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絵画のような人魚ー02ー
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第2話
青蘭日本芸術大学は地方からやって来る生徒のために学生寮を設けていた。大半の生徒が学生寮に入寮して大学四年間を過ごす若者がほとんどだった。
学生寮は男女別の棟に別れており、吉祥寺駅から徒歩10分ほど歩いた住宅街の一角にあった。薄い黄色の外壁の建物が学生寮である。寮の名前は『ピカソ』と呼ばれ、芸大ならではの名称だった。大きな正門をくぐり抜けて、正面が男子寮でぐるりと回り込んだ反対側に女子寮が列んでいた。
ここへ来る前、案内図を見れば間違えることはない。だけど彼女はかなりの方向音痴なのか、男子寮を女子寮と間違えて入館したらしい。間違いに気づいたのか、彼女は恥ずかしそうに舌を出して、その場から慌てて立ち去った。僕はしばらくその場で固まっていた。目が合っただけじゃない。彼女が前屈みになった時、胸元からブラジャーが丸見えだったからだ。
頭の中に淡いピンク色のブラジャーと谷間が浮かんでいた。
「胡桃くん!!」
寮長の和泉さんが僕のことを何度も呼んでいた。その声で我に返ると慌てて秋人を追いかけた。変な顔していなかったかな……と心配しつつも、僕は自分の部屋へと向かうのだった。
201号室の前に立つと、どうやら先に同部屋になる人が来ていた。部屋の中からバタバタと物音が聞こえている。確か、日置緑郎って人だよな……
ノックを三回して気づいたのか、「今開けるから待ってや」と関西弁の声が返って来る。扉が開くと、短髪でラフな格好した青年が笑顔で僕を見てきた。
「君が僕と同部屋の……」
多分、僕の名前が読めないんだろうと。かなり名字が珍しかったから仕方がない。だから僕は自分の名前を名乗り自己紹介をした。
「胡桃四季と言います。よろしくお願いします」少し声がうわずったなと思いながらも、僕は相手の言葉を待った。
「胡桃四季って読むんや。正直、読めへんかったわ」と彼は笑いながらも、カッコいい名前やなーーとよく通る声で言ってきた。
「僕は大阪出身の日置緑郎や。よろしくな」と腰に手を添えながら自己紹介した。そんな彼も、珍しい名前だと心の中で思った。
だけど安心していた。関西人なら会話に困らない。第一印象としては好感度もすごく良かったからだ。僕は荷物を下ろすと、改めて部屋の中を見渡した。十二畳ほどの部屋はフローリングで二階建てのベッドが完備されていた。他にクローゼットにテレビが一台と、寝るだけなら十分と思えた。
あとは同部屋の彼と問題なく生活ができたら問題ない。
僕が荷物を片付けていると、日置くんがジッと見てくる視線を感じた。顔を上げて、なんとなく僕から話を振った。
「日置くんは東京は初めてなの?」と我ながら気の利いた質問ではなかったけど、当の本人は話しかけられたのが相当嬉しかったのか、ナイアガラの滝みたいな勢いで話しを始めた。
上京自体が初めてで、大阪では路上パフォーマンス的なことをしていたと、とにかく僕は頷くことしかできないほど、隙間なく喋り続けた。
「僕が芸大に入ったのには理由があるねん。もちろん絵の技術を上げるのも大事やで。でもな、僕の目的はちゃうねん」と力強く話す日置くんに圧倒されつつ、ここは大学に入ったら何をするのか聞いた方が良いと思ったので……
「えっと、日置くんの目的って何なのかな?」
「ええ!!それ自分聞くん!!そんなんまだ会って間もないんやで」とオーバーリアクションで反応する。内心、僕はめんどくさいなと思ったけど、彼の気持ちが手に取るようにわかったので仕方なくもう一度同じ質問をした。
「四季くんもしつこいな。ほんなら言うわ。僕な、大学が始まったらアートの集いっていうサークルをしたいんや!!」と鼻息荒く説明する彼に、僕はこの芸大に入ってやりたかったことを思い出した。
そしてこの日、日置緑郎が考えたサークルから、僕を含めた男三人と女三人の青春ストーリーが動き始めるのだった。
青蘭日本芸術大学は地方からやって来る生徒のために学生寮を設けていた。大半の生徒が学生寮に入寮して大学四年間を過ごす若者がほとんどだった。
学生寮は男女別の棟に別れており、吉祥寺駅から徒歩10分ほど歩いた住宅街の一角にあった。薄い黄色の外壁の建物が学生寮である。寮の名前は『ピカソ』と呼ばれ、芸大ならではの名称だった。大きな正門をくぐり抜けて、正面が男子寮でぐるりと回り込んだ反対側に女子寮が列んでいた。
ここへ来る前、案内図を見れば間違えることはない。だけど彼女はかなりの方向音痴なのか、男子寮を女子寮と間違えて入館したらしい。間違いに気づいたのか、彼女は恥ずかしそうに舌を出して、その場から慌てて立ち去った。僕はしばらくその場で固まっていた。目が合っただけじゃない。彼女が前屈みになった時、胸元からブラジャーが丸見えだったからだ。
頭の中に淡いピンク色のブラジャーと谷間が浮かんでいた。
「胡桃くん!!」
寮長の和泉さんが僕のことを何度も呼んでいた。その声で我に返ると慌てて秋人を追いかけた。変な顔していなかったかな……と心配しつつも、僕は自分の部屋へと向かうのだった。
201号室の前に立つと、どうやら先に同部屋になる人が来ていた。部屋の中からバタバタと物音が聞こえている。確か、日置緑郎って人だよな……
ノックを三回して気づいたのか、「今開けるから待ってや」と関西弁の声が返って来る。扉が開くと、短髪でラフな格好した青年が笑顔で僕を見てきた。
「君が僕と同部屋の……」
多分、僕の名前が読めないんだろうと。かなり名字が珍しかったから仕方がない。だから僕は自分の名前を名乗り自己紹介をした。
「胡桃四季と言います。よろしくお願いします」少し声がうわずったなと思いながらも、僕は相手の言葉を待った。
「胡桃四季って読むんや。正直、読めへんかったわ」と彼は笑いながらも、カッコいい名前やなーーとよく通る声で言ってきた。
「僕は大阪出身の日置緑郎や。よろしくな」と腰に手を添えながら自己紹介した。そんな彼も、珍しい名前だと心の中で思った。
だけど安心していた。関西人なら会話に困らない。第一印象としては好感度もすごく良かったからだ。僕は荷物を下ろすと、改めて部屋の中を見渡した。十二畳ほどの部屋はフローリングで二階建てのベッドが完備されていた。他にクローゼットにテレビが一台と、寝るだけなら十分と思えた。
あとは同部屋の彼と問題なく生活ができたら問題ない。
僕が荷物を片付けていると、日置くんがジッと見てくる視線を感じた。顔を上げて、なんとなく僕から話を振った。
「日置くんは東京は初めてなの?」と我ながら気の利いた質問ではなかったけど、当の本人は話しかけられたのが相当嬉しかったのか、ナイアガラの滝みたいな勢いで話しを始めた。
上京自体が初めてで、大阪では路上パフォーマンス的なことをしていたと、とにかく僕は頷くことしかできないほど、隙間なく喋り続けた。
「僕が芸大に入ったのには理由があるねん。もちろん絵の技術を上げるのも大事やで。でもな、僕の目的はちゃうねん」と力強く話す日置くんに圧倒されつつ、ここは大学に入ったら何をするのか聞いた方が良いと思ったので……
「えっと、日置くんの目的って何なのかな?」
「ええ!!それ自分聞くん!!そんなんまだ会って間もないんやで」とオーバーリアクションで反応する。内心、僕はめんどくさいなと思ったけど、彼の気持ちが手に取るようにわかったので仕方なくもう一度同じ質問をした。
「四季くんもしつこいな。ほんなら言うわ。僕な、大学が始まったらアートの集いっていうサークルをしたいんや!!」と鼻息荒く説明する彼に、僕はこの芸大に入ってやりたかったことを思い出した。
そしてこの日、日置緑郎が考えたサークルから、僕を含めた男三人と女三人の青春ストーリーが動き始めるのだった。
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