虐げられた臆病令嬢は甘え上手な王弟殿下の求愛が信じられない

あさぎかな@コミカライズ決定

文字の大きさ
46 / 56
最終章

第22話 蝴蝶の悪夢1-2

しおりを挟む
「──があれば、あとは──」
「ああ、助かる」

 知っている声だった。
 密会なのか書庫の奥まった場所でセドリック様の背中と、が話し合っているのが聞こえた。セドリック様とその美女との距離は近く、気を許しているのが分かる。

 侍女という服装ではない。
 髪の色と合わせた真紅のドレスに身を包んでおり、凛とした佇まいはセドリック様と並ぶと似合っていた。口元を緩めて微笑む姿が胸を抉る。
 けれど不思議と涙は出てこなかった。
 とても悲しかったのに、もう涙が枯れてしまったようだった。

(ああ。……そうか。長い、長い夢が醒めたよう)

 それからどうやって書庫を出たのか覚えていない。
 気づけば私は雪が降る外を歩いていた。
 雪がだいぶ積もっており、踵まで雪が積もっていたがなんとか進むことはできた。
 どこに向かっているのかも分からないけれど、城には戻れなかった。
 どこまでが夢で、現実だったのだろう。

 もしかしたら私がグラシェ国の生贄として門を通った時からずっと彷徨って──幸せな夢を見ていたのでは? その方がありえそうだった。
 最初からおかしかったのだ。
 私を歓迎するなんてありはしないのに。
 フランが死んだときのショックで夢と現実がごっちゃになっていたのかもしれない。

 きっとそうだ。
 なんて愚かだったのだろう。あれほど信じないと警戒していたのに──。
 絶望はしなかった。グラシェ国に来た時なら違っただろう。
 セドリック様の隣は温かくて、優しくて、心地がよくて、私は愛されてもいいのだと……安心した。ここに居てもいいと、『役に立つ私』ではなく、『ただの私』を受け入れてくれた。
 これが現実ではない──としても、悲しくはあるけれど、たとえ夢でも一時でも誰かに愛されていたかもしれない。そう思ったら胸が温かくなった。

(そうだ。夢だったとしても、それはとても素敵な、大事な時間だった)

 とても温かくて、優しくて、愛おしい時間。
 誰かに心から愛されて、慕われた。それだけで胸が熱くなる。
 楽しい時間はいつか終わりがくるものだ。
 悲しいことや、つらいことと同じくらいに終わりがくる。

 けれど生きていれば、また楽しいことがやってくるように、生きて、生きて、生きて──それからフランの元に逝こう。
 グラシェ国から出て祖国に戻ろう。ふと脳裏に浮かんだ。

(若葉の生い茂る森で……ひっそりと暮らしながら──)

 不思議と青々とした森にひっそりと佇む一軒家が脳裏に浮かんだ。全く知らないはずなのに、懐かしいと感じる。
 あの場所に帰りたい。
 ──
 誰と?
 なにか思い出せそうな気がしたけれど、霧散してしまう。
 気づけば足が上手く動かなくて──雪の上に倒れ込んでしまった。
 あまり痛くはなかった。
 冷たくも、寒くもない。

(……あれ、おかしいな。体がまた……うごかな……)
「──ア、──ビア」

 声がした。
 私を呼ぶ声に、ドキリとした。
 ああ、また夢の中に戻った。
 夢の中のセドリック様はとても優しかった。私を抱き上げて、力いっぱい抱き寄せてくれる。
 温かい。都合のいい夢の続き。

「オリビア、ダメだ。私を一人にしないと約束しただろう」

「独りじゃないでしょう」とか「赤髪の女性と幸せに」と言えればよかったけれど、でもそんなことはもうどうでもよくて──思い出すのはセドリック様によくしてもらった、幸福だったころの記憶ばかり。

 とても幸せだった。
 愛されているということがこんなにも愛おしくて、甘くて、温かくて辛かった過去すら包み込んで、前が見えるようになるなんて思いもよらなかった。

 自分を大切にできる。
 周りの人たちを、もっと大切に思えるようになる。
 ずっと私がほしかった、望んでいたものを──セドリック様はくださった。
 夢の中でも構わない。
 それでも私は救われた。

「セドリック様、……幸せでした。私を見つけてくださって、受け入れてくれて……ありがとう……ございます」
「オリビア、そんなこと言わないでください。ようやく、一緒になれるのに、やっと────が、解けるのに──」

 頬に零れ落ちるのは──セドリック様の涙だった。
 どうして泣いているの。
 泣かないで。
 悲しまないで。
 笑っていてほしいのに。
 大丈夫、死のうとなんて思ってないもの。ちゃんと生きるって、決めたもの。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

え?わたくしは通りすがりの元病弱令嬢ですので修羅場に巻き込まないでくたさい。

ネコフク
恋愛
わたくしリィナ=ユグノアは小さな頃から病弱でしたが今は健康になり学園に通えるほどになりました。しかし殆ど屋敷で過ごしていたわたくしには学園は迷路のような場所。入学して半年、未だに迷子になってしまいます。今日も侍従のハルにニヤニヤされながら遠回り(迷子)して出た場所では何やら不穏な集団が・・・ 強制的に修羅場に巻き込まれたリィナがちょっとだけざまぁするお話です。そして修羅場とは関係ないトコで婚約者に溺愛されています。

目の前で始まった断罪イベントが理不尽すぎたので口出ししたら巻き込まれた結果、何故か王子から求婚されました

歌龍吟伶
恋愛
私、ティーリャ。王都学校の二年生。 卒業生を送る会が終わった瞬間に先輩が婚約破棄の断罪イベントを始めた。 理不尽すぎてイライラしたから口を挟んだら、お前も同罪だ!って謎のトバッチリ…マジないわー。 …と思ったら何故か王子様に気に入られちゃってプロポーズされたお話。 全二話で完結します、予約投稿済み

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

処理中です...