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最終章
第22話 蝴蝶の悪夢1-2
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「──があれば、あとは──」
「ああ、助かる」
知っている声だった。
密会なのか書庫の奥まった場所でセドリック様の背中と、緋色の美しい髪の美女が話し合っているのが聞こえた。セドリック様とその美女との距離は近く、気を許しているのが分かる。
侍女という服装ではない。
髪の色と合わせた真紅のドレスに身を包んでおり、凛とした佇まいはセドリック様と並ぶと似合っていた。口元を緩めて微笑む姿が胸を抉る。
けれど不思議と涙は出てこなかった。
とても悲しかったのに、もう涙が枯れてしまったようだった。
(ああ。……そうか。長い、長い夢が醒めたよう)
それからどうやって書庫を出たのか覚えていない。
気づけば私は雪が降る外を歩いていた。
雪がだいぶ積もっており、踵まで雪が積もっていたがなんとか進むことはできた。
どこに向かっているのかも分からないけれど、城には戻れなかった。
どこまでが夢で、現実だったのだろう。
もしかしたら私がグラシェ国の生贄として門を通った時からずっと彷徨って──幸せな夢を見ていたのでは? その方がありえそうだった。
最初からおかしかったのだ。
私を歓迎するなんてありはしないのに。
フランが死んだときのショックで夢と現実がごっちゃになっていたのかもしれない。
きっとそうだ。
なんて愚かだったのだろう。あれほど信じないと警戒していたのに──。
絶望はしなかった。グラシェ国に来た時なら違っただろう。
セドリック様の隣は温かくて、優しくて、心地がよくて、私は愛されてもいいのだと……安心した。ここに居てもいいと、『役に立つ私』ではなく、『ただの私』を受け入れてくれた。
これが現実ではない──としても、悲しくはあるけれど、たとえ夢でも一時でも誰かに愛されていたかもしれない。そう思ったら胸が温かくなった。
(そうだ。夢だったとしても、それはとても素敵な、大事な時間だった)
とても温かくて、優しくて、愛おしい時間。
誰かに心から愛されて、慕われた。それだけで胸が熱くなる。
楽しい時間はいつか終わりがくるものだ。
悲しいことや、つらいことと同じくらいに終わりがくる。
けれど生きていれば、また楽しいことがやってくるように、生きて、生きて、生きて──それからフランの元に逝こう。
グラシェ国から出て祖国に戻ろう。ふと脳裏に浮かんだ。
(若葉の生い茂る森で……ひっそりと暮らしながら──)
不思議と青々とした森にひっそりと佇む一軒家が脳裏に浮かんだ。全く知らないはずなのに、懐かしいと感じる。
あの場所に帰りたい。
帰ろうと──約束をした?
誰と?
なにか思い出せそうな気がしたけれど、霧散してしまう。
気づけば足が上手く動かなくて──雪の上に倒れ込んでしまった。
あまり痛くはなかった。
冷たくも、寒くもない。
(……あれ、おかしいな。体がまた……うごかな……)
「──ア、──ビア」
声がした。
私を呼ぶ声に、ドキリとした。
ああ、また夢の中に戻った。
夢の中のセドリック様はとても優しかった。私を抱き上げて、力いっぱい抱き寄せてくれる。
温かい。都合のいい夢の続き。
「オリビア、ダメだ。私を一人にしないと約束しただろう」
「独りじゃないでしょう」とか「赤髪の女性と幸せに」と言えればよかったけれど、でもそんなことはもうどうでもよくて──思い出すのはセドリック様によくしてもらった、幸福だったころの記憶ばかり。
とても幸せだった。
愛されているということがこんなにも愛おしくて、甘くて、温かくて辛かった過去すら包み込んで、前が見えるようになるなんて思いもよらなかった。
自分を大切にできる。
周りの人たちを、もっと大切に思えるようになる。
ずっと私がほしかった、望んでいたものを──セドリック様はくださった。
夢の中でも構わない。
それでも私は救われた。
「セドリック様、……幸せでした。私を見つけてくださって、受け入れてくれて……ありがとう……ございます」
「オリビア、そんなこと言わないでください。ようやく、一緒になれるのに、やっと────が、解けるのに──」
頬に零れ落ちるのは──セドリック様の涙だった。
どうして泣いているの。
泣かないで。
悲しまないで。
笑っていてほしいのに。
大丈夫、死のうとなんて思ってないもの。ちゃんと生きるって、決めたもの。
「ああ、助かる」
知っている声だった。
密会なのか書庫の奥まった場所でセドリック様の背中と、緋色の美しい髪の美女が話し合っているのが聞こえた。セドリック様とその美女との距離は近く、気を許しているのが分かる。
侍女という服装ではない。
髪の色と合わせた真紅のドレスに身を包んでおり、凛とした佇まいはセドリック様と並ぶと似合っていた。口元を緩めて微笑む姿が胸を抉る。
けれど不思議と涙は出てこなかった。
とても悲しかったのに、もう涙が枯れてしまったようだった。
(ああ。……そうか。長い、長い夢が醒めたよう)
それからどうやって書庫を出たのか覚えていない。
気づけば私は雪が降る外を歩いていた。
雪がだいぶ積もっており、踵まで雪が積もっていたがなんとか進むことはできた。
どこに向かっているのかも分からないけれど、城には戻れなかった。
どこまでが夢で、現実だったのだろう。
もしかしたら私がグラシェ国の生贄として門を通った時からずっと彷徨って──幸せな夢を見ていたのでは? その方がありえそうだった。
最初からおかしかったのだ。
私を歓迎するなんてありはしないのに。
フランが死んだときのショックで夢と現実がごっちゃになっていたのかもしれない。
きっとそうだ。
なんて愚かだったのだろう。あれほど信じないと警戒していたのに──。
絶望はしなかった。グラシェ国に来た時なら違っただろう。
セドリック様の隣は温かくて、優しくて、心地がよくて、私は愛されてもいいのだと……安心した。ここに居てもいいと、『役に立つ私』ではなく、『ただの私』を受け入れてくれた。
これが現実ではない──としても、悲しくはあるけれど、たとえ夢でも一時でも誰かに愛されていたかもしれない。そう思ったら胸が温かくなった。
(そうだ。夢だったとしても、それはとても素敵な、大事な時間だった)
とても温かくて、優しくて、愛おしい時間。
誰かに心から愛されて、慕われた。それだけで胸が熱くなる。
楽しい時間はいつか終わりがくるものだ。
悲しいことや、つらいことと同じくらいに終わりがくる。
けれど生きていれば、また楽しいことがやってくるように、生きて、生きて、生きて──それからフランの元に逝こう。
グラシェ国から出て祖国に戻ろう。ふと脳裏に浮かんだ。
(若葉の生い茂る森で……ひっそりと暮らしながら──)
不思議と青々とした森にひっそりと佇む一軒家が脳裏に浮かんだ。全く知らないはずなのに、懐かしいと感じる。
あの場所に帰りたい。
帰ろうと──約束をした?
誰と?
なにか思い出せそうな気がしたけれど、霧散してしまう。
気づけば足が上手く動かなくて──雪の上に倒れ込んでしまった。
あまり痛くはなかった。
冷たくも、寒くもない。
(……あれ、おかしいな。体がまた……うごかな……)
「──ア、──ビア」
声がした。
私を呼ぶ声に、ドキリとした。
ああ、また夢の中に戻った。
夢の中のセドリック様はとても優しかった。私を抱き上げて、力いっぱい抱き寄せてくれる。
温かい。都合のいい夢の続き。
「オリビア、ダメだ。私を一人にしないと約束しただろう」
「独りじゃないでしょう」とか「赤髪の女性と幸せに」と言えればよかったけれど、でもそんなことはもうどうでもよくて──思い出すのはセドリック様によくしてもらった、幸福だったころの記憶ばかり。
とても幸せだった。
愛されているということがこんなにも愛おしくて、甘くて、温かくて辛かった過去すら包み込んで、前が見えるようになるなんて思いもよらなかった。
自分を大切にできる。
周りの人たちを、もっと大切に思えるようになる。
ずっと私がほしかった、望んでいたものを──セドリック様はくださった。
夢の中でも構わない。
それでも私は救われた。
「セドリック様、……幸せでした。私を見つけてくださって、受け入れてくれて……ありがとう……ございます」
「オリビア、そんなこと言わないでください。ようやく、一緒になれるのに、やっと────が、解けるのに──」
頬に零れ落ちるのは──セドリック様の涙だった。
どうして泣いているの。
泣かないで。
悲しまないで。
笑っていてほしいのに。
大丈夫、死のうとなんて思ってないもの。ちゃんと生きるって、決めたもの。
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