絵画のような人魚

葉桜色人

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絵画のような人魚ー46ー

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翌朝、僕は大学をサボって吉祥寺から御茶ノ水へ電車を乗り継いでやって来た。目的はアルバイト探しである。昨晩の出来事に戸惑いを隠せないまま、僕は僕という朝を迎えていた。あれは夢の続きだったのか、それとも僕の妄想が創造した物語だったのか……

答えはどちらでもない。酒に酔って心を乱し、真壁純奈とセックスしようとした事は、紛れもない事実として残っている。僕の失態であって、純奈は何も悪くない。あの時、もしも正常な状態だったら、間違いなく最後まで行為をしていただろう。

罪悪感と欲望の渦に飲まれながらも欲望という色に染まった。泥沼の泥に足を突っ込んだ時、僕に逃げ場はない。あの日、秋人の忠告を真剣に考えとけば良かったんだ。それを無視して、自ら破滅への道を選んでいる。

深い溜息をするたびに、僕の空気は無くなり、やがて萎んでは薄っぺらい人間になろうとしていた。


気持ちを切り替えようと、僕は赤丸チェックした印を見た。アルバイト雑誌に記載していた求人募集。地図を見ながら場所を確認する。現在地から徒歩10分ほどの所に、本日面接する場所があった。思い立って、僕はその日に電話をして、面接をお願いしたのだ。

急な申し込みにも快く対応してくれた。面接の時間より早く着いたので駅近くのファミレスに入る。空いていた店内に入ると、席についてウェイトレスへコーヒーを注文した。

コーヒーが来る間、面接する所の業務内容に目を通す。


【静寂すぎる図書館】東京都が運営する図書館であった。僕がここを選んだ理由の一つとして、その独特な名前である。本来、図書館なんて静かな場所であるのは当たり前。だけど、この図書館は静寂すぎると書いてある。


どれだけ静寂すぎるんだ!?


好奇心が湧いて、僕は面接を受けようと決めたのだ。内容も本の整理やお客様への対応と、図書館での仕事と言った感じだった。それに土日希望者を求めると記載していたので、お金が必要だった僕にはちょうど良かった。


20分ほど時間が経った頃、すでに空っぽになったコーヒーを見て、マグカップにこびり付いたコーヒーの跡が僕の空白な時間を埋めた。様々な模様にも見えるし、寂しげな傷跡にも感じられた。現実逃避する僕みたいに、マグカップの底では非現実的な世界が跡になって残っている。

そんな空想と現実の隙間で、僕は一人で漂っている。その時、現実の音が鳴って目を覚まさせた!!


携帯電話の音に脇の下で汗が滲む感覚を感じた。真壁純奈か、秋人か、緑郎か、風子か……


それとも、みゆきか……!?


瞬時にこれだけの名前と顔が浮かんだ。僕は携帯電話の着信表示を見ないまま、耳に押し当てる。そして恐る恐る……


「もしもし……」


『四季……今、大丈夫?』


「大丈夫だよ。そっちはどう?」


みゆきからの電話だった。僕は平常心を装いながら、あくまでも普通に対応するのだった。


『今夜お通夜があって、明日がお葬式なの。だから帰るのはあさってになるわ』


「あさって……土曜日だね」


罪の意識からか、上手く会話ができない。現実逃避からリアルな世界へ引き戻される。それでも僕は、心まで裏切っていないと最低な言い訳を心の中で繰り返していた。


「今からバイトの面接に行くんだ」と図書館でのバイトを考えていると説明した。少しでも会話を続けるために。


後ろめたい奴ほど、やたら話すと言うが、僕に限っては違う。自分の中でみゆきに対する気持ちを確かめたかったからだ。未遂とは言え、みゆきを裏切ったことには変わらない。でも、みゆきだけを好きという気持ちは嘘じゃない。

あれはほんの手違いで、心が崩壊しかけた時、たまたま真壁純奈がそばに居ただけなんだ。


正当化しようとしている。最低な人間になっていた。僕は次第に無言になって、心が苦しくなった。


いや、痛かった……


『四季、寂しいの?』と電話の向こうでみゆきが聞いて来た。


「……うん。みゆきに会いたい」


『私もだよ。あさって会えるから』



こんな風に優しい彼女の言葉。罪悪感が募る。僕は面接の時間が迫っていると伝えて、みゆきとの電話を切った。


そしてファミレスを出て、僕は面接場所を目指して歩き出した。心の中で罪の意識を感じながら……
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