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第三話 余命

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橋の上の街灯に照らされながら、井口がこちらに話しかけてきた。


「どうも」

「はいどうも!その後どうです~?お仕事、うまくいってます?」

「おかげさまでね。飯もちゃんと食べれてるし、ジムの成果も出てますよ。」

「うんうん、いい感じですねー。仕事も私生活もたいへん良好。さっきスマホをに見ながらにやにやしてましたけど、お相手は誰です?河野ちゃん?新田さん?」

「…なんで知ってるんです?まさか、いつも監視してるんですか?」

「監視だなんて人聞きが悪いですよー。私は山井さんのエンディングプランナーですから、最高のエンディングを迎えていただくために、人間関係をきちんと把握しておかなければいけないんです。」

「…まあいいです。こっちもそのおかげで楽しく暮らせているんだし。それで、今日は何です?」


正直、山井は井口が得意ではなかった。いつも飄々としていて、人のプライバシーを守ろうともしない。
最初こそどうにでもしたらいいと思っていたが、近ごろはこの配慮のなさが気に食わない。辞めてくれと言っても、仕事だから仕方ないんですと言って相手にしようとしない。
しかし、今は一刻も早く家に帰って、明日の準備に取り掛かりたかった。服を選ばなければならないし、爪だのムダ毛だの、細かい処理もしておきたい。あとは…


「実は、山井さんのエンディングプラン実行の日取りが決まりました!」


一瞬で全身の血の流れが重くなったのを感じた。
鞄の中をあさりながら、一歩あゆみ寄る井口。


「といっても、詳しい日程をお伝えすることはできないんですけどね。先に本人に言っちゃうと色々と段取りに不都合が出る場合があるんです。でもプランの進捗自体はきちんと連絡する決まりになっているので、ご報告に参りました。電話とかでもいいんですけどね、大切なことなので、直接会ってお伝えしたいなと!」


張り付いた満面の笑みが街灯に照らされている。
さっきまでの高揚は忘れ、焦りが山井の脳内を駆け巡る。


「ちょっと待ってください。それじゃあ、俺はもうすぐ死ぬんですか?」

「…もうすぐ、かどうかはお教えできませんけど~、少なくとも、私どものプランニングによりエンディングを迎えることは確かですね!雨の夜、人生に絶望した末の飛び降り自殺などではなく、ヒーローとして、男としてかっこよくエンディングを迎える。…とっても素敵です!山井さんもそうなりたくてこのプランを望んだんでしたよね♪」

「それはそうですけど…!すみません、ちょっと待ってください。なんていうか、やっぱりそのエンディングプランっての中止できないですか。冷静に考えて、人の死に方を決めるなんておかしいというか、倫理的に」

「無理です。」


冷酷な言葉が夜を切り裂くようだった。井口の口角は上がったままだが目は明らかに笑ってない。


「…っ、最近、ようやく人生が楽しいと思い始めてきたんです!仕事も私生活も順調だし、明日は、その、女性と食事にも行くことになった。こんなの初めてなんだ!そりゃ確かにあの日は死にたいって思ってたし、実際死のうとした。だけど今は違う!生きたいって思えるようになったんだ!だからもう、エンディングプランは必要ない。あの日助けてくれたことには感謝するけど、俺はまだ生きたいし、もう契約は終わりにしてください!」

「無理ですよ。演出はもう契約を交わしたあの日から始まっていますから。スケジュールも進んでいるんです。転職したのもジムに通ってもらっているのも、全てエンディングプランの一環です。すでに山井さんのエンディングプランのために私たちは予定を組んで動いているんです。」

「た、確かに色々お世話にはなりました。だから感謝しているし、今の俺があるのは、すべてあなたのおかげです。そうだ、サポートの分のお金は払いますよ。すぐには無理だけど、今の仕事は給料もいいし払えない額じゃないはずでしょう。」

「無理です。山井さんの転職や体調のサポートなんてプランニングの一部にすぎません。私たちは仕事のためにもっと大きな準備をして、たくさんのお金が動いているんです。あなたのエンディングプランが実行されないと、全てが狂う。だから無理です。変えられませんよ。」


井口の声は冷たく、鋭い。淡々と放つ彼女の言葉が、まるで鎌のように山井の心臓を切り刻んでくるようだった。
何を言っても無駄なようだ。


「…もういいです、今日はもう帰ってくれませんか。この話は明日、いや明後日以降にしましょう。金の話もそのときに頼みいます。とにかく、今日と明日は忙しいんですよ。」


そういって山井は井口の横を通り過ぎ、振り返ることなくまっすぐ歩く。
時計の針はちょうど0時を回っていた。あの冷酷な笑みで強引に呼び止められることを恐れたが、幸い井口が街灯の下から動く気配はなく、ひとまず安堵する。
しかし数歩進んだところで、耳元で囁かれるような井口の声が聞こえた。


「では、また明日。」
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