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最終章
第22話 蝴蝶の悪夢1-1
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痛みが走った。
鈍痛はゆっくり静かに私の身体を浸食して──私の意識を乗っ取ろうとする。
触手に襲われて、助けに来てくれたセドリック様。
私を抱きしめようとした、その手を払ってしまった。
(えっ……)
声が出なかった。
何をしたのだろう。
驚き酷く傷ついたセドリック様の顔を見た瞬間、私が彼の手を払ったのだと気づく。
体が、動かない。
声が、言葉が紡げない。
まるで私の身体じゃないように、主人のいうことを聞いてくれない。
「オリ……ビア」
「せっ……ド……ック……た……す……け……」
涙が頬を伝って零れ落ちる寸前、私の意識は途切れた。
私を抱き抱えたセドリック様の温もりが愛おしいのに、指先一つ動かない。
どうして急に──。
私は困惑して涙を流すことしかできなかった。
***
それから目が覚めたけれど、私は自分で身体を動かせなかった。
声もうまくでない。
傍に居るセドリック様が触れようとすると反射的に手を払ってしまう。
そのたびに悲しそうな顔をする姿に胸が軋むように痛んだ。
謝る言葉は何とか絞り出せたけれど、それ以上の弁明はできなかった。
不敬に思われても仕方がないわ。
それから毎日部屋を訪れていたセドリック様は、一日一度から三日に一度、ついには一週間に一度程度しか顔を見せなくなった。
会話も短くて、私の顔を見ることもなくなって──。
名前も呼んでくれなくなった。
私に赦されたのは涙を流すことだけ。
泥のように眠る。
そんな時だけ都合のいい夢を見た。
セドリック様が傍に居て、私の手を掴んで、たくさん話をしてくださる。
セドリック様の温もりが愛おしくて、嬉しくて──今度は自分から抱き付いて離れない。シトラスの香りが心地よくて、たくさん「好き」だと口にする。
とても幸せで、ずっと続けばいいと願っても、次に目が覚めるとそこには誰もいない。
私が作り出した都合のいい夢なのだと次第に思うようになった。
季節はあっという間に巡り、グラシェ国に冬がやって来た。窓から牡丹雪が降り注ぎ、見慣れた窓の外には銀色の世界が広がっている。
セドリック様が部屋に訪れなくなり、少しずつ体が動くようになった。
けれど声は上手く出ない。
手紙なら──と思い至ったが、思いを綴ろうとした瞬間手が硬直して動かなくなる。
どうしてしまったのだろう。
あの触手の魔物に襲われたからだろうか。
あの日の朝は、あんなに幸せていっぱいだったのに──。
サーシャさんやヘレンさんが声をかけてくれることはあるけれど、返事が上手くできない。
きっと呆れているのだろう。言葉数も多くはない。
ダグラスやスカーレットの姿も見なくなった。
風邪を引いた時に傍に居て、過保護すぎるほど大事にしてくれていた日常が遠い昔のように感じられた。あれは時々夢だったのではないかと思うようになった。
本当はセドリック様に愛されていた事実はなくて、ずっと幸福な夢を見ていたのだとしたら、今の扱いも当然だろう。
けれどそれを認めるのが怖くて、悲しかった。
どうにかしたいのに、雁字搦めで息苦しい。
このままじゃいけないと思うのに、動けない。
時折、衝動的にこの場所から逃げ出したくなるけれど、セドリック様の笑顔や温もりを思い出すと決意が揺らいだ。
(私、どんどんおかしくなってる。……病気だとしたら書庫にいけば手掛かりがわかるかしら?)
自分が徐々に壊れてきているのが分かる。
自分でない何かに浸食されつつあることを──。
何もせずに泣き続けても好転しないと、私は書庫へと歩き出した。前にセドリック様が案内してくれたから場所は覚えている。
私の部屋にはサーシャさんたちもおらず、必要な時だけベルを鳴らすようになった。だから私が少しの間、居なくなっても誰も気づかないだろう。
廊下の壁に寄りかかりながらも目的の書庫に辿り着いた。雪の降る音が室内にまで聴こえてくる。
魔物に関する書物と、奇病関係で調べてみよう。そう思って書庫の奥へと足を踏み入れ──不意に奥から話し声が聞こえてきた。
鈍痛はゆっくり静かに私の身体を浸食して──私の意識を乗っ取ろうとする。
触手に襲われて、助けに来てくれたセドリック様。
私を抱きしめようとした、その手を払ってしまった。
(えっ……)
声が出なかった。
何をしたのだろう。
驚き酷く傷ついたセドリック様の顔を見た瞬間、私が彼の手を払ったのだと気づく。
体が、動かない。
声が、言葉が紡げない。
まるで私の身体じゃないように、主人のいうことを聞いてくれない。
「オリ……ビア」
「せっ……ド……ック……た……す……け……」
涙が頬を伝って零れ落ちる寸前、私の意識は途切れた。
私を抱き抱えたセドリック様の温もりが愛おしいのに、指先一つ動かない。
どうして急に──。
私は困惑して涙を流すことしかできなかった。
***
それから目が覚めたけれど、私は自分で身体を動かせなかった。
声もうまくでない。
傍に居るセドリック様が触れようとすると反射的に手を払ってしまう。
そのたびに悲しそうな顔をする姿に胸が軋むように痛んだ。
謝る言葉は何とか絞り出せたけれど、それ以上の弁明はできなかった。
不敬に思われても仕方がないわ。
それから毎日部屋を訪れていたセドリック様は、一日一度から三日に一度、ついには一週間に一度程度しか顔を見せなくなった。
会話も短くて、私の顔を見ることもなくなって──。
名前も呼んでくれなくなった。
私に赦されたのは涙を流すことだけ。
泥のように眠る。
そんな時だけ都合のいい夢を見た。
セドリック様が傍に居て、私の手を掴んで、たくさん話をしてくださる。
セドリック様の温もりが愛おしくて、嬉しくて──今度は自分から抱き付いて離れない。シトラスの香りが心地よくて、たくさん「好き」だと口にする。
とても幸せで、ずっと続けばいいと願っても、次に目が覚めるとそこには誰もいない。
私が作り出した都合のいい夢なのだと次第に思うようになった。
季節はあっという間に巡り、グラシェ国に冬がやって来た。窓から牡丹雪が降り注ぎ、見慣れた窓の外には銀色の世界が広がっている。
セドリック様が部屋に訪れなくなり、少しずつ体が動くようになった。
けれど声は上手く出ない。
手紙なら──と思い至ったが、思いを綴ろうとした瞬間手が硬直して動かなくなる。
どうしてしまったのだろう。
あの触手の魔物に襲われたからだろうか。
あの日の朝は、あんなに幸せていっぱいだったのに──。
サーシャさんやヘレンさんが声をかけてくれることはあるけれど、返事が上手くできない。
きっと呆れているのだろう。言葉数も多くはない。
ダグラスやスカーレットの姿も見なくなった。
風邪を引いた時に傍に居て、過保護すぎるほど大事にしてくれていた日常が遠い昔のように感じられた。あれは時々夢だったのではないかと思うようになった。
本当はセドリック様に愛されていた事実はなくて、ずっと幸福な夢を見ていたのだとしたら、今の扱いも当然だろう。
けれどそれを認めるのが怖くて、悲しかった。
どうにかしたいのに、雁字搦めで息苦しい。
このままじゃいけないと思うのに、動けない。
時折、衝動的にこの場所から逃げ出したくなるけれど、セドリック様の笑顔や温もりを思い出すと決意が揺らいだ。
(私、どんどんおかしくなってる。……病気だとしたら書庫にいけば手掛かりがわかるかしら?)
自分が徐々に壊れてきているのが分かる。
自分でない何かに浸食されつつあることを──。
何もせずに泣き続けても好転しないと、私は書庫へと歩き出した。前にセドリック様が案内してくれたから場所は覚えている。
私の部屋にはサーシャさんたちもおらず、必要な時だけベルを鳴らすようになった。だから私が少しの間、居なくなっても誰も気づかないだろう。
廊下の壁に寄りかかりながらも目的の書庫に辿り着いた。雪の降る音が室内にまで聴こえてくる。
魔物に関する書物と、奇病関係で調べてみよう。そう思って書庫の奥へと足を踏み入れ──不意に奥から話し声が聞こえてきた。
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