45 / 56
最終章
第22話 蝴蝶の悪夢1-1
しおりを挟む
痛みが走った。
鈍痛はゆっくり静かに私の身体を浸食して──私の意識を乗っ取ろうとする。
触手に襲われて、助けに来てくれたセドリック様。
私を抱きしめようとした、その手を払ってしまった。
(えっ……)
声が出なかった。
何をしたのだろう。
驚き酷く傷ついたセドリック様の顔を見た瞬間、私が彼の手を払ったのだと気づく。
体が、動かない。
声が、言葉が紡げない。
まるで私の身体じゃないように、主人のいうことを聞いてくれない。
「オリ……ビア」
「せっ……ド……ック……た……す……け……」
涙が頬を伝って零れ落ちる寸前、私の意識は途切れた。
私を抱き抱えたセドリック様の温もりが愛おしいのに、指先一つ動かない。
どうして急に──。
私は困惑して涙を流すことしかできなかった。
***
それから目が覚めたけれど、私は自分で身体を動かせなかった。
声もうまくでない。
傍に居るセドリック様が触れようとすると反射的に手を払ってしまう。
そのたびに悲しそうな顔をする姿に胸が軋むように痛んだ。
謝る言葉は何とか絞り出せたけれど、それ以上の弁明はできなかった。
不敬に思われても仕方がないわ。
それから毎日部屋を訪れていたセドリック様は、一日一度から三日に一度、ついには一週間に一度程度しか顔を見せなくなった。
会話も短くて、私の顔を見ることもなくなって──。
名前も呼んでくれなくなった。
私に赦されたのは涙を流すことだけ。
泥のように眠る。
そんな時だけ都合のいい夢を見た。
セドリック様が傍に居て、私の手を掴んで、たくさん話をしてくださる。
セドリック様の温もりが愛おしくて、嬉しくて──今度は自分から抱き付いて離れない。シトラスの香りが心地よくて、たくさん「好き」だと口にする。
とても幸せで、ずっと続けばいいと願っても、次に目が覚めるとそこには誰もいない。
私が作り出した都合のいい夢なのだと次第に思うようになった。
季節はあっという間に巡り、グラシェ国に冬がやって来た。窓から牡丹雪が降り注ぎ、見慣れた窓の外には銀色の世界が広がっている。
セドリック様が部屋に訪れなくなり、少しずつ体が動くようになった。
けれど声は上手く出ない。
手紙なら──と思い至ったが、思いを綴ろうとした瞬間手が硬直して動かなくなる。
どうしてしまったのだろう。
あの触手の魔物に襲われたからだろうか。
あの日の朝は、あんなに幸せていっぱいだったのに──。
サーシャさんやヘレンさんが声をかけてくれることはあるけれど、返事が上手くできない。
きっと呆れているのだろう。言葉数も多くはない。
ダグラスやスカーレットの姿も見なくなった。
風邪を引いた時に傍に居て、過保護すぎるほど大事にしてくれていた日常が遠い昔のように感じられた。あれは時々夢だったのではないかと思うようになった。
本当はセドリック様に愛されていた事実はなくて、ずっと幸福な夢を見ていたのだとしたら、今の扱いも当然だろう。
けれどそれを認めるのが怖くて、悲しかった。
どうにかしたいのに、雁字搦めで息苦しい。
このままじゃいけないと思うのに、動けない。
時折、衝動的にこの場所から逃げ出したくなるけれど、セドリック様の笑顔や温もりを思い出すと決意が揺らいだ。
(私、どんどんおかしくなってる。……病気だとしたら書庫にいけば手掛かりがわかるかしら?)
自分が徐々に壊れてきているのが分かる。
自分でない何かに浸食されつつあることを──。
何もせずに泣き続けても好転しないと、私は書庫へと歩き出した。前にセドリック様が案内してくれたから場所は覚えている。
私の部屋にはサーシャさんたちもおらず、必要な時だけベルを鳴らすようになった。だから私が少しの間、居なくなっても誰も気づかないだろう。
廊下の壁に寄りかかりながらも目的の書庫に辿り着いた。雪の降る音が室内にまで聴こえてくる。
魔物に関する書物と、奇病関係で調べてみよう。そう思って書庫の奥へと足を踏み入れ──不意に奥から話し声が聞こえてきた。
鈍痛はゆっくり静かに私の身体を浸食して──私の意識を乗っ取ろうとする。
触手に襲われて、助けに来てくれたセドリック様。
私を抱きしめようとした、その手を払ってしまった。
(えっ……)
声が出なかった。
何をしたのだろう。
驚き酷く傷ついたセドリック様の顔を見た瞬間、私が彼の手を払ったのだと気づく。
体が、動かない。
声が、言葉が紡げない。
まるで私の身体じゃないように、主人のいうことを聞いてくれない。
「オリ……ビア」
「せっ……ド……ック……た……す……け……」
涙が頬を伝って零れ落ちる寸前、私の意識は途切れた。
私を抱き抱えたセドリック様の温もりが愛おしいのに、指先一つ動かない。
どうして急に──。
私は困惑して涙を流すことしかできなかった。
***
それから目が覚めたけれど、私は自分で身体を動かせなかった。
声もうまくでない。
傍に居るセドリック様が触れようとすると反射的に手を払ってしまう。
そのたびに悲しそうな顔をする姿に胸が軋むように痛んだ。
謝る言葉は何とか絞り出せたけれど、それ以上の弁明はできなかった。
不敬に思われても仕方がないわ。
それから毎日部屋を訪れていたセドリック様は、一日一度から三日に一度、ついには一週間に一度程度しか顔を見せなくなった。
会話も短くて、私の顔を見ることもなくなって──。
名前も呼んでくれなくなった。
私に赦されたのは涙を流すことだけ。
泥のように眠る。
そんな時だけ都合のいい夢を見た。
セドリック様が傍に居て、私の手を掴んで、たくさん話をしてくださる。
セドリック様の温もりが愛おしくて、嬉しくて──今度は自分から抱き付いて離れない。シトラスの香りが心地よくて、たくさん「好き」だと口にする。
とても幸せで、ずっと続けばいいと願っても、次に目が覚めるとそこには誰もいない。
私が作り出した都合のいい夢なのだと次第に思うようになった。
季節はあっという間に巡り、グラシェ国に冬がやって来た。窓から牡丹雪が降り注ぎ、見慣れた窓の外には銀色の世界が広がっている。
セドリック様が部屋に訪れなくなり、少しずつ体が動くようになった。
けれど声は上手く出ない。
手紙なら──と思い至ったが、思いを綴ろうとした瞬間手が硬直して動かなくなる。
どうしてしまったのだろう。
あの触手の魔物に襲われたからだろうか。
あの日の朝は、あんなに幸せていっぱいだったのに──。
サーシャさんやヘレンさんが声をかけてくれることはあるけれど、返事が上手くできない。
きっと呆れているのだろう。言葉数も多くはない。
ダグラスやスカーレットの姿も見なくなった。
風邪を引いた時に傍に居て、過保護すぎるほど大事にしてくれていた日常が遠い昔のように感じられた。あれは時々夢だったのではないかと思うようになった。
本当はセドリック様に愛されていた事実はなくて、ずっと幸福な夢を見ていたのだとしたら、今の扱いも当然だろう。
けれどそれを認めるのが怖くて、悲しかった。
どうにかしたいのに、雁字搦めで息苦しい。
このままじゃいけないと思うのに、動けない。
時折、衝動的にこの場所から逃げ出したくなるけれど、セドリック様の笑顔や温もりを思い出すと決意が揺らいだ。
(私、どんどんおかしくなってる。……病気だとしたら書庫にいけば手掛かりがわかるかしら?)
自分が徐々に壊れてきているのが分かる。
自分でない何かに浸食されつつあることを──。
何もせずに泣き続けても好転しないと、私は書庫へと歩き出した。前にセドリック様が案内してくれたから場所は覚えている。
私の部屋にはサーシャさんたちもおらず、必要な時だけベルを鳴らすようになった。だから私が少しの間、居なくなっても誰も気づかないだろう。
廊下の壁に寄りかかりながらも目的の書庫に辿り着いた。雪の降る音が室内にまで聴こえてくる。
魔物に関する書物と、奇病関係で調べてみよう。そう思って書庫の奥へと足を踏み入れ──不意に奥から話し声が聞こえてきた。
52
あなたにおすすめの小説
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
え?わたくしは通りすがりの元病弱令嬢ですので修羅場に巻き込まないでくたさい。
ネコフク
恋愛
わたくしリィナ=ユグノアは小さな頃から病弱でしたが今は健康になり学園に通えるほどになりました。しかし殆ど屋敷で過ごしていたわたくしには学園は迷路のような場所。入学して半年、未だに迷子になってしまいます。今日も侍従のハルにニヤニヤされながら遠回り(迷子)して出た場所では何やら不穏な集団が・・・
強制的に修羅場に巻き込まれたリィナがちょっとだけざまぁするお話です。そして修羅場とは関係ないトコで婚約者に溺愛されています。
目の前で始まった断罪イベントが理不尽すぎたので口出ししたら巻き込まれた結果、何故か王子から求婚されました
歌龍吟伶
恋愛
私、ティーリャ。王都学校の二年生。
卒業生を送る会が終わった瞬間に先輩が婚約破棄の断罪イベントを始めた。
理不尽すぎてイライラしたから口を挟んだら、お前も同罪だ!って謎のトバッチリ…マジないわー。
…と思ったら何故か王子様に気に入られちゃってプロポーズされたお話。
全二話で完結します、予約投稿済み
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる