絵画のような人魚

葉桜色人

文字の大きさ
54 / 74

絵画のような人魚ー54ー

しおりを挟む

姿勢を崩したまま、西條さんから図書館での仕事を長く続けて欲しいとお願いされた。僕も職場の雰囲気を気に入っていたので、長期で働ければと考えてはいた。


「ねえ、四季くんって女性に優しいよね。ここへ来る時に思ったの」


「なんで?」


「ほら、渋谷に着いた時、雨がひどくなったでしょう。あの時、傘が一つしかなかったよね。でも四季くん、傘を私の方へ寄せて濡れないようにしてくれたじゃん。ああいうさり気ない行動って女の子は弱いんだよ」


そうなんだと思いながら、僕の頭にはその記憶はなかった。ずいぶんお酒も入っていたし、この狭い空間は二人っきりという距離感をおかしくしているみたいだ。


「西條さんは彼氏居ないの?もし居ないんだったら紹介とかできるよ」と酔っているのか、僕は調子にのってタメ口で話していた。


まあ、お酒の場だし、今夜は僕の歓迎会だ……急にお酒が回りはじめて、僕はフラつきながら西條さんの胸元へよろけてしまった。


「四季くん大丈夫?そろそろ終わりにしようか」と西條さんの声が遠くから聞こえてくるみたいだ。


「そうですね。行きましょうか……」辛うじて意識を保って、僕は立ち上がるとハンガーから上着を取った。上着を手にした時、肩の部分がまだ少しだけ湿っていた。さっき西條さんが話したことが頭にこだまする。


『四季くんは誰にも優しいからな』


秋人にもそんな風に言われた。まるで何かの忠告みたいだ。その言葉がサイレンみたいに遠くの方から響いて来る感覚だった。


「あのさ、私のこと、西條さんと呼ぶのやめない。図書館でもそうだけど、誰も私のことを西條さんと呼ばないでしょう。ほら、広瀬川さんをヒロセさんと呼ぶみたいに」僕の背中越しから西條さんが言う。僕は上着の袖に腕を通しながら振り向くと……


「三葉……さん。これでいい?」


「よろしい。それじゃあ帰りましょうか」


店を出ると、あれだけ降っていた雨は小雨になっていた。アスファルトに針みたいな小さな跳ね返しを見て、僕は酔いを醒まそうと傘も差さずに歩き出した。


三葉さんはまだまだ元気で、水溜りを見つけては飛び越えて笑っていた。天真爛漫な彼女を見たような気がして、初めて会った時の印象は消えていた。いつも背筋を真っ直ぐ伸ばして、身なりのきちんとした女性は仮の姿。ホントはこんな風にはしゃいだりする彼女が本当の彼女かもしれない。


そんな風に思うのだった。


タクシーに乗り込むと、僕たちは寄り添うように座った。少し眠たかったのか、瞼を閉じて車の揺れに身をまかせる。時間にして10分ぐらいか、三葉さんの声に起こされると、僕はよろけながらタクシーから降りた。


「コーヒーでも飲めば楽になるよ。四季くん、お酒弱いんだね」


「そうなんですよ。地面が少し揺れています」


僕の腕を掴むと、三葉さんは優しく寄り添って歩いてくれた。僕は上機嫌のまま、彼女のマンションへと入って行った。その時、雨がふたたび強く降り出そうと雨粒が大きくなって僕の肩を叩いた。


そして彼女の声が耳元で聞こえて来るのだった。


つづく……
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

百合短編集

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...