出て大学寮へ続く道を歩き出した。
その時、僕の背後から声をかけてくる人物が現れた。
彼の名前は秋人。この春から芸術大学に通う同じ一年生だった。どうやら喫茶店でマスターとの会話を聞いていたらしくて、僕と同じ学生寮に入ることを知ったらしい。
「良かった。おれも学生寮に入るから不安だったんだよ」
横浜出身の秋人は感じの良い好青年だった。それに口数の少ない僕と違ってよく話してくれるので助かる。
胡桃四季と自己紹介すると、彼は学生寮に向かう道中の間で、僕のことを四季と呼び捨てしていたのに驚いた。でも不思議と嫌な気分にならなかった。そんな風に思わせる彼の人柄が羨ましくも感じた。きっと僕とは種類の違う魅力を持っているんだろう。どうせなら彼と同部屋だったらと心の片隅で思ったりもした。
程なくして学生寮に着くと僕たちはロビーに集まり、各自送られた荷物を受け取ると、寮長の和泉さんから部屋の割り振りを渡された。用紙を眺めながら自分の名前を見つけると、同部屋になる人の名前が書いてあった。
日置緑郎と心の中で読み上げる。ひおきろくろう……って人か、どんな人なんだろうか?
「四季、何号室になったの?」
「僕は201号室だよ」と答える。
「おっ、おれは隣みたいだな。荷物を置いたら集まろうぜ」と秋人が誘ってくれた。
僕はたいして荷物が入っていないトランクを転がして、秋人の後を追いかけるように歩いた。その時、僕の視線に一人の女性が目に入った。男性寮に間違えて入館したのか、艶のある黒髪をなびかせて、女性は立ち止まる僕と目を合わせた。
彼女の名前は鮎川みゆき。僕の人生において、彼女の存在は絵画のような出会いを思わせた。もちろんこの時、そんなことは全くもって思いもしなかったけど……
この出会いをきっかけに、僕と彼女は青春の思い出を一緒に過ごすことになるだろう。
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