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最終幕 本当の夫婦になるまで
第63話 ずっと一緒
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それから私と対話したハンナの処分は、本人の希望通り天界への帰還だった。彼女の目的もまた果てない旅路の終着を求めたのだろう。
マクヴェイ公爵家総出でハンナを追い詰め、アイリスの力で天界の門を一時的に開いたという。ちなみにこの件は教会で内々に処理されたそうだ。
ハンナに協力した生徒や、自称異世界転生者と名乗ったエウレカも詐欺罪で逮捕されたとか。
(一周目で私の専属侍女だったことやルディー様を焚きつけ、ベルナルド様と意図的に距離を取るよう画策したのもハンナだったなんて。記憶が戻った今……思えば花女神を強く信仰していたけれど、あれば本来の自分に戻ることをずっと願っていたから……? だとしてもその為に周りを傷つけるやり方は……やっぱり許せそうにない)
「天界の帰還って、ちょっとぬるすぎない?」
「そんなことないわよ。天界というのは物質世界ではない概念に近いから、感情だとか肉体だとかそういったものはない。なにより神々の権能もない魂だけが向かおうとしても存在が維持できず、ずっと彷徨い続けるしかないわ。でも彼女が望んだのだから叶えてあげたわ」
「怖っ、え、怖っ」
「ベアト? ……えっとハンナは目的を遂げたんですよね?」
「シャル、アンタは聞かなくていい! ……本当に、アイリスを怒らせると怖いってのがわかったわ」
「?」
「シャル」
聞き覚えのあるバリトンの声に、ドキリとする。
ベルナルド様の仕事が終わるのは夕方だと聞いていたのに、思っていた以上に早い登場に驚いた。黒の軍服にコートは正直言って格好いい、眼福の一言に尽きる。
「ベルナルド様! お仕事はもう大丈夫なのですか?」
「ああ。父が対応してくれることになった。……少し来るのが早かったか? シャルに会えるならと勇んで来てしまったようだ」
「そんなベルナルド様も素敵です」
「あーはい、はい。惚気をごちそうさま」
「それなら私たちもベルナルドに見せつけてやろうか?」
ベルナルド様の後ろから現れたのは、アルバート殿下だった。唐突な登場に、私たちは席を立って挨拶をしようとしたが、それをアルバート殿下が制止した。
「非公式だし挨拶は不要。……それに私は愛しい婚約者を迎えに来ただけだ」
「殿下。……その手に持っている衣服はなんですか? 侍女服に見えるのですが」
「あははは。なんだろうね」
「殿下」
警戒する猫のように殿下を窘めているが、本気で怒っているのとは違うのがすぐにわかった。大会の一件から二人の雰囲気も以前よりも穏やかなものになりつつある。今は揶揄うことに重点を置いてそうだけれど。
「それじゃあ、今回のお茶会はお開きにしましょう。私もローマンに会いたくなったし」
アイリスの一言でお茶会は中断し、それぞれの馬車に乗って屋敷に戻ることになった。
***
舗装された道なので、馬車の中で振動はあまり大きくない。それでもカーブなどのときは、ベルナルド様の肩にもたれかかってしまう。
「あ」
「辛くはないか? なんなら膝の上でも」
「だ、大丈夫です!」
「そうか(やっぱり早めにお茶会を邪魔したのは良くなかったか? 嫌われた? もしくは呆れられた?)」
笑顔が陰るベルナルド様に、胸が締め付けられてしまう。何か粗相をしてしまったか。あるいは不安にさせる言動をしてしまったか。
「やっぱり馬車の揺れが振動が酷いので、膝の上をお借りしても?」
「もちろん」
ベルナルド様はすばやく私を抱き上げてしまう。膝の上に乗るではなく、完全にお姫様抱っこ状態だ。とても恥ずかしいのだが、ベルナルド様が途端に笑顔になるので撤回することはできない。
(前よりも表情が表に出やすくなっている。……ベルナルド様は自覚しているのかしら?)
「シャル。……あの時と比べて……少しは成長できているだろうか」
ベルナルド様は本当に時々、そう私に尋ねるときがある。私が一周目の記憶を思い出したことで、ベルナルド様的にいろいろと思うところがあるのだろう。
それは過去と同じことを繰り返さないための行為であり、また自分を省みるための言葉だ。
「もちろんです。とても素敵に成長されていて、ますます好きになります」
「シャル、愛している。これからも俺の傍にいてくれ」
「はい。私も愛しております」
「……じゃあ、俺が卒業を迎えたら、結婚してくれるか?」
「……っ!?」
顔を真っ赤にしながら尋ねるベルナルド様に私は「はい、喜んで」と即答で答えた。
恋人であり婚約者である私たちは、今度こそ本当の夫婦になるため一歩一歩互いに歩み寄り、尊敬し、相談し、慈しみ、進んでいく。
マクヴェイ公爵家総出でハンナを追い詰め、アイリスの力で天界の門を一時的に開いたという。ちなみにこの件は教会で内々に処理されたそうだ。
ハンナに協力した生徒や、自称異世界転生者と名乗ったエウレカも詐欺罪で逮捕されたとか。
(一周目で私の専属侍女だったことやルディー様を焚きつけ、ベルナルド様と意図的に距離を取るよう画策したのもハンナだったなんて。記憶が戻った今……思えば花女神を強く信仰していたけれど、あれば本来の自分に戻ることをずっと願っていたから……? だとしてもその為に周りを傷つけるやり方は……やっぱり許せそうにない)
「天界の帰還って、ちょっとぬるすぎない?」
「そんなことないわよ。天界というのは物質世界ではない概念に近いから、感情だとか肉体だとかそういったものはない。なにより神々の権能もない魂だけが向かおうとしても存在が維持できず、ずっと彷徨い続けるしかないわ。でも彼女が望んだのだから叶えてあげたわ」
「怖っ、え、怖っ」
「ベアト? ……えっとハンナは目的を遂げたんですよね?」
「シャル、アンタは聞かなくていい! ……本当に、アイリスを怒らせると怖いってのがわかったわ」
「?」
「シャル」
聞き覚えのあるバリトンの声に、ドキリとする。
ベルナルド様の仕事が終わるのは夕方だと聞いていたのに、思っていた以上に早い登場に驚いた。黒の軍服にコートは正直言って格好いい、眼福の一言に尽きる。
「ベルナルド様! お仕事はもう大丈夫なのですか?」
「ああ。父が対応してくれることになった。……少し来るのが早かったか? シャルに会えるならと勇んで来てしまったようだ」
「そんなベルナルド様も素敵です」
「あーはい、はい。惚気をごちそうさま」
「それなら私たちもベルナルドに見せつけてやろうか?」
ベルナルド様の後ろから現れたのは、アルバート殿下だった。唐突な登場に、私たちは席を立って挨拶をしようとしたが、それをアルバート殿下が制止した。
「非公式だし挨拶は不要。……それに私は愛しい婚約者を迎えに来ただけだ」
「殿下。……その手に持っている衣服はなんですか? 侍女服に見えるのですが」
「あははは。なんだろうね」
「殿下」
警戒する猫のように殿下を窘めているが、本気で怒っているのとは違うのがすぐにわかった。大会の一件から二人の雰囲気も以前よりも穏やかなものになりつつある。今は揶揄うことに重点を置いてそうだけれど。
「それじゃあ、今回のお茶会はお開きにしましょう。私もローマンに会いたくなったし」
アイリスの一言でお茶会は中断し、それぞれの馬車に乗って屋敷に戻ることになった。
***
舗装された道なので、馬車の中で振動はあまり大きくない。それでもカーブなどのときは、ベルナルド様の肩にもたれかかってしまう。
「あ」
「辛くはないか? なんなら膝の上でも」
「だ、大丈夫です!」
「そうか(やっぱり早めにお茶会を邪魔したのは良くなかったか? 嫌われた? もしくは呆れられた?)」
笑顔が陰るベルナルド様に、胸が締め付けられてしまう。何か粗相をしてしまったか。あるいは不安にさせる言動をしてしまったか。
「やっぱり馬車の揺れが振動が酷いので、膝の上をお借りしても?」
「もちろん」
ベルナルド様はすばやく私を抱き上げてしまう。膝の上に乗るではなく、完全にお姫様抱っこ状態だ。とても恥ずかしいのだが、ベルナルド様が途端に笑顔になるので撤回することはできない。
(前よりも表情が表に出やすくなっている。……ベルナルド様は自覚しているのかしら?)
「シャル。……あの時と比べて……少しは成長できているだろうか」
ベルナルド様は本当に時々、そう私に尋ねるときがある。私が一周目の記憶を思い出したことで、ベルナルド様的にいろいろと思うところがあるのだろう。
それは過去と同じことを繰り返さないための行為であり、また自分を省みるための言葉だ。
「もちろんです。とても素敵に成長されていて、ますます好きになります」
「シャル、愛している。これからも俺の傍にいてくれ」
「はい。私も愛しております」
「……じゃあ、俺が卒業を迎えたら、結婚してくれるか?」
「……っ!?」
顔を真っ赤にしながら尋ねるベルナルド様に私は「はい、喜んで」と即答で答えた。
恋人であり婚約者である私たちは、今度こそ本当の夫婦になるため一歩一歩互いに歩み寄り、尊敬し、相談し、慈しみ、進んでいく。
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