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第2章
第17話 王太子クリストファ殿下の視点2/聖女エレノアの視点1-2
しおりを挟む(あの男に私たちがオリビアにした仕打ちを勘づかれるのは非常にまずい。それでなくともオリビアを貶めることで私や聖女エレノアを神格化してきたのだ。今更全ての功績はオリビアだと公言することはできないし、そんなことが露見すれば王太子の座を──駄目だ、駄目だ!)
「クリストファ殿下、私の雇い主であられる前王妃も貴方様と同じく、オリビアが王妃に就く事を望んでおりません」
「……また私を利用するというのか?」
ふっと、女は口元を綻ばせた。警戒していたはずなのに、彼女の言葉が聞きたくなる。堅固な意志が簡単に砕かれてダメだと分かっていても、彼女の言葉に耳を傾けてしまう。
「……話してみろ」
「ありがとうございます。現在、クリストファ殿下が負わせた足の治療を遅らせており、婚儀の時間を稼いでいます。そこで我が雇い主がエレジア国と国交を結ぶ名目で使節団をグラシェ国に派遣するので、その時にオリビアをこの国に連れ戻せばいいのです。影武者の準備も出来ております」
「しかしオリビアはエレジア国の内情を知っている。彼女が竜魔王を頼れば、我が国は簡単に滅びるのだぞ」
勝算がない博打に賭けるほど愚かではない。語気を荒げてしまったので、言葉を取り繕いながら相手の出方を探る。
「……それも策があるのか?」
「もちろんでございます。クリストファ殿下、聖女エレノア様をこの三年の間に操っていた黒幕を作るのです」
「黒幕?」
「はい。三年間の所業を黒幕である《原初の七大悪魔》のある悪魔に押し付けるのです。悪魔族であれば精神操作など容易いでしょう」
「…………」
女は使節団にはエレジア国内で有能な魔導士と神官を連れていくための準備は整えており、またオリビアの魔力と技術を奪う算段もあるという。今ここでは明かせないというのには引っかかったが、最後まで話を聞くことにした。
どちらにしてもこのまま何もしなければ竜魔王に睨まれるどころか、戦争を吹っ掛けられる可能性が高い。すでに選べる道は選り好みできる立場にない。
(クソッ、三年前から嵌められていたのか)
「──ああ、これは大事なことですが、百年前に隣国フィデスを滅ぼした黒幕は《原初の七大悪魔》の一角、『暴食のグラトニー』。別名ダグラスという者です」
「それが今回の黒幕とする悪魔の名か」
「さようでございます。きっと殿下の望みの展開となるでしょう」
「……そなたを疑う訳ではないが、口約束だけでは私たちの信頼関係が幾ばくかの心もとないのだが」
三年前と同じ轍を踏むと思うな。そういう意図を言葉に乗せた。
女は嫣然とした笑みでこう答える。
「承知しました。確かに私たちには信頼関係が必要といえるでしょう。こちらの魔導具一式を進呈いたします」
そう言って影から棺に似た黒塗りの箱が姿を現す。簡素な造りの箱だが複雑な術式が施されており、恐らくは人族ではないドワーフ族あるいは天使族が作り上げたものだろう。箱の中身は国宝級の魔導具の数々が乱雑にギッシリと詰まっていた。
「これは……」
「こちらは手付金と思ってください。これだけの魔導具があれば、国の立て直しはもちろん、あらゆる問題が一気に解決するでしょう。金銭面、食料調達、魔法能力の向上エトセトラ」
確かに。これだけ国宝級の魔導具があれば金銭問題は一気に解決する。だがこれも一時的なしのぎに過ぎない。永続的に収入を得るための施策が必要となる。
私の考えを読み取ったのか、女は懐から小さな小箱を差し出した。棺のような簡素な箱ではなく、趣向を凝らしたデザインのもので宝石もあつらえている。この箱だけでもそれなりの金額が期待できるだろう。その中に入っているものは、首輪、指輪、腕輪の三セットで、どれも金と銀で作られた逸品で、繊細なデザインにアクセントとして緋色の宝石を埋め込んだ超一級品だ。見惚れるほどの滑らかなフォルムに艶と輝き。あの棺の数段値が張るものだというのが分かる。
「これは……」
「オリビアのために特別にあつらえたものです。クリストファ殿下にはこちらと同じシリーズの指輪を用意しました。この三点のアクセサリーを一つでもオリビアに就けてしまえば簡単に洗脳することができます。そして三つを装着させることで完全な洗脳状態となるでしょう」
(洗脳? だとしたらオリビアが竜魔を拒絶するように命じれば婚姻も破棄。行き場のない彼女を優しくエレジア国が迎え入れれば──)
「いかがでしょうか」
悪くない。
それどころか頭を抱えている問題が解決できる。女の提案を表面上受け入れつつ、慎重に事にあたることを念頭に動く。
成功したビジョンを脳内で再生させながら、私は口元を緩めた。
***聖女エレノアの視点***
どこで選択を間違えたの?
転生して《愛憎の七つの大罪》をリアルプレイできると思ったのに!
シナリオの舞台となる隣国は滅んでいて最初から番狂わせでバグかと思ったけれど、聖女として覚醒して、推しのクリストファ殿下とも恋仲になった。
百年以上前、隣国の危機を救った魔導士オリビア。彼女の犠牲によって成り立った平和の上に私の知るシナリオは存在する。たった一人の生死によってこの世界は既に私の知るゲーム設定とはかけ離れた流れに突入していた。それが許せなかったからこそ、オリビアには三年間、無理難題を突き付けた。これは私の好きだったシナリオ展開をぶち壊した報いだ。
同姓同名というだけだったけれど、魔法と錬金術の腕を見て彼女が同一人物だというのはなんとなく察していた。でも誰にも言わなかった。あの女が陽の目を見るのは許さない。
そうやって虐げることに夢中で、オリビアがいなくなった後のことを楽観視していた。
私はヒロイン補正がある。だからどんなことがあっても最終的にハッピーエンドに繋がる──そう信じていた。
なのに……。
オリビアに全て押し付けて、生贄として差し出してから何かが狂っていく。最初からおかしかったのに、彼女がいたことで水際で防いでいたかのよう。
「ふざけるな。なぜオリビアの後継者が誰もいないんだ? 私は技術を盗むために魔導ギルドに依頼を出していただろう!?」
「だ、だって……後継者を付けたらオリビアの生産速度が遅くなるでしょう。だから後継者を作るよりも一つでも多く量を増やして儲けを増やそうと思ったのよ」
「三年で彼女がいなくなるというのも話していただろう。その後の事はどうするつもりだったんだ?」
「それは……私も魔力が増えてできることがあったから……大丈夫かなって。ほら、私はヒロインだし、そのぐらいのことはシナリオ修正が聞くと思って……」
あんなに優しかったクリストファ殿下は物に当たるようになった。私に対しても鋭い視線を向ける。それだけじゃない。私の聖女の力も衰えていくのを止められない。
「オリビアだったら」と日々、あの女の名前を口にする。
全部あの女のせいだ。百年以上前に死ぬはずだったのに!
どうすればいい?
どうすればハッピーエンドになる?
ふと思い出す。このゲーム世界での奥の手を。
(あ、そっか。《原初の七大悪魔》がいるじゃない。物理法則もなにもかも無視できる悪魔。それも人間の心を持ち合わせた隠れキャラの二人。ラストや、グラトニーがいる。どちらかをここに召喚できれば──私の願いは全て叶う!)
自然と口元に笑みを浮かべて私は勝利を確信した。
それが取り返しのつかない選択だと知って後悔するのは、少しあとの話。
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