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第1章

3話

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 月日が流れ、トカゲは更に大きくなった。
 全長90cmを超え、もう少しで1mへ届きそうだ。
 しかも、ただ大きくなっただけではなく、前足の爪が鋭くなり、その爪で獲物を押さえ込んだり引っ掻いたりして、倒すこともできるようになった。
 皮も厚くなり、以前見た大きなありに噛まれたとしても、そう簡単にはダメージを負うことはなく、一対一ならばまず負けることはない。
 だが、複数で来られるとどうなるかはわからないが。
 しかし、大きく強くなったのはトカゲだけではない。
 蛇もまた、大きく強くなっている。
 トカゲは積極的に狩りをしているのだが、蛇との力の差は縮まったようには思えなかった。
 それもそのはずで、蛇は一度で食べる量がかなり多い。
 その量は、トカゲの数回分はあろう、と思えるほどの量だ。
 そのせいで、トカゲがいくら頑張っても差がなかなか縮まらないのであった。
 唯一の救いは、蛇もトカゲを危険視しているためか、遭遇しても蛇から攻撃してくることはなく、トカゲも蛇と
戦いたいとは思っていないため、戦闘は避けられている事だ。

 トカゲは、今日も獲物を探して草原を動き回っている。
 トカゲの行動範囲は、以前と比べ物にならないくらい広くなった。
 小さい時は半径300mくらいだったが、今では半径2kmくらいになっている。
 その理由はいたって単純で、体が大きくなった分必要とする食事量が増えたためだ。
 以前なら一回の食事は虫1匹で済んでいたが、今ではスライムを数匹食べなければ足りない。
 そうなると、スライムを見つけるために歩き回る距離が伸び、自然と行動範囲が広がったのだ。
 そして今、3匹目のスライムを食べ終わり、腹が満たされたため一休みしようと、近くの木に登り日向ぼっこを始める。
 日差しが気持ちよくウトウトと眠っていると、「キャア!」と言う声が聞こえた。
 なんだと思い、声がした方を見てみると、そこには大きなアリが数匹と、以前見た巨大な生き物に似た生物がいた。
 ただ、以前見たものと比べると、背は低く格好もかなり違う。
 距離は、おおよそ30m。
 巨大な生物はともかく、大きなアリは好都合だった。
 どうやら長い時間眠っていたらしく、空が赤く染まっており、満ちていた腹は、空いていたからだ。
 木から降り、声のした方へと向かって行く。
 ガサガサと草を掻き分けて向かい、声のした場所にたどり着くと、謎の巨大な生物が縮こまり、その周りをアリたちが囲んでいた。

「こ、こないで!」

 謎の生物はそう叫ぶが、アリたちは徐々に近寄って行く。
 アリたちは、謎の生物を襲うつもりらしいが、こちらには気づいておらず絶好のチャンスだ。
 トカゲは、近くのアリに素早く近寄り、右前足を振るう。
 すると、トカゲの爪がアリの腹部を切り裂いた。
 この程度では、虫であるアリはすぐには死にはしないが、大きなダメージとなったはず。
 案の定、腹部を切り裂かれたアリは、動きが鈍り隙だらけとなった。
 だが、この行動によって他のアリたちはトカゲに気づき、近くにいたアリたちはトカゲに向かって行く。
 しかし、トカゲは、そんなアリたちに対し、慌てる事なく、向かってくる右側のアリに右前足を振るいアリの頭を抑え込む。
 こうすれば、体重と力の差でアリはほとんど動けなくなるが、文字通りに悪足掻きをするが、ビクともしない。
 左側のアリに対しては頭に噛み付き、そのまま左右に頭を振る。
 すると、アリは大きく左右に振られ、そして、ブチッという音と共に頭と胴体が離れ離れになる。
 踏みているアリを除けば、残り3匹。
 距離があるため、少し時間があると判断し、踏みつけていたアリの胴に左前足で薙ぎ払う。
 すると、ブチブチッという音と共にこれまた、胴体が頭から離れて飛ぶ。
 それを見たアリたちは、身を翻し逃げて行く。
 トカゲは、逃げて行くアリを放って、残った生物に目を向ける。

 しっかりと見ると、以前見たものよりもはるかに小さい。
 せいぜい半分くらいの大きさだろう。
 ……もしかしたら、こいつは幼体なのだろうか?
 だとすれば、簡単に仕留めることはできそうだが……。

 仕留めるかどうか悩んだが、やめたほうがいい、と本能が囁く。
 ならば、この幼体は放っておいて、仕留めたアリを食べることにした。
 腹部を切り裂いたアリはまだ動いてはいるが、動きはどんどん小さくなり放っておけばそう経たないうちに死ぬだろうが、念を入れて頭を踏み潰す。
 右前足を上げてアリの頭へ叩き下ろすが、アリの頭が頑丈のため潰れることなく地面にめり込んでしまった。
 しかし、これが決め手となったのか、アリは動きを止める。
 これなら大丈夫だろうと、アリから足を退ける。
 死んだことを確認すると、アリの胸部に噛みつき、咀嚼して飲み込む。
 初めてこの巨大なアリを食べた時は、腹部から食べていたのだが、胸部を食べると力が湧いてくるのを感じるようになり、それ以降は、まず胸部から食べるようになった。
 残る2匹も、胸部から食べていき、その後に腹部を食べた。
 残った頭だが、頑丈なので食べづらいのでそのまま放っておく。
 トカゲは食事が済むと、食休みとでもいうようにその場に伏せてしまった。
 その場に残された人族の子供——童女——は、トカゲとアリの戦闘に恐怖したが、トカゲが自分に攻撃する様子がないことがわかり、トカゲに声をかけることにした。

「ね、ねぇ。私のこと、守ってくれたの?」


 しかし、トカゲは反応はしない。
 それを見た童女はどうするべきか悩んだが、自分を守ってくれたように見えるトカゲに恐る恐る近寄るが、それでも反応しないと影にそっと手を伸ばす。
 そして、童女の手がトカゲの背に触れると、トカゲはギロリと童女を睨む。
 正確には、トカゲは童女を見ただけなのだが、童女は睨まれたように感じてしまった。

「ヒィっ!」

 童女は慌てて手を引っ込めるが、トカゲは全く動く様子を見せない。
 しばらくしてもトカゲが動かないことがわかった童女は、再び手を伸ばしトカゲの背に触れるが、今度はトカゲは全く反応しなかったので、そのままトカゲの背中を撫でてみる。

「うわぁ。すべすべしてる。それにひんやりして気持ちいい」

 童女はあまりの気持ちよさに、トカゲを撫でることに夢中になる。
 どれくらいの時間が経っただろうか、日はほとんど沈み暗闇に覆われそうになった時、トカゲがピクリと動く。
 それとほぼ同じくらいに、かすかに男性の声が聞こえてきた。
 その声に童女は聞き覚えがあったのか口を開く。

「この声、パパだ!」

 童女はそういうなり、立ち上がって声のした方に向く。
 トカゲは、童女が立ち上がったことによる隙をついて、その場を去って行く。
 この場にいるのは危険だと感じたからだ。
 それを見た童女は「あっ」と声を出したが、近づいてくる父親の声に向かって走って行く。
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