エンディングプランナー

モモタロー!

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第二話 変化

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「エンディングの時期なのですが、諸々の準備が必要で、正確な時期が分からないんです。日程が決まり次第ご連絡しますので、それまでお待ちくださいね♪」


翌日、井口は山井の家の机でややこしい書類やらなんやらを広げていた。
井口の複雑な説明を、山井はぼーっと聞いていた。いくつかの生命保険の手続きも行うらしい。


「死ぬ前にいくつも保険に入ったら怪しまれませんか。」

「色々コツがあるんですよ。詳しくは企業秘密ですけどね。あ、そうそう!今の会社も転職してもらいます。山井さんの職場を少し調べさせてもらったんですがね、今のままじゃ『ヒーロー』としてエンディングを迎えるのは難しいかなと。なのでもっと山井さんにとって良い環境の職場で働いてもらって、仕事でも私生活でも『ヒーロー』にふさわしい人なってもらいます!大丈夫、ウチの会社、弁護士とかリクルーターとか、いろーんなパイプを持ってますから、心配しなくていいですよ♪」

…数週間後、井口のサポートもあり次の職場の目途がたったころ、キラキラと目を輝かせた彼女に「そろそろ憎きブラック会社とおさらばしましょう♪」と背中を押され、山井は上司に辞職を申し出た。


「ふーん、そう。逃げるんだ。別にいいけどね、君みたいな何もできない人間、どこに行っても役立たずで使われないと思うよ。辞めないことが取り柄だったのに、その取り柄すらなくなってどうすんのさ?こんなクソ忙しいときに辞める非常識さも意味分かんないし。有休?そんなもんないよ。普通に今日からクビだよクビ。さっさと帰れよ。ていうか一回死んでやり直したら?ほら、アニメとかで今そういうの流行ってるんでしょ?」


…大体予想通りの応答だった。
ので、録音レコーダーを取り出した。部長はぎろりと山井の顔をにらむ。


「はぁ?なんのつもり?」

「最後の証拠を録ったんです。実はここ最近、ほかの社員にも協力してもらって、ずっと部長のパワハラとかセクハラとか記録していました。残業代だの有休だのの問題も、労基に言ってます。近々弁護士とかから連絡あると思うんで、逃げないでくださいね?」


そういって部長のデスクを後にした山井は自席に戻り、帰り支度を始めた。
すると、隣の席の眼鏡をかけた女性社員が話しかけてきた。


「や、山井君、遂に言ったね…!やっぱり辞めちゃうの…?」

「うん、予想通りスムーズにはいかなかったけど、あとは弁護士の人に任せるよ。業務の引継ぎは裏で進めてたし、労基の人とのやり取りも木村先輩が受け持ってくれるみたいだから、僕が残る意味もないし。先に行くよ。」


エンディングプランの利用を決めた週明け、山井は部署のメンバーに会社を辞める予定を告げていた。メンバーに部長への忠誠心はなく、山井(裏には井口の指示があるのだが)からの労働基準監督署への告発の提案もすんなり受け入れていた。


「河野さんは?会社に残るの?」

「う、うん…転職活動は大変だし、この仕事自体は好きだから…。今の状況が変わるなら何とかやっていけるかなって。基準署の人もしっかりやってくれるって言ってたし。」

「分かった。元気でね。」

「うん。…あ、連絡先!もらってもいいかな…?ほ、ほら、途中経過とかも教えたいし!」

「そういえば会社の人と連絡先を交換することなかったっけ…。いいよ、交換しよう。」


ぱぁっと花が開いたような顔をした河野はスマホを取り出すが、どうやら連絡先交換の操作に慣れていないらしく、手間取っていた。結局山井が自ら河野のスマホも操作し、互いの連絡先を交換する。
異性とこのやりとりをしたのはいつぶりだろう…意識した途端、急に頬が紅潮する気がした。


「ありがとう!…じゃあ、またメッセージ送るね。」


次の職場に通い始めるまでに少し期間があったので、井口に勧められてジムに入会した。
彼女曰く、ヒーローたるもの、がっしりとした体つきが必須らしい。
元々運動に全く縁がなかったわけではないが、本格的に体を鍛えるのは初めてだった。1か月も通い続けると多少の筋肉の変化が自覚できるようになり、楽しさも感じるようになる。食習慣の改善もしたことで、学生時代から続いてきた痩せ型の体型は、徐々に肉付きの良い健康的な身体に変わりつつあった。

新しい職場は食品関係の会社の広報だった。業務内容こそ慣れないことが多く大変だったが、山井にとっては労働環境が以前とは比べ物にならないほど良いものになったことが何より重要だった。部署内の意見の風通しがよく、ランチの時間もしっかり取れる。定時帰りできたことに感動すらした。


「山井君、仕事の覚えも早いし良く気が回るね。ただ、ちょろーんと頑張りすぎなところはあるから、もっと気楽にしてもいいと思うよ?あ、荷物、持ってくれてありがとうね。」


入社から2週間、山井は直属の先輩として世話になっている女性と一緒に帰るようになっていた。
新田というその女性は年齢こそ山井と一つしか違わないが、仕事の手際の良さや面倒見の良さは部署内でも抜きんでている。常に明るく振舞い、業務の相談も日常会話も何でも話せてしまう。部署内の雰囲気は彼女が作り出しているようだった。

山井と新田は週に何度かランチを共にし、週末は飲みに行くことも増えていく。互いに酒は得意な方ではなかったので、1時間ほどしか店で過ごす事はなかったが、山井にとってのひそかな楽しみになっていた。
お互いに踏み込んだ話もするようになった。彼女には『かれん』という年の離れた小学生の妹がいるのだが、両親が亡くなっているため、大学まで通わせてあげるための費用を貯金しているらしい。
山井も、前の職場での話をするようになっていた。

河野との連絡も続いていた。結局あの部長は会社を辞めさせられ、部署丸ごと大規模な監査が入ったらしい。今ではだいぶマシな環境になったそうで、河野の文面から仕事の楽しさが伝わってきた。徐々に趣味や学生時代の話もするようになり、スマホの通知を気にしているところを新田にからかわれることもあった。


「02:15 今週の土曜日、一緒にごはんとかどうかな?
もう予定とか入ってたら別にいいんだけど…」


ある朝届いていたメッセージを見て飛び起きた。心臓がドクドクと脈打つが、一人暮らしの部屋で意味もなく平静を装う。平日の食事こそ新田と行くことはあるが、休日に誘われることなど初めてだった。


「えー!行きなよ!ずっと言ってた前の職場の子でしょ?もーう、山井君も隅に置けないなぁー、何でもないって言ってたくせに、しっかり唾つけてたんですかぁ?」


酒の席ではすっかり山井を揶揄うようになった新田が、面白そうに茶化す。


「じゃあ、今日はもう早く帰らなきゃだね!といっても、いつも私たち帰るの早いけどー。…まいっか!さて、今日はお姉さんが奢ってあげます!山井君は明日のデートを頑張ってきなさい!そんでちゃんとどうなったかを報告すること!」

「だからまだデートって決まったわけじゃないですって」


そう言った山井を背に、新田は会計に向かった。もう、と息を吐く山井は、口角が上がるのを何とか抑えようとしていた。
店から出た後、電車の中で新田は明日の作戦だの、自分も明日は妹の土曜参観を見に行った後に二人で映画に行くのだというような話をしていた。いつもより酔っていたようだが、駅に着くころには酔いも醒めたようで、いつもの笑顔を見せながら電車を降りて行った。


「じゃね、明日は頑張りなよ」


電車のドアが閉まり、ふう、と一息着いた後、メッセージで河野と明日の待ち合わせの相談を始めた。
待ち合わせ時間と場所こそすぐに決まったものの、駅に着いてからも河野とのメッセージは止まらなかった。改札を通り、長い坂を上って橋に差し掛かるまで、にやにやとほくそ笑む山井の顔がスマホのブルーライトに照らされていた。


「あ、山井さん、待ってましたよ♪」
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