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絵画のような人魚ー54ー
しおりを挟む姿勢を崩したまま、西條さんから図書館での仕事を長く続けて欲しいとお願いされた。僕も職場の雰囲気を気に入っていたので、長期で働ければと考えてはいた。
「ねえ、四季くんって女性に優しいよね。ここへ来る時に思ったの」
「なんで?」
「ほら、渋谷に着いた時、雨がひどくなったでしょう。あの時、傘が一つしかなかったよね。でも四季くん、傘を私の方へ寄せて濡れないようにしてくれたじゃん。ああいうさり気ない行動って女の子は弱いんだよ」
そうなんだと思いながら、僕の頭にはその記憶はなかった。ずいぶんお酒も入っていたし、この狭い空間は二人っきりという距離感をおかしくしているみたいだ。
「西條さんは彼氏居ないの?もし居ないんだったら紹介とかできるよ」と酔っているのか、僕は調子にのってタメ口で話していた。
まあ、お酒の場だし、今夜は僕の歓迎会だ……急にお酒が回りはじめて、僕はフラつきながら西條さんの胸元へよろけてしまった。
「四季くん大丈夫?そろそろ終わりにしようか」と西條さんの声が遠くから聞こえてくるみたいだ。
「そうですね。行きましょうか……」辛うじて意識を保って、僕は立ち上がるとハンガーから上着を取った。上着を手にした時、肩の部分がまだ少しだけ湿っていた。さっき西條さんが話したことが頭にこだまする。
『四季くんは誰にも優しいからな』
秋人にもそんな風に言われた。まるで何かの忠告みたいだ。その言葉がサイレンみたいに遠くの方から響いて来る感覚だった。
「あのさ、私のこと、西條さんと呼ぶのやめない。図書館でもそうだけど、誰も私のことを西條さんと呼ばないでしょう。ほら、広瀬川さんをヒロセさんと呼ぶみたいに」僕の背中越しから西條さんが言う。僕は上着の袖に腕を通しながら振り向くと……
「三葉……さん。これでいい?」
「よろしい。それじゃあ帰りましょうか」
店を出ると、あれだけ降っていた雨は小雨になっていた。アスファルトに針みたいな小さな跳ね返しを見て、僕は酔いを醒まそうと傘も差さずに歩き出した。
三葉さんはまだまだ元気で、水溜りを見つけては飛び越えて笑っていた。天真爛漫な彼女を見たような気がして、初めて会った時の印象は消えていた。いつも背筋を真っ直ぐ伸ばして、身なりのきちんとした女性は仮の姿。ホントはこんな風にはしゃいだりする彼女が本当の彼女かもしれない。
そんな風に思うのだった。
タクシーに乗り込むと、僕たちは寄り添うように座った。少し眠たかったのか、瞼を閉じて車の揺れに身をまかせる。時間にして10分ぐらいか、三葉さんの声に起こされると、僕はよろけながらタクシーから降りた。
「コーヒーでも飲めば楽になるよ。四季くん、お酒弱いんだね」
「そうなんですよ。地面が少し揺れています」
僕の腕を掴むと、三葉さんは優しく寄り添って歩いてくれた。僕は上機嫌のまま、彼女のマンションへと入って行った。その時、雨がふたたび強く降り出そうと雨粒が大きくなって僕の肩を叩いた。
そして彼女の声が耳元で聞こえて来るのだった。
つづく……
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