絵画のような人魚

葉桜色人

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絵画のような人魚ー53ー

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外は激しく雨が降っていた。西條さんに誘われた居酒屋は個室に別れたお洒落な店だった。

黒を基調とした内装で程良い灯りが、客人たちを心地良い雰囲気で出迎えてくれた。個室に通されると、不思議と物音や話し声は遮断されていた。

掘り炬燵に一枚板のテーブル。木目は波打つように自然な流れをしていた。壁はミント色で招かれた者に不思議は落ち着きある空間を与える。

上着をハンガーに掛けて、僕は腰を下ろした。丸い形をした和紙のランタンが部屋の隅で、柔らかな灯りで邪魔することなく光っていた。


「雰囲気良いでしょう」と向かい側に座った西條さんが笑顔で言う。彼女の顔を真上のオレンジ色した灯りが照らす。

真綿に包まれた電球はオレンジ色の光を灯して、部屋の空間に温もりを漂わせているみたいだ。


「不思議な空間ですね。灯りの一つ一つがお互いを尊重するように光ってるけど、決して邪魔をしない光です」と僕は思ったことを素直に言った。


「ふふ、なんだか芸術家みたいな感想ね。さすが芸大に通っているからかしら」と西條さんはそう言って、そっと掘り炬燵の下で足を伸ばした。僕のつま先に彼女の小さな足が触れた。


「ふふ、四季くん。とりあえず生ビールで良いかな」


「はい。大丈夫です」と西條さんが掘り炬燵の下で不意の攻撃をしたから、僕は動揺して声に妙な緊張が混ざってしまう。


店員が生ビールを持って来ると、西條さんはおまかせメニューを注文した。そして二人は生ビールを手にして、乾杯という祝杯をした。


料理が運ばれた頃、僕らはお互いの第一印象や図書館での仕事について話し始めた。


「えっ!!僕が女慣れしてる?そんなワケないじゃないですか!!」


「そうかな。なんか四季くんて、不思議と一緒に居ても落ち着くんだよね。ねえ、今まで何人の女性と付き合った事があるの?」と西條さんは鯛の刺身を小皿に取り分けながら聞いてきた。


「何人もいないですよ。高校の時に一人だけで、今は……」


「その顔はいるな」


「今は大学で知り合った同い年の子と付き合っています。だから実質は二人ですよ」


「ふーん、高校の時も同い年の人だったの?」と西條さんは僕の女遍歴が気になるのか、興味津々な顔して聞いて来る。


「五つ上の姉が居るんですけど、姉の同級生だった人と付き合っていました」当時を思い出すと、あの頃の僕は彼女に夢中だったのを思い出す。


「それで?」


「ああ、それで彼女が地元の大学を辞めて海外へ留学したんです。それから手紙のやり取りはしてたけど、手紙の数も少なくなって自然消滅に……」僕はそう言ってから、ビールを一口飲んでは彼女の顔を思い浮かべた。


「今思えば、やっぱり会えない期間が長かったから別れたのかなって思いますね」


「じゃあ、好きな気持ちのまま別れが訪れた感じなのかな?」


「それはどうかな。あの時、僕は離れてしまった彼女に好きという感情があったのか、はっきりと覚えていない」と言いながら、覚えていないのは僕自身はわかっていた。何故ならその年に嫌な思い出があったからだ。


「西條さんはどうなんですか?なんか僕ばっかり話してますけど」


「私は私で色んな恋をしたわ。何人かとお付き合いもした。でも、どれもつまらない恋だったかな。四季くんみたいな男性と出会ったことないし」そんな風に言う西條さんは既にビールからカシスを飲んでいたが、グラスの中は空っぽだった。


「四季くんは年上の女性をどう思ってる?」とグラスの淵を指先で触りながら聞いてきた。


「姉が居たから、比較的に年上の女性は話しやすいかな。けっこう一対一で女の人と話すのは苦手だから」


「じゃあ、私とは緊張しない?」


「西條さんは職場の人だし、変に意識はしないけど……」と言った話し出した時、僕の口が止まった!!


掘り炬燵の下で、西條さんが足を伸ばして僕の足を挟んできたのだ!!


「けど……何?」と西條さんはえくぼのある微笑みで僕の顔を見つめた。


「西條さんは綺麗な人だと思います。職場の人だと意識しなかったら」彼女の足が掘り炬燵の下で動いた。


「その、僕に彼女が居なくて、フリーの状態だったら西條さんを意識したかもしれませんね」と慌てて言った僕に対して、西條さんは微笑みながらカシスをもう一杯頼んだ。僕もついでに同じ物を注文して、西條さんを無意識に見つめた。彼女はランタンに視線を移して……


「四季くんが私のこと、姿勢が良いって言ったよね。ほら、私の母親は茶道の先生をしてると話したでしょう。小さい頃から作法には厳しかったの。だから無意識に背筋を真っ直ぐにしてしまう。身なりも完璧にしようとしているわ」


確かに店に来てから、彼女の姿勢はずっと真っ直ぐに保っていた。お酒が入っているのにも関わらず、姿勢だけは綺麗だった。


「でもね、そんな親に正直言って嫌気があったの。茶道の師範代をしている母親にとって、礼儀や作法には口うるさかったのよ。だから私はいつも窮屈だったの。何度もそんな母親に対して反発していたわ」


「今の西條さんからは想像できないな。僕からみたら完璧に見えるけど」


「身体に染み込んでいるのよ。実際はもっと楽にしたいもん」西條さんはそう言って、笑いながら僕を見つめた。


人は型にはめられると、それはそれで窮屈なんだと思う。僕もまわりを気にして生きているかもしれないと、西條さんの話しを聞いて心の中で思った。


それから僕たちは色んな話しで盛り上がった。お酒も入っていたので二人して自分のことを話すと、二人の距離は一気に近づいた。西條さんがいつの間にか、僕の横に座って飲んでいる事さえわかっていない。


僕の歓迎会はまだまだ終わりそうになかった。


つづく……
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