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最終章
第24話 ただいま1-1
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真っ白な場所。
雪が積もったとかではなく、上も下も右も左も真っ白で、どこまでも続いている。また夢の中だろうか。けれど寒くも痛くもない。
「あのね、あのね。お姉さん」
振り返ると小さな女の子が立っていた。
顔や見た目が認識できないが、確かに女の子の声だ。二、三歳ぐらいの小さな子は私を見上げているので、屈んで同じ目線になろうと膝を落とした。
「どうしたの? 迷子? お母さんかお父さんは?」
「いない。ずっと、ずっと。私の言うことを聞いてくれる人はいっぱいいたけど、温かくて、優しくて、満たしてくれるものをずっと探しているのに、ずっと見つからないの。誰も彼もがみんな私を置いて逝く」
泣きじゃくる女の子は、過去の愛されたいと願う自分の姿とダブった。
愛されたくて、褒めて、傍にいてほしくて──自分のできることを周囲にアピールして認めてもらおうとした。
でもそうじゃなくて、ありのままの私が傍に居るだけで笑ってくれる人がいた。
たいしたことじゃなくて、ほんの些細なことで喜んで、一緒に笑ってくれる人がいたのだ。
私を大事にしてくれるから、私も大事にしたいと思えた。
「自分自身と同じくらい他の人を大事にしてくれる人と出会えば、きっとその願いは叶うと思う。私がそうだったもの」
「──は、絶望しないの?」
「え」
「どうして絶望しないの? 家族にも裏切られて、搾取されて、功績も奪われて、居場所も失って、大切な人ができても記憶も何もかも忘れて、婚約者に利用されて、繰り返して、だれも貴女を必要としていないのに、どうして、ねえ、どうして。愛していると言われた人たちから拒絶されて、顔も合わさずに離れて、遠ざかっているのに───それでもなんで、どうして、絶望しないの!?」
「…………」
「絶望して、絶望して、絶望して、絶望して、絶望して、ねえ!」
女の子は癇癪を起して、私に叫ぶ。
彼女は泣きながら発狂していた。わんわん泣いて、叫んで、罵倒する。
確かにグラシェ国に来た頃の私だったら絶望して、死を望んでいただろう。
でも──。
「私だってつらくて、苦しくて、嫌だって思う時はあるよ。でも、それだけじゃない。私を大切にして愛してくれた人との思い出が私の心をずっと支えて、照らしてくれる。たとえ淡い夢だったとしても、あの幸福な時間を私は忘れない」
「幸福な……時間」
「……セドリックに愛された。その思い出だけで生きていける。あの人は私の心を丸ごと救ってくれた。前を向いて歩けるように、勇気をくれた。……だから、私は絶望の淵にいても、……必要とされなくなって、別れを選んでも……絶望で前が真っ暗でも、立ち止まって蹲ってしまうけれど、また歩き出すわ。命ある限り生きていく」
最後の瞬間まで。
そうしたらフランの元に逝ったとしても、胸を張っていられる。
(たとえ、セドリック様の隣に居られなくなったとしても……)
「──っ、絶望して、絶望してよ。やっとあの味の魂と同じ人と出会えたのに! 馬鹿みたいに優しくて、温かい人たち! その人たちが絶望した時、とっても魂が甘い味がしたの! あの味が食べたい。あの味を食べれば、あの子の時と同じように──」
そこで少女は何かに気づいたのか、ハッとした表情を見せた。それは天啓のような衝撃だったのだろう。大粒の涙が頬を伝って零れ落ちた。
「あの子の時みたいに、心の穴が埋まったのに……」
(あの子?)
さっきも過去の私と姿が重なったが、もしかしたらこの子は私と同じように、ずっと居場所を求めていたのだろうか。
「貴女も私と一緒にくる? 絶望はしないし、魂もあげられないけれど、傍にはいることはできると思う。それで少しは心が温かくなればいいのだけれど」
「……!」
女の子は俯いたまま指を指し示すと一つの扉が開いた。
巨大でさまざまな紋様が彫られた石の扉が鈍い音を立てて開き切った。
「ばっかみたい! ほんとーーーに、お人好しで、愚かで──」
ボロボロと涙を流す女の子は、先ほどの癇癪とは違っていた。
なにか大事なものを思い出したような──綺麗な空色の双眸で私を見つめ返す。
「大好きだった──。そう、あの子のように……。私、本当はあの子に、死んでほしくなかったんだ。……なんで忘れていたんだろう。絶望の淵で食べた魂は、あの子が私を生かすために自分から捧げたのに──私は自分の欲望に負けて──」
泣きじゃくる少女は私を扉へと突き飛ばした。あまりにも一瞬だったので、なす術なく扉へと吸い込まれる。
「待って、貴女は!」
「貴女の魂はもういらない。……だから、帰してあげる。すっごく癪だけど」
手を振る彼女は何か叫んだ後──見えなくなった。
手を伸ばしても少女には届かない。
ふと、空を掴んでいた手に温もりが感じられた。
シトラスの香りが鼻腔をくすぐる。
意識が浮かび上がって……瞼が開く。
光で目が眩みそうになった。
「──ア、オリビア!」
「「リヴィ!」」
「オリビア様」
夢の続き──?
セドリック様が傍にいた。
ベッドの傍にはダグラスやスカーレットがちょこんと座っている。部屋の傍には侍女長のサーシャさん、ヘレンさん、ローレンス様。
泣きそうなお義母様に、支えているお義父様。
(みんな……どうしてここに?)
「オリビア」
「セドリック……様」
私に手をずっと掴んでいたのは、セドリック様だった。
雪が積もったとかではなく、上も下も右も左も真っ白で、どこまでも続いている。また夢の中だろうか。けれど寒くも痛くもない。
「あのね、あのね。お姉さん」
振り返ると小さな女の子が立っていた。
顔や見た目が認識できないが、確かに女の子の声だ。二、三歳ぐらいの小さな子は私を見上げているので、屈んで同じ目線になろうと膝を落とした。
「どうしたの? 迷子? お母さんかお父さんは?」
「いない。ずっと、ずっと。私の言うことを聞いてくれる人はいっぱいいたけど、温かくて、優しくて、満たしてくれるものをずっと探しているのに、ずっと見つからないの。誰も彼もがみんな私を置いて逝く」
泣きじゃくる女の子は、過去の愛されたいと願う自分の姿とダブった。
愛されたくて、褒めて、傍にいてほしくて──自分のできることを周囲にアピールして認めてもらおうとした。
でもそうじゃなくて、ありのままの私が傍に居るだけで笑ってくれる人がいた。
たいしたことじゃなくて、ほんの些細なことで喜んで、一緒に笑ってくれる人がいたのだ。
私を大事にしてくれるから、私も大事にしたいと思えた。
「自分自身と同じくらい他の人を大事にしてくれる人と出会えば、きっとその願いは叶うと思う。私がそうだったもの」
「──は、絶望しないの?」
「え」
「どうして絶望しないの? 家族にも裏切られて、搾取されて、功績も奪われて、居場所も失って、大切な人ができても記憶も何もかも忘れて、婚約者に利用されて、繰り返して、だれも貴女を必要としていないのに、どうして、ねえ、どうして。愛していると言われた人たちから拒絶されて、顔も合わさずに離れて、遠ざかっているのに───それでもなんで、どうして、絶望しないの!?」
「…………」
「絶望して、絶望して、絶望して、絶望して、絶望して、ねえ!」
女の子は癇癪を起して、私に叫ぶ。
彼女は泣きながら発狂していた。わんわん泣いて、叫んで、罵倒する。
確かにグラシェ国に来た頃の私だったら絶望して、死を望んでいただろう。
でも──。
「私だってつらくて、苦しくて、嫌だって思う時はあるよ。でも、それだけじゃない。私を大切にして愛してくれた人との思い出が私の心をずっと支えて、照らしてくれる。たとえ淡い夢だったとしても、あの幸福な時間を私は忘れない」
「幸福な……時間」
「……セドリックに愛された。その思い出だけで生きていける。あの人は私の心を丸ごと救ってくれた。前を向いて歩けるように、勇気をくれた。……だから、私は絶望の淵にいても、……必要とされなくなって、別れを選んでも……絶望で前が真っ暗でも、立ち止まって蹲ってしまうけれど、また歩き出すわ。命ある限り生きていく」
最後の瞬間まで。
そうしたらフランの元に逝ったとしても、胸を張っていられる。
(たとえ、セドリック様の隣に居られなくなったとしても……)
「──っ、絶望して、絶望してよ。やっとあの味の魂と同じ人と出会えたのに! 馬鹿みたいに優しくて、温かい人たち! その人たちが絶望した時、とっても魂が甘い味がしたの! あの味が食べたい。あの味を食べれば、あの子の時と同じように──」
そこで少女は何かに気づいたのか、ハッとした表情を見せた。それは天啓のような衝撃だったのだろう。大粒の涙が頬を伝って零れ落ちた。
「あの子の時みたいに、心の穴が埋まったのに……」
(あの子?)
さっきも過去の私と姿が重なったが、もしかしたらこの子は私と同じように、ずっと居場所を求めていたのだろうか。
「貴女も私と一緒にくる? 絶望はしないし、魂もあげられないけれど、傍にはいることはできると思う。それで少しは心が温かくなればいいのだけれど」
「……!」
女の子は俯いたまま指を指し示すと一つの扉が開いた。
巨大でさまざまな紋様が彫られた石の扉が鈍い音を立てて開き切った。
「ばっかみたい! ほんとーーーに、お人好しで、愚かで──」
ボロボロと涙を流す女の子は、先ほどの癇癪とは違っていた。
なにか大事なものを思い出したような──綺麗な空色の双眸で私を見つめ返す。
「大好きだった──。そう、あの子のように……。私、本当はあの子に、死んでほしくなかったんだ。……なんで忘れていたんだろう。絶望の淵で食べた魂は、あの子が私を生かすために自分から捧げたのに──私は自分の欲望に負けて──」
泣きじゃくる少女は私を扉へと突き飛ばした。あまりにも一瞬だったので、なす術なく扉へと吸い込まれる。
「待って、貴女は!」
「貴女の魂はもういらない。……だから、帰してあげる。すっごく癪だけど」
手を振る彼女は何か叫んだ後──見えなくなった。
手を伸ばしても少女には届かない。
ふと、空を掴んでいた手に温もりが感じられた。
シトラスの香りが鼻腔をくすぐる。
意識が浮かび上がって……瞼が開く。
光で目が眩みそうになった。
「──ア、オリビア!」
「「リヴィ!」」
「オリビア様」
夢の続き──?
セドリック様が傍にいた。
ベッドの傍にはダグラスやスカーレットがちょこんと座っている。部屋の傍には侍女長のサーシャさん、ヘレンさん、ローレンス様。
泣きそうなお義母様に、支えているお義父様。
(みんな……どうしてここに?)
「オリビア」
「セドリック……様」
私に手をずっと掴んでいたのは、セドリック様だった。
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