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第3幕 時戻しの世界で 後編
第46話 傍にいる
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「……これは風邪ですな」
主治医の先生の言葉に、私は涙をグッと堪えた。
傍に付き添っている侍女のサリーは「だから命に別状はないと言ったでしょう」と私をなだめる。ベルナルド様の顔は赤く少し苦しそうだが、安静にしていれば今日明日でよくなるという。私は主治医に感謝を伝えた。
ベルナルド様のご両親は残念なことに、魔獣死体遺棄事件の調査などで屋敷には戻ってきていない。何より今日と明日は王都デートをする予定だったのもあり、屋敷を空けるつもりだったのだ。
「シャル、すまない」
「そんなことよりも、しっかりと休んでください。私が付きっきりで看病します!」
「いや……」
「すぐに準備しますね!」
ベルナルド様の返事も待たず、自室に戻って外出用のドレスから侍女服に着替える。こちらの方が何かと動きやすいし、黒で体のラインが出るこの服装はゲームの時から気に入っていたのだ。黒のロングワンピースに白のエプロン、黒タイツと革の靴。髪型も三つ編みにしてもらい、準備万端だ。どうみても新人侍女にしか見えない。着替えた後、ベルナルド様の部屋に戻った。
私が戻ってくる間に、ベルナルド様は上半身を起こして薬を飲み終えていたようだった。
汗をかいていた寝間着も既に着替えている。先手を打たれたが、それで諦める私ではない。
「今日からベルナルド様が完治なさるまで、誠心誠意看病させて頂きます」
「(健気で可愛らしい発言に、理性が飛びそうなのだが)……却下だ」
「え……」
力なく断るベルナルド様に私は項垂れるものの、諦めずに詰め寄る。
「うう……看病ダメですか?」
「お前に移ったらどうする?」
「私は頑丈なので大丈夫です!」
「(近い。可愛い……キスしそうになる)……だいたい看病って何をする気だ?」
そう言われて私は「待っていました」と言わんばかりに、自分の入院時の経験を思い出し提案する。
「まずはご飯を食べさせて、着替え、それと体を暖かいタオルで拭いて、眠っている間も傍にいます」
「食べさせ……いや着替え!?」
さらに顔を真っ赤にしたベルナルド様は目眩を起こしたのか、ベッドに横になる。私が折れないことを早々に察したのか「好きにしろ」と投げやりに呟いたが、言葉のキレはない。
ベルナルド様の許可が出たので執事のジェフに屋敷の管理を任せ、私専属の侍女であるサリーとエリナーにも手伝ってもらい看病に集中する――といっても、薬を飲んだ後は額の上にある濡れタオルを定期的に交換して、汗が掻いていたら軽く顔や首元を拭う程度で、張り切った割にやることが少ない。
(どうしましょう。もうやることがない。ぐっすり眠っているベルナルド様の傍に居たら、気が散って眠りが浅くなるかもしれないし……書庫に行って風邪の対処法とか美味しい料理本を見つけてこようかしら)
そっとベッド傍のソファから立ち上がり離れようとしたところで、ベルナルド様が私の袖を掴んだ。ちょん、とつまむ程度で無骨な手が私の袖を掴んだまま離さない。
起こしてしまっただろうか、そう思ってベルナルド様の顔を見ると寝息を立てたままだ。
「まあまあ、無意識に離れたくないなんて……」
「坊ちゃまもやりますね」
後ろで気配を消していたエリナーとサリーは微笑ましく呟いた。私はなんだか恥ずかしさと嬉しさで頬に熱が集まるのを感じた。ソファに座り直して、彼の大きな手を両手で包み込むように掴んだ。その直後ベルナルド様は満足そうに口元が綻んだ――気がする。
(そういえばパーティー会場の帰りの馬車で眠ってしまった時、ベルナルド様から密着して離れなかったって言われたけれど、こんな感じだったのかな?)
無意識に傍にいたい、離れたくない――と私が思ったように、ベルナルド様が思ってくれたのなら嬉しい。王都デートはできなかったけれど、その代わりベルナルド様の本心に触れられたような気がして嬉しかった。
***
数日後。
幸福というのは長くは続かないと言うのを実感する。
自分の貧弱さを呪った。
「…………風邪ですな」
「だろうな」
「うう……」
「だから看病するなと言ったんだ」
「す、すみません……」
主治医とベルナルド様に指摘され、私は小さく蹲った。穴があったら入りたい、そして冬眠したい。
ベルナルド様は一日ぐっすり眠った次の日にはかなり回復しており、代わりに私が風邪気味になって数日後に寝込むことになった。
薬を出されて主治医の先生が帰ると、ベルナルド様は一人用の椅子をベッドの傍に付けて座り込んだ。私は首元までしっかりと掛け布団と毛布を掛けられて視線だけ彼に向ける。
「風邪が移ってしまいますよ?」
「安心しろ、お前と違ってベッドの傍で寝落ちして風邪を引くことはしない」
「うっ……」
「お前が眠るまで傍にいるからちゃんと休め」
ポンポンと頭を撫でられて熱がさらに上がった気がする。
(体調が悪いときに傍にいてもらうって……安心する)
もぞもぞと手を動かしてベルナルド様へ手を伸ばそうとしたら、その前に彼の大きな手に包まれた。
「ほら、手も繋いでやるから早く直せ」
「……はい」
「王都デートは入学後になりそうだな」
「あ……。もうすぐ入学でしたものね」
「制服も明日届くからな。お前が入学するタイミングで俺も復学するから一緒に登校ができるな」
(一緒に登校……!)
その言葉になんだか胸が温かくなった。
元の世界でも入院してしまって青春らしい学校生活とは無縁だったのを思い出す。友達ができるかとか、学校になじめるかなど不安な部分もあったがアイリス様とベアト様という心強い二人がいるのだ。それに学年は違うもののベルナルド様もいる。
不安よりも楽しみでウキウキする気持ちが上回った。
「ベルナルド様」
「なんだ?」
無表情のままだが、その眼差しや声はとても温かい。
それがすぐにわかるぐらいベルナルド様を見てきた。
「一緒の制服を着てデートをしてみたいです」
「ああ、なら学校が終わった後で行くとしよう」
「はい。……それからテストが近くなったら、一緒に図書館で勉強もしたいです」
「そうだな、俺は問題ないがお前は初めてのことも多いだろうし。……だが家じゃなくて図書館が良いのか?」
「はい。ちょっと憧れがあったので」
「そうか。……昼は一緒に摂るとしよう。俺がいないときはあの二人と一緒に行動をして、できるだけ一人にならないようにしろ」
「……はい」
「それから見知らぬ奴からの誘いは俺を通すように言っておけ」
「ふふっ」
過保護過ぎる気がするけれど、ベルナルド様の気遣いに胸が温かくなる。薬が効いてきたのか瞼が重く、意識が遠のいていく。
もう少しベルナルド様とお話がしたかったけれど、睡魔の誘惑には勝てずそのまま意識を手放した。
「シャル、愛している」
私も、とちゃんと言葉にできていただろうか。
頬に何か触れた気がしたがそのまま私は深い眠りに落ちた。
主治医の先生の言葉に、私は涙をグッと堪えた。
傍に付き添っている侍女のサリーは「だから命に別状はないと言ったでしょう」と私をなだめる。ベルナルド様の顔は赤く少し苦しそうだが、安静にしていれば今日明日でよくなるという。私は主治医に感謝を伝えた。
ベルナルド様のご両親は残念なことに、魔獣死体遺棄事件の調査などで屋敷には戻ってきていない。何より今日と明日は王都デートをする予定だったのもあり、屋敷を空けるつもりだったのだ。
「シャル、すまない」
「そんなことよりも、しっかりと休んでください。私が付きっきりで看病します!」
「いや……」
「すぐに準備しますね!」
ベルナルド様の返事も待たず、自室に戻って外出用のドレスから侍女服に着替える。こちらの方が何かと動きやすいし、黒で体のラインが出るこの服装はゲームの時から気に入っていたのだ。黒のロングワンピースに白のエプロン、黒タイツと革の靴。髪型も三つ編みにしてもらい、準備万端だ。どうみても新人侍女にしか見えない。着替えた後、ベルナルド様の部屋に戻った。
私が戻ってくる間に、ベルナルド様は上半身を起こして薬を飲み終えていたようだった。
汗をかいていた寝間着も既に着替えている。先手を打たれたが、それで諦める私ではない。
「今日からベルナルド様が完治なさるまで、誠心誠意看病させて頂きます」
「(健気で可愛らしい発言に、理性が飛びそうなのだが)……却下だ」
「え……」
力なく断るベルナルド様に私は項垂れるものの、諦めずに詰め寄る。
「うう……看病ダメですか?」
「お前に移ったらどうする?」
「私は頑丈なので大丈夫です!」
「(近い。可愛い……キスしそうになる)……だいたい看病って何をする気だ?」
そう言われて私は「待っていました」と言わんばかりに、自分の入院時の経験を思い出し提案する。
「まずはご飯を食べさせて、着替え、それと体を暖かいタオルで拭いて、眠っている間も傍にいます」
「食べさせ……いや着替え!?」
さらに顔を真っ赤にしたベルナルド様は目眩を起こしたのか、ベッドに横になる。私が折れないことを早々に察したのか「好きにしろ」と投げやりに呟いたが、言葉のキレはない。
ベルナルド様の許可が出たので執事のジェフに屋敷の管理を任せ、私専属の侍女であるサリーとエリナーにも手伝ってもらい看病に集中する――といっても、薬を飲んだ後は額の上にある濡れタオルを定期的に交換して、汗が掻いていたら軽く顔や首元を拭う程度で、張り切った割にやることが少ない。
(どうしましょう。もうやることがない。ぐっすり眠っているベルナルド様の傍に居たら、気が散って眠りが浅くなるかもしれないし……書庫に行って風邪の対処法とか美味しい料理本を見つけてこようかしら)
そっとベッド傍のソファから立ち上がり離れようとしたところで、ベルナルド様が私の袖を掴んだ。ちょん、とつまむ程度で無骨な手が私の袖を掴んだまま離さない。
起こしてしまっただろうか、そう思ってベルナルド様の顔を見ると寝息を立てたままだ。
「まあまあ、無意識に離れたくないなんて……」
「坊ちゃまもやりますね」
後ろで気配を消していたエリナーとサリーは微笑ましく呟いた。私はなんだか恥ずかしさと嬉しさで頬に熱が集まるのを感じた。ソファに座り直して、彼の大きな手を両手で包み込むように掴んだ。その直後ベルナルド様は満足そうに口元が綻んだ――気がする。
(そういえばパーティー会場の帰りの馬車で眠ってしまった時、ベルナルド様から密着して離れなかったって言われたけれど、こんな感じだったのかな?)
無意識に傍にいたい、離れたくない――と私が思ったように、ベルナルド様が思ってくれたのなら嬉しい。王都デートはできなかったけれど、その代わりベルナルド様の本心に触れられたような気がして嬉しかった。
***
数日後。
幸福というのは長くは続かないと言うのを実感する。
自分の貧弱さを呪った。
「…………風邪ですな」
「だろうな」
「うう……」
「だから看病するなと言ったんだ」
「す、すみません……」
主治医とベルナルド様に指摘され、私は小さく蹲った。穴があったら入りたい、そして冬眠したい。
ベルナルド様は一日ぐっすり眠った次の日にはかなり回復しており、代わりに私が風邪気味になって数日後に寝込むことになった。
薬を出されて主治医の先生が帰ると、ベルナルド様は一人用の椅子をベッドの傍に付けて座り込んだ。私は首元までしっかりと掛け布団と毛布を掛けられて視線だけ彼に向ける。
「風邪が移ってしまいますよ?」
「安心しろ、お前と違ってベッドの傍で寝落ちして風邪を引くことはしない」
「うっ……」
「お前が眠るまで傍にいるからちゃんと休め」
ポンポンと頭を撫でられて熱がさらに上がった気がする。
(体調が悪いときに傍にいてもらうって……安心する)
もぞもぞと手を動かしてベルナルド様へ手を伸ばそうとしたら、その前に彼の大きな手に包まれた。
「ほら、手も繋いでやるから早く直せ」
「……はい」
「王都デートは入学後になりそうだな」
「あ……。もうすぐ入学でしたものね」
「制服も明日届くからな。お前が入学するタイミングで俺も復学するから一緒に登校ができるな」
(一緒に登校……!)
その言葉になんだか胸が温かくなった。
元の世界でも入院してしまって青春らしい学校生活とは無縁だったのを思い出す。友達ができるかとか、学校になじめるかなど不安な部分もあったがアイリス様とベアト様という心強い二人がいるのだ。それに学年は違うもののベルナルド様もいる。
不安よりも楽しみでウキウキする気持ちが上回った。
「ベルナルド様」
「なんだ?」
無表情のままだが、その眼差しや声はとても温かい。
それがすぐにわかるぐらいベルナルド様を見てきた。
「一緒の制服を着てデートをしてみたいです」
「ああ、なら学校が終わった後で行くとしよう」
「はい。……それからテストが近くなったら、一緒に図書館で勉強もしたいです」
「そうだな、俺は問題ないがお前は初めてのことも多いだろうし。……だが家じゃなくて図書館が良いのか?」
「はい。ちょっと憧れがあったので」
「そうか。……昼は一緒に摂るとしよう。俺がいないときはあの二人と一緒に行動をして、できるだけ一人にならないようにしろ」
「……はい」
「それから見知らぬ奴からの誘いは俺を通すように言っておけ」
「ふふっ」
過保護過ぎる気がするけれど、ベルナルド様の気遣いに胸が温かくなる。薬が効いてきたのか瞼が重く、意識が遠のいていく。
もう少しベルナルド様とお話がしたかったけれど、睡魔の誘惑には勝てずそのまま意識を手放した。
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