虐げられた臆病令嬢は甘え上手な王弟殿下の求愛が信じられない

あさぎかな@コミカライズ決定

文字の大きさ
35 / 56
第2章

第17話 王太子クリストファ殿下の視点2/聖女エレノアの視点1-2

しおりを挟む

(あの男に私たちがオリビアにした仕打ちを勘づかれるのは非常にまずい。それでなくともオリビアを貶めることで私や聖女エレノアを神格化してきたのだ。今更全ての功績はオリビアだと公言することはできないし、そんなことが露見すれば王太子の座を──駄目だ、駄目だ!)
「クリストファ殿下、私の雇い主であられる前王妃も貴方様と同じく、オリビアが王妃に就く事を望んでおりません」
「……また私を利用するというのか?」

 ふっと、女は口元を綻ばせた。警戒していたはずなのに、彼女の言葉が聞きたくなる。堅固な意志が簡単に砕かれてダメだと分かっていても、彼女の言葉に耳を傾けてしまう。

「……話してみろ」
「ありがとうございます。現在、クリストファ殿下が負わせた足の治療を遅らせており、婚儀の時間を稼いでいます。そこで我が雇い主がエレジア国と国交を結ぶ名目で使節団をグラシェ国に派遣するので、その時にオリビアをこの国に連れ戻せばいいのです。影武者の準備も出来ております」
「しかしオリビアはエレジア国の内情を知っている。彼女が竜魔王を頼れば、我が国は簡単に滅びるのだぞ」

 勝算がない博打に賭けるほど愚かではない。語気を荒げてしまったので、言葉を取り繕いながら相手の出方を探る。

「……それも策があるのか?」
「もちろんでございます。クリストファ殿下、聖女エレノア様をこの三年の間に操っていた黒幕を作るのです」
「黒幕?」
「はい。三年間の所業を黒幕である《原初の七大悪魔》のある悪魔に押し付けるのです。悪魔族であれば精神操作など容易いでしょう」
「…………」

 女は使節団にはエレジア国内で有能な魔導士と神官を連れていくための準備は整えており、またオリビアの魔力と技術を奪う算段もあるという。今ここでは明かせないというのには引っかかったが、最後まで話を聞くことにした。
 どちらにしてもこのまま何もしなければ竜魔王に睨まれるどころか、戦争を吹っ掛けられる可能性が高い。すでに選べる道は選り好みできる立場にない。

(クソッ、三年前から嵌められていたのか)
「──ああ、これは大事なことですが、百年前に隣国フィデスを滅ぼした黒幕は《原初の七大悪魔》の一角、『暴食のグラトニー』。という者です」
「それが今回の黒幕とする悪魔の名か」
「さようでございます。きっと殿下の望みの展開となるでしょう」
「……そなたを疑う訳ではないが、口約束だけでは私たちの信頼関係が幾ばくかの心もとないのだが」

 三年前と同じ轍を踏むと思うな。そういう意図を言葉に乗せた。
 女は嫣然とした笑みでこう答える。

「承知しました。確かに私たちには信頼関係が必要といえるでしょう。こちらの魔導具一式を進呈いたします」

 そう言って影から棺に似た黒塗りの箱が姿を現す。簡素な造りの箱だが複雑な術式が施されており、恐らくは人族ではないドワーフ族あるいは天使族が作り上げたものだろう。箱の中身は国宝級の魔導具の数々が乱雑にギッシリと詰まっていた。

「これは……」
「こちらは手付金と思ってください。これだけの魔導具があれば、国の立て直しはもちろん、あらゆる問題が一気に解決するでしょう。金銭面、食料調達、魔法能力の向上エトセトラ」

 確かに。これだけ国宝級の魔導具があれば金銭問題は一気に解決する。だがこれも一時的なしのぎに過ぎない。永続的に収入を得るための施策が必要となる。

 私の考えを読み取ったのか、女は懐から小さな小箱を差し出した。棺のような簡素な箱ではなく、趣向を凝らしたデザインのもので宝石もあつらえている。この箱だけでもそれなりの金額が期待できるだろう。その中に入っているものは、首輪、指輪、腕輪の三セットで、どれも金と銀で作られた逸品で、繊細なデザインにアクセントとして緋色の宝石を埋め込んだ超一級品だ。見惚れるほどの滑らかなフォルムに艶と輝き。あの棺の数段値が張るものだというのが分かる。

「これは……」
「オリビアのために特別にあつらえたものです。クリストファ殿下にはこちらと同じシリーズの指輪を用意しました。この三点のアクセサリーを一つでもオリビアに就けてしまえば簡単に洗脳することができます。そして三つを装着させることで完全な洗脳状態となるでしょう」
(洗脳? だとしたらオリビアが竜魔を拒絶するように命じれば婚姻も破棄。行き場のない彼女を優しくエレジア国が迎え入れれば──)
「いかがでしょうか」

 悪くない。
 それどころか頭を抱えている問題が解決できる。女の提案を表面上受け入れつつ、慎重に事にあたることを念頭に動く。
 成功したビジョンを脳内で再生させながら、私は口元を緩めた。


 ***聖女エレノアの視点***


 どこで選択を間違えたの?
 転生して《愛憎の七つの大罪》をリアルプレイできると思ったのに!
 シナリオの舞台となる隣国は滅んでいて最初から番狂わせでバグかと思ったけれど、聖女として覚醒して、推しのクリストファ殿下とも恋仲になった。
 百年以上前、隣国の危機を救った魔導士オリビア。彼女の犠牲によって成り立った平和の上に私の知るシナリオは存在する。たった一人の生死によってこの世界は既に私の知るゲーム設定とはかけ離れた流れに突入していた。それが許せなかったからこそ、オリビアには三年間、無理難題を突き付けた。これは私の好きだったシナリオ展開をぶち壊した報いだ。
 同姓同名というだけだったけれど、魔法と錬金術の腕を見て彼女が同一人物だというのはなんとなく察していた。でも誰にも言わなかった。あの女が陽の目を見るのは許さない。

 そうやって虐げることに夢中で、オリビアがいなくなった後のことを楽観視していた。
 私はヒロイン補正がある。だからどんなことがあっても最終的にハッピーエンドに繋がる──そう信じていた。
 なのに……。
 オリビアに全て押し付けて、生贄として差し出してから何かが狂っていく。最初からおかしかったのに、彼女がいたことで水際で防いでいたかのよう。

「ふざけるな。なぜオリビアの後継者が誰もいないんだ? 私は技術を盗むために魔導ギルドに依頼を出していただろう!?」
「だ、だって……後継者を付けたらオリビアの生産速度が遅くなるでしょう。だから後継者を作るよりも一つでも多く量を増やして儲けを増やそうと思ったのよ」
「三年で彼女がいなくなるというのも話していただろう。その後の事はどうするつもりだったんだ?」
「それは……私も魔力が増えてできることがあったから……大丈夫かなって。ほら、私はヒロインだし、そのぐらいのことはシナリオ修正が聞くと思って……」

 あんなに優しかったクリストファ殿下は物に当たるようになった。私に対しても鋭い視線を向ける。それだけじゃない。私の聖女の力も衰えていくのを止められない。
「オリビアだったら」と日々、あの女の名前を口にする。
 全部あの女のせいだ。百年以上前に死ぬはずだったのに!
 どうすればいい?
 どうすればハッピーエンドになる?
 ふと思い出す。

(あ、そっか。《原初の七大悪魔》がいるじゃない。物理法則もなにもかも無視できる悪魔。それも人間の心を持ち合わせた隠れキャラの二人。ラストや、グラトニーがいる。どちらかをここに召喚できれば──!)

 自然と口元に笑みを浮かべて私は勝利を確信した。
 それが取り返しのつかない選択だと知って後悔するのは、少しあとの話。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

え?わたくしは通りすがりの元病弱令嬢ですので修羅場に巻き込まないでくたさい。

ネコフク
恋愛
わたくしリィナ=ユグノアは小さな頃から病弱でしたが今は健康になり学園に通えるほどになりました。しかし殆ど屋敷で過ごしていたわたくしには学園は迷路のような場所。入学して半年、未だに迷子になってしまいます。今日も侍従のハルにニヤニヤされながら遠回り(迷子)して出た場所では何やら不穏な集団が・・・ 強制的に修羅場に巻き込まれたリィナがちょっとだけざまぁするお話です。そして修羅場とは関係ないトコで婚約者に溺愛されています。

目の前で始まった断罪イベントが理不尽すぎたので口出ししたら巻き込まれた結果、何故か王子から求婚されました

歌龍吟伶
恋愛
私、ティーリャ。王都学校の二年生。 卒業生を送る会が終わった瞬間に先輩が婚約破棄の断罪イベントを始めた。 理不尽すぎてイライラしたから口を挟んだら、お前も同罪だ!って謎のトバッチリ…マジないわー。 …と思ったら何故か王子様に気に入られちゃってプロポーズされたお話。 全二話で完結します、予約投稿済み

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

処理中です...