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絵画のような人魚ー69ー
しおりを挟む翌朝、耳元で鳴る携帯電話で起こされた。かなり深く眠っていたのか、現実の音と気づくのに時間がかかった。
鳴り止んだ携帯電話に僕はベッドから起き上がると、しばらく瞼を閉じたまま身体全体に血を巡らせるように動かなかった。そして時計の秒針に耳を傾ける。
すると再び、テーブルの上で携帯電話が鳴り出した。僕は泣き叫ぶ携帯電話を無視して、ベッドから抜け出すと部屋から立ち去った。
廊下の中央に立つと、僕を中心に左右へ長く影が伸びる。行き先は洗面所なので、右へ歩くはずなのに僕の影は左右へ伸びた。何か迷ってる気持ちがあるのか?僕は左右交互に首を動かして先の見えない廊下を見つめた。
連休で人が居ない寮は静寂で、すべての気配を消していた。そして僕の部屋だけ、携帯電話の音が扉越しから鳴り続けているのだった。
二つの影を引き連れながら、僕は洗面所で顔を洗う。昨日の出来事を考えてみたけど、ヒロセさんの絶対的な美しさは謎のままだった。黄金比さえ超えた美しさとは……
何も答えが出ない僕に、連休最後の一日が始まろうとしていた。
部屋に戻ると、携帯電話がチカチカと着信履歴を知らせてる。頭はスッキリしていた。昨日よりも身体全体が楽になってる。ヒロセさんの指先に触れたからだろうか?
理由はハッキリしないが、確実に昨日の僕より今日の僕は何かが違っていると、不思議とそんな風に思っていた。冷蔵庫を開けて、中を覗いたけど空っぽで無機質な空間しかない。そこには感情さえも無い、ただのモーター音だけが存在していた。
僕は諦めて、連休最後の図書館へ行くことにした。途中でスタバに寄って軽い朝食でも取ろう。
シャツを脱いで準備する。壁に掛かったアルマーニのスーツを見ては、ヒロセさんは来るだろうか?そんな事を考えるのだった。でも心の中で、おそらく彼女にはしばらく会えないような気がしてた。
寮を出た時、携帯電話の着信を思い出した。相手先を確認すると、みゆきからだった。確か戻って来るのは明日だったよなーーと。とりあえず歩きながら掛け直すと。
『もしもし四季』
「ごめんね。電話に出れなくて、どうしたの?」
『明日帰ろうかと思ったんだけど、今日の昼過ぎに戻るから、四季の予定が無ければ会えないかな?』
「いいよ。今日は午前中にバイトが終わるから、その後だったら大丈夫」
『ホント!!嬉しい。だったら3時頃にアトリエで待ち合わせしない?』
「オッケー、うんわかった。じゃあ、アトリエで」
携帯電話を切った瞬間、僕は彼女の顔を浮かべた。無色透明な僕の心に、彼女の色が滲んでいた。でもこれは、僕の色でもあるんだ。早く会いたいと。彼女の色を確かめたいと心の中で思った。
連休最後の日、【静寂すぎる図書館】に人々の姿は少なく、しんとした空気感が図書館に漂っていた。
この日、三葉さんが体調不良で休んでいた。少し心配したけど、みゆきと会う約束もあったので連絡はしなかった。多分、電話で三葉さんの声を聞いたら、マンションへ行ってしまう自分が怖かったからだ。無色透明な僕は、すぐにその人の色が滲んでしまう。
一人足りない状態だったけど、中川さんはもう大丈夫だから上がってと言ってくれた。僕は午前の仕事を終えて、この日のバイトは終了した。
予想通りヒロセさんの姿はなかった。僕は着替えを済ますと、アトリエに向かう事にした。図書館を出て、公園の並木道を歩きながら、三葉さんの事を考えた。正直、気になっていたのだ。一人暮らしだったし、もしも熱とかあって動けない状態だったら……
腕時計を見て時間を確認した。時刻は午後12時を過ぎたばかりだった。今から向かえば間に合うかもしれない。みゆきとの約束は午後の3時だったし。
迷いに迷った挙句、僕は並木道を早足で歩いて、三葉さんのマンションへ向かうと急いだ。少しだけ顔を見て帰ればいい。そう言い聞かせるように心の中で呟いた。もしも彼女の具合が酷かったら大変だし、大した事じゃなかったらそれはそれで問題ない。
これは決して、みゆきを裏切ってる訳ではない。決して……
こうして僕は僅かな時間を利用して、三葉さんのマンションへと目的地を変えた。僕の選択した道は正しいのか、正しくないのか?
いや、間違いなのか、間違っているのか?それだけの事だった。
つづく……
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