絵画のような人魚

葉桜色人

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絵画のような人魚ー31ー

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第31話


小腹が減っていたので、僕は【オリーブ】に寄ってから寮へ帰ろうと考えた。時刻は午前6時、まっすぐ寮へ帰っても仕方がない。みゆきの声が聞きたかったけど、今日は用事があると話していたし……


「会いたいな」と心の声を口にした時、妙に寂しさが心に募った。すると携帯電話が鳴り出して、僕の歩みを止めた。


着信の名前を見て、僕に嬉しさの色が溢れ出した。かけてきたのはみゆきだった。喜びの滲んだ声で僕が出ると、彼女は僕の反応に気づいたのか少し笑いながら声を返してきた。


『四季、なんだか嬉しそう。もしかして私の声が聞きたかった?』


「うん。できるなら会いたい」


『私もだよ。用事が終わったわけじゃないけど、今からアトリエに来れるかな?』


「アトリエ!?」


ーーーー吉祥寺駅から鶯谷に乗り継いで、僕は駅のホームを乗り越えて構内へ出た。するとタイミング良く彼女の姿が見えた。


僕は駆け足で行くと、彼女の顔を見つめた。話す間も無く、彼女が僕の手を握って移動しようとした。みゆきの指先に絵の具が付着しているのが気になってので、僕はどこに行くのか訊ねた。


「説明するより見た方が早いよ。すぐ近くだから」彼女はそう言うと、駅から少し離れた閑静な住宅街へ連れて行った。そして開かれた道に出ると彼女が指を指した。


目の前にプレハブほどの大きさをした建物が建っていた。草が伸びっぱなしの空き地に、彼女は僕の手を繋いだまま敷地内へと踏み出す。扉の前に来ると、彼女は古びた鍵を取り出して開けた。扉を開けた瞬間、中から大学のアトリエと同じような匂いが鼻先を包む。


「ここは?」と驚く僕の背中を押すと、彼女は絵の具がこびりついたソファーへ座らせた。


「驚いた?実はね、今日用事があったのは、ここで絵を描くためだったの」光の弱い蛍光灯に照らされた部屋は、画材道具なのが置かれたアトリエルームだった。


「春巻先生に出された課題があるでしょう。四季くんも悩んでいたと思うけど、私も悩んでいたの。だから春巻先生に相談したのよ」


「どんな相談?」僕の質問に、彼女もソファーに座り込んで隣へ並んだ。


「学校のアトリエでは絵が描けないって。私、絵を描く時はいつも一人で集中して描いてたの。そのことを話したら、春巻先生がここを紹介してくれたのよ」


ここのアトリエは春巻先生の友人たちと共同で使っているアトリエだった。今はほとんど使わなくなり、どうせならと、彼女にアトリエの場所を提供してくれたのだ。但し、利用期間は三ヶ月という約束。彼女にとってはうってつけの場所だった。


「ほら、合鍵も貸してくれたから自由に使えるわ。だから四季くんも一緒にここで絵を描かない?」


もちろん嬉しかった。ここなら思う存分、描けそうだった。でも、正直言うと、彼女の邪魔にならないか心配をした。


「みゆきは一人で絵を描きたいんじゃないの?僕が居たら邪魔にならないかな……」


「ううん。四季と一緒に絵を描きたい」と身体を寄せながら彼女は言ってきた。


「ありがとう。ここなら創作意欲も湧いてきそうだよ。それに二人っきりになれるしね」僕の言葉に、彼女は嬉しそうに抱きついてきた。


「……四季くん」


「ん?そう言えば、今さら気づいたんだけど、さっきから僕のこと、四季って呼んだり、くん付で呼んだりしてるよね!?」ふと変な違和感に気づいたので、僕は彼女へ訊ねた。


「ほんとは四季って呼びたいんだけど、まだ皆には私たちが付き合ってること話してないでしょう。だから間違って、呼び捨てしたら変に思われるから」彼女なりの気遣いなんだろう。それでも僕と一緒に居る時は、名前で呼ぼうとしてくれた。


なるほど、それでたまにごちゃごちゃになってしまうのだ。


「今度、皆には僕から言うよ。別に悪いことをしてるんじゃないんだから、それに正々堂々と会いたいよ。隠れながらなんて、それこそしんどいしさ」


「うん。四季から言ってくれた方が嬉しい」と彼女が上目遣いで言ってきた。


自然と沈黙になると、僕と彼女は合図も無しに、そっと寄り添っては昂ぶる気持ちのまま、唇と唇を重ね合わせた。時間が許される限り、僕らは何度も何度もキスを交わした。


アトリエの中は僕たちだけの世界に包まれていた。
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