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第1章
4話
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「おーい、リリィー! どこにいるんだー」
俺は、まだ8歳になったばかりの娘の名前を呼ぶ。
いつもならば、呼べばすぐに返事が来るのだが、今日は違った。
どうやら、俺の声が届かない場所まで離れてしまっているようだ。
もしかしたら、一人で家に帰っているかもしれないと思い、道具をしまい家に戻る。
家に着き中へ入ると、妻が俺に気づく。
「あら、お帰りなさい」
「ただいま。リリィは帰っているか?」
「帰ってきていないわよ。……もしかして、いなくなったの?」
「どうやらそうみたいだ。てっきり家に帰ってるものだと思ったんだがな。そうなると、草原の方に遊びに行ったのか?」
「そんな!? あなた、どうしましょう!?」
「落ち着け。草原にいる魔物はたいしたもんじゃない事は、お前も知っているだろう?」
「だけど、万が一ということがあるわ!」
「分かっている。だから、一応武器を持って探してくる。だからお前は、みんなに知らせて一緒に探してくれるよう頼んでくれ」
「分かったわ」
妻の手前、冷静ぶって諭していたが、内心それどころではなかった。
俺はそういうなり、部屋に立てかけておいた剣を掴み、外へ飛び出して行く。
俺の予想通り、リリィが草原の方に行っているかもしれないと思うと、不安が湧き上がる。
草原の手前まで全力で走り、たどり着くと一旦深呼吸をする。
娘が魔物に襲われているのを発見しても、まともに動けないようでは意味がない。
それに、娘がどこにいるのかわからない以上、隅々まで探すしかない。
そうなれば自然と歩みは遅くなる。
娘の名前を呼びながら、草むらを掻き分けて行く。
どれくらい経ったのだろうか。
何度か呼びかけていると、前方から「パパ~」と叫びながら娘が走ってきた。
良かった。どうやら無事だったようだ。
走ってきた娘を、膝をついて迎え入れる。
娘はそのまま俺に抱きついてきたので、俺も強く抱きしめる。
良かった。本当に良かった。
娘が無事だったことが嬉しくて思わず腕に力が入りすぎたようで、娘が「苦しいよ~」と言ってきた。
慌てて腕を離すと、娘も抱きつくのをやめた。
「リリィ、心配したんだぞ。勝手にこんな遠くまで来たらだめだろ!」
「ごめんなさい」
娘は項垂れ、反省しているようだ。
この様子なら、次から勝手にいなくなったりはしないだろう。
そのことに一安心し、いつまでも項垂れている娘を見ていたくないので、話を変える。
「全く。それでどこまで冒険していたんだ?」
「あのねあのね!……」
と、娘は目をキラキラさせて口を開く。
娘は、どんな事があったのか話してくれるが、まだ幼いせいか、まとまりがない。
話があっちこっちへと飛んでいき、理解するのに苦労する。
しかし、娘が最後の話を聞いた俺は、笑顔ではいられなかった。
「ビックアントが、この近くまできていた、だと?」
ビックアントは魔物の一種で、草原の奥の方に生息していたはずだ。
なのに、村に近いこの場所に現れるということは、それだけ群が大きくなったのか?
それとも、ここまで何かに追われるような事態になったのか?
だとしたら、娘が言っていた大きなトカゲが原因かもしれないな。
この事は村長に話しておかなければならない。
「どうしたの、パパ?」
「急用ができた。だから急いで家に帰るぞ」
「あ、うん。分かった」
俺は、娘を担ぎ家まで急いで帰る。
その途中、娘を探してくれた村人に、見つかった事を教えながら。
娘を家に帰すと、俺はその足で村長宅に向かう。
「村長、重大な話がある。中に入れてくれ」
俺は、村長の玄関ドアをノックしながら言う。
しばらくすると、ドアが開き村長が顔を出す。
「アランか。一体どうしたと言うのじゃ」
「実は……」
俺は、娘から聞いた話を簡潔に村長に話す。
「……と言うわけなんだ。だから、なんらかの手を打ったほうがいいと思う」
村長は俺の話を聞き終えると、長く生やしたヒゲを撫でながら考え込む。
なかなか村長は口を開かず、イライラしてきた時にようやく口を開く。
「冒険者ギルドに調査依頼を出すしかなさそうじゃのう。結果が出るまでは、村の皆には草原に近づかぬよう厳命しておこう」
それを聞いて、俺は安堵した。
「ええ、それが一番でしょう。皆には私から言っておきます」
「うむ。頼んだぞ」
村長宅を出た俺は、厄介な結果にならない事を願った。
一方のトカゲはというと、そんなことになっているとは露知らず塒へと戻っていた。
翌日、塒としている穴から出てみると、いつもと様子が違うことに気づく。
辺りを見渡してみると、周囲の草むらのあちらこちらがカサカサと揺れている。
しかも、草むらの隙間から黒いものが見える。
トカゲははっきりとは分かっていなかったが、囲まれているようだった。
しばらく、辺りの様子を伺っていると、草むらから巨大なアリ——ビックアント——が飛び出してきた。
飛び出してきたのは1匹だけだったので、すぐさま迎え撃つ。
向かってくるアリに対し、右前足を振るい弾き飛ばすと、左右後方から次々とアリがトカゲへと飛びかかる。
どうやら始めのアリは、トカゲの注意を逸らすことと体勢を崩すために犠牲になったようだ。
実際、そのせいでトカゲは左右後方から飛びかかってくるアリに対し有効な手を打つ事ができない。
唯一の救いは、アリの攻撃力が低いため、トカゲに噛み付いても皮を食い破る事ができていなかった事だろう。
しかし、体のあちこちにありに噛みつかれれば、身動きが取れなくなってしまう。
そうならないために、トカゲは体を捻り回転させる事で、噛み付いてきたアリを振り払う。
噛み付いていたアリは、その回転によって、振り払われただけでなく、地面に叩きつけられ大きな怪我を負う者もいた。
どうにか振り払うことに成功したトカゲは、止まっていると危険だと判断し、正面を突っ切ることにした。
この場にいるビックアントは、トカゲと比べ半分ほどの大きさしかない。
その体格の差を利用し、正面にいるアリたちを突き飛ばしていく。
だが、アリたちもそうはさせまいと、トカゲに飛びかかり噛みつこうとする。
しかし、動いていると影に噛み付いてもすぐさま振り払われることになる。
そのため、逃げ回るトカゲ、それを追いかけるアリという構図になった。
その構図はいつまでも続くのかと思われたのだが、トカゲに振り払われたアリは体のどこかを負傷し、脱落していく。
どれほどの時間がたったのか、ついにトカゲはアリから逃げ切ることに成功した。
それでも、しばらくの間トカゲは走り続け、襲われた場所から数km離れた場所まで来てようやく走るのをやめた。
止まったトカゲは、なぜ襲われたのか不思議に思った。
今までは、アリに襲われることなどなかったのに、と。
トカゲは気付いていなかったが、今まで襲われる事がなかったのは体が小さい時は敵対せず遭遇してもすぐさま逃げており、大きくなっても1匹だけだった時を狙い倒していたのだが、昨夕始めて複数のアリを襲い、しかも何匹か逃している。
そのせいで、アリたちにトカゲの情報が知られ数で当たれば倒せると判断し、トカゲについたアリの匂いを追ってトカゲのもとにたどり着いたのだ。
もし、トカゲがすぐさまに逃げ出さなければ、数の暴力によってありに倒されていた可能性が高かった。
この事で、トカゲはアリが1匹2匹では敵ではないが、群れで襲われれば命を落とすほどの危険性があると理解した。
これからは、もっと用心深くすることを頭に叩き込んだ。
俺は、まだ8歳になったばかりの娘の名前を呼ぶ。
いつもならば、呼べばすぐに返事が来るのだが、今日は違った。
どうやら、俺の声が届かない場所まで離れてしまっているようだ。
もしかしたら、一人で家に帰っているかもしれないと思い、道具をしまい家に戻る。
家に着き中へ入ると、妻が俺に気づく。
「あら、お帰りなさい」
「ただいま。リリィは帰っているか?」
「帰ってきていないわよ。……もしかして、いなくなったの?」
「どうやらそうみたいだ。てっきり家に帰ってるものだと思ったんだがな。そうなると、草原の方に遊びに行ったのか?」
「そんな!? あなた、どうしましょう!?」
「落ち着け。草原にいる魔物はたいしたもんじゃない事は、お前も知っているだろう?」
「だけど、万が一ということがあるわ!」
「分かっている。だから、一応武器を持って探してくる。だからお前は、みんなに知らせて一緒に探してくれるよう頼んでくれ」
「分かったわ」
妻の手前、冷静ぶって諭していたが、内心それどころではなかった。
俺はそういうなり、部屋に立てかけておいた剣を掴み、外へ飛び出して行く。
俺の予想通り、リリィが草原の方に行っているかもしれないと思うと、不安が湧き上がる。
草原の手前まで全力で走り、たどり着くと一旦深呼吸をする。
娘が魔物に襲われているのを発見しても、まともに動けないようでは意味がない。
それに、娘がどこにいるのかわからない以上、隅々まで探すしかない。
そうなれば自然と歩みは遅くなる。
娘の名前を呼びながら、草むらを掻き分けて行く。
どれくらい経ったのだろうか。
何度か呼びかけていると、前方から「パパ~」と叫びながら娘が走ってきた。
良かった。どうやら無事だったようだ。
走ってきた娘を、膝をついて迎え入れる。
娘はそのまま俺に抱きついてきたので、俺も強く抱きしめる。
良かった。本当に良かった。
娘が無事だったことが嬉しくて思わず腕に力が入りすぎたようで、娘が「苦しいよ~」と言ってきた。
慌てて腕を離すと、娘も抱きつくのをやめた。
「リリィ、心配したんだぞ。勝手にこんな遠くまで来たらだめだろ!」
「ごめんなさい」
娘は項垂れ、反省しているようだ。
この様子なら、次から勝手にいなくなったりはしないだろう。
そのことに一安心し、いつまでも項垂れている娘を見ていたくないので、話を変える。
「全く。それでどこまで冒険していたんだ?」
「あのねあのね!……」
と、娘は目をキラキラさせて口を開く。
娘は、どんな事があったのか話してくれるが、まだ幼いせいか、まとまりがない。
話があっちこっちへと飛んでいき、理解するのに苦労する。
しかし、娘が最後の話を聞いた俺は、笑顔ではいられなかった。
「ビックアントが、この近くまできていた、だと?」
ビックアントは魔物の一種で、草原の奥の方に生息していたはずだ。
なのに、村に近いこの場所に現れるということは、それだけ群が大きくなったのか?
それとも、ここまで何かに追われるような事態になったのか?
だとしたら、娘が言っていた大きなトカゲが原因かもしれないな。
この事は村長に話しておかなければならない。
「どうしたの、パパ?」
「急用ができた。だから急いで家に帰るぞ」
「あ、うん。分かった」
俺は、娘を担ぎ家まで急いで帰る。
その途中、娘を探してくれた村人に、見つかった事を教えながら。
娘を家に帰すと、俺はその足で村長宅に向かう。
「村長、重大な話がある。中に入れてくれ」
俺は、村長の玄関ドアをノックしながら言う。
しばらくすると、ドアが開き村長が顔を出す。
「アランか。一体どうしたと言うのじゃ」
「実は……」
俺は、娘から聞いた話を簡潔に村長に話す。
「……と言うわけなんだ。だから、なんらかの手を打ったほうがいいと思う」
村長は俺の話を聞き終えると、長く生やしたヒゲを撫でながら考え込む。
なかなか村長は口を開かず、イライラしてきた時にようやく口を開く。
「冒険者ギルドに調査依頼を出すしかなさそうじゃのう。結果が出るまでは、村の皆には草原に近づかぬよう厳命しておこう」
それを聞いて、俺は安堵した。
「ええ、それが一番でしょう。皆には私から言っておきます」
「うむ。頼んだぞ」
村長宅を出た俺は、厄介な結果にならない事を願った。
一方のトカゲはというと、そんなことになっているとは露知らず塒へと戻っていた。
翌日、塒としている穴から出てみると、いつもと様子が違うことに気づく。
辺りを見渡してみると、周囲の草むらのあちらこちらがカサカサと揺れている。
しかも、草むらの隙間から黒いものが見える。
トカゲははっきりとは分かっていなかったが、囲まれているようだった。
しばらく、辺りの様子を伺っていると、草むらから巨大なアリ——ビックアント——が飛び出してきた。
飛び出してきたのは1匹だけだったので、すぐさま迎え撃つ。
向かってくるアリに対し、右前足を振るい弾き飛ばすと、左右後方から次々とアリがトカゲへと飛びかかる。
どうやら始めのアリは、トカゲの注意を逸らすことと体勢を崩すために犠牲になったようだ。
実際、そのせいでトカゲは左右後方から飛びかかってくるアリに対し有効な手を打つ事ができない。
唯一の救いは、アリの攻撃力が低いため、トカゲに噛み付いても皮を食い破る事ができていなかった事だろう。
しかし、体のあちこちにありに噛みつかれれば、身動きが取れなくなってしまう。
そうならないために、トカゲは体を捻り回転させる事で、噛み付いてきたアリを振り払う。
噛み付いていたアリは、その回転によって、振り払われただけでなく、地面に叩きつけられ大きな怪我を負う者もいた。
どうにか振り払うことに成功したトカゲは、止まっていると危険だと判断し、正面を突っ切ることにした。
この場にいるビックアントは、トカゲと比べ半分ほどの大きさしかない。
その体格の差を利用し、正面にいるアリたちを突き飛ばしていく。
だが、アリたちもそうはさせまいと、トカゲに飛びかかり噛みつこうとする。
しかし、動いていると影に噛み付いてもすぐさま振り払われることになる。
そのため、逃げ回るトカゲ、それを追いかけるアリという構図になった。
その構図はいつまでも続くのかと思われたのだが、トカゲに振り払われたアリは体のどこかを負傷し、脱落していく。
どれほどの時間がたったのか、ついにトカゲはアリから逃げ切ることに成功した。
それでも、しばらくの間トカゲは走り続け、襲われた場所から数km離れた場所まで来てようやく走るのをやめた。
止まったトカゲは、なぜ襲われたのか不思議に思った。
今までは、アリに襲われることなどなかったのに、と。
トカゲは気付いていなかったが、今まで襲われる事がなかったのは体が小さい時は敵対せず遭遇してもすぐさま逃げており、大きくなっても1匹だけだった時を狙い倒していたのだが、昨夕始めて複数のアリを襲い、しかも何匹か逃している。
そのせいで、アリたちにトカゲの情報が知られ数で当たれば倒せると判断し、トカゲについたアリの匂いを追ってトカゲのもとにたどり着いたのだ。
もし、トカゲがすぐさまに逃げ出さなければ、数の暴力によってありに倒されていた可能性が高かった。
この事で、トカゲはアリが1匹2匹では敵ではないが、群れで襲われれば命を落とすほどの危険性があると理解した。
これからは、もっと用心深くすることを頭に叩き込んだ。
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