9 / 56
第1幕
第4話 歓待による困惑1-2
しおりを挟む耳にこびりついた怒声が脳裏に過る。
叔父夫婦はいつも「貴族としてマナーがなっていない」とか「礼儀作法がまったくできてない」など嫌味をネチネチ言うのだが、私に何か頼みごとがある時だけは猫なで声で頼んでくる。
それも「フィデス王国復興のため金子が必要だ」と大義名分を引っ張り出してきて仕事量を増やしていった。
結局私は、叔父夫婦にとって搾取要員でしかなかったのだろう。
私を納得させるために話していた言葉は、すべて嘘ばかりでクリストファ殿下や聖女エレノアも、良いように利用してきた。その状況は今も同じかもしれない。
今度は命を取り上げようとしているとしたら?
(また騙されている可能性だってある。怪我をしたままの供物では無意味だったから治癒してくれたとか……。そもそもフランがいない今、生きていたって……)
騙されているのなら、騙されたまま私は今までできなかった贅沢の限りして──生贄として殺されるのもありなのかもしれない。
極端ともいえる結論だったが、私にとって今まで生きようと思えたのはフランがいたからだ。『亡国の復興』という目標も含まれていたが、あれは叔父夫婦が言い出したことで「それなら私も祖国のために」と思ったのであって、今は記憶のない祖国に対して何とかしたいとは思わなかった。
もう頑張らなくていい。
生に固執しない──そう考えに至ると気持ちが少し楽になった。
少し心に余裕ができたからか、周囲の空気が重いことに気付いた。
沈黙。
急に全員の表情が曇っている。確かにこんな気分の悪い話をされたら困るだろう。なにか話題を変えようとした瞬間、サーシャさんが口を開いた。
「その話は是非ともセドリック様にお伝えください。それはもうエレジア国で苦労したと」
「……どうしてですか?」
「陛下は貴女様が石化から解かれるのを、ずっと待っておりました。ご友人の協力もあり貴女様が三年前に石化が解けた時など、魔物と交戦中だった陛下は一週間で戦局をひっくり返して戻ってきたほどです」
(私の石化が解けたのは……セドリック様たちのおかげ?)
それなら叔父夫婦とは?
記憶が混濁していた私に名乗ったあの二人は、何者だったのか。
私の疑問に対してサーシャさんは話を続けた。
「三年前、オリビア様が王妃になるのをよく思わない者たちが暴走しました。記憶の混濁していた貴女様を誘拐して、エレジア国へ亡命したのです。その折にエレジア国の王族と密約を交わし、かの国はフィデス王国独自の技術──オリビア様の能力に興味を持ったとかで、連れ戻そうとした陛下を一蹴。オリビア様を人質にしたため、事を荒立てるのはオリビア様の身に危険が降りかかると判断し、三年という期限と衣食住の保証を約束させたのです」
話の筋は通っている。
私は叔父夫婦とは全く似ていなかったし、可愛がっている風もなかった。「なぜ叔父夫婦と一緒に行動をしていて、亡国の石化を免れたのか」と疑問は前々からあったのだ。
ただ石化前の記憶が曖昧だったこと、頼れる身内が居なかったから信じてしまった。
「この三年間の衣食住は、セドリック様が取り付けてくださったのですか」
「はい。それはもう──怒り奮闘で今すぐにでも取り返そうとしていたのですよ。しかし魔物との戦いも激化していて傍に居られなかったのもあり、無理に連れ戻せばオリビア様が危険な目に合わせてしまうと悩み──断腸の思いで決断なさっていました」
クリストファ殿下あるいは叔父夫婦が提案したのだと思っていたが、私の最低限の安全はセドリック様の恩恵によって成り立っていたという。もっともそれが本当かどうか鵜呑みにできなかった。
ふいに私を見つめるセドリック様の笑顔を思い出す。胸が少し温かくなった。
(……セドリック様はどうして私をそんなに気にかけてくださるの?)
「しかしオリビア様のお話と健康状態、怪我に体を酷使するような劣悪な環境に置かれていたと分かったのですから、陛下もきっと素晴らしい仕返しをしていただけると思います」
ローレンス様とサーシャさんとヘレンさんは「うんうん」と頷いた。
なんとも恐ろしいことをサラッと言ってのける。これが演技で茶番だったら──と脳裏にちらつく。
優しくしてくれる人たちの言葉さえ信じられなかった。
「あ、もし陛下がやり過ぎだと判断した場合は、オリビア様が抱き付けば止まりますので」
(私が止めるのですか……。一思いに死ぬのならいいけれど、暴力で死なない程度に──っていうのは、嫌だわ)
口元が引きつりながらも「ゼンショシマス」と答えるので精いっぱいだった。治療が終わると包帯を巻くよりも先に「身なりを整えましょう」とバスルームへと直行する。
「え、あ、ちょっと!?」
待機していた侍女たちに服を剥ぎ取られ、見たことのない巨大な入浴室で体と髪を洗われエステマッサージと、贅を凝らしたおもてなしをされたのでした。
75
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
悪妃になんて、ならなきゃよかった
よつば猫
恋愛
表紙のめちゃくちゃ素敵なイラストは、二ノ前ト月先生からいただきました✨🙏✨
恋人と引き裂かれたため、悪妃になって離婚を狙っていたヴィオラだったが、王太子の溺愛で徐々に……
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜
桐生桜月姫
恋愛
シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。
だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎
本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎
〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜
夕方6時に毎日予約更新です。
1話あたり超短いです。
毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。
愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください
無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる