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第1幕

第8話 何でもありの妖精王

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『私の声が聞こえるかな? 愛し子よ』

 それは涼やかな声だった。心地よく懐かしい声音に私はドキリとした。語尾が伸びていないせいか少し違和感が生じる。

(今の声は……)

 金色の光が王の間を明るく照らし、私の目の前に白猫が姿を見せる。蝶の羽根を羽ばたかせ、宙に浮かんでいた。

「(私と同じ琥珀色の瞳……)あ、もしかして」

 この時になって、白猫の正体に気付く。

「妖精王オーレ・ルゲイエ!」
「!?」
「オーレ・ルゲイエ?」
「妖精王が謁見とは関係なく顕現するなんて……」

 白猫は嬉しそうに「ニャー」と鳴いた。
 その瞬間、王の間に黄金の花びらが舞う。神々しい光と共にジェラルド兄様そっくりの青年がゆっくりと地面に降り立った。

(この人が始祖であり、ダイヤ王国を作った――)

 長い金色の髪に、琥珀色の瞳。人懐っこい顔の青年は、頭には金色の王冠が煌めく。
 白いチュニックとズボン、そして金色の刺繡で編まれた白のローブを羽織っていた。彼こそがこの国の創設者──妖精王オーレ・ルゲイエだ。
 背に生えた蝶の羽根がその証である。

 本来、オーレ・ルゲイエの姿を目視することは難しい。けれどオーレ・ルゲイエ自身の意志で人前に姿を現すことは出来る。今回は人の姿で現れたということで、ハート皇国の使者にも妖精王が健在だということをアピールしたいのかもしれない。

(こ、こんな展開、今まで一度もなかった……!)
「やっぱり意思疎通が出来るというのはいいものだね。私のことはじい様と──」
「妖精王オーレ・ルゲイエ! 我らの祖にして偉大なる王よ」

 今度の声は私以外にも聞こえたようだ。
 唐突に姿を見せたダイヤ王国の祖にして、神とも呼べる存在に両親と兄様は膝を付いて頭を下げた。私も同じように跪こうとして、オーレ・ルゲイエに止められた。

「じい様と呼んで欲しいな。あと今回、挨拶は不要だよ、愛し子ソフィ

 ウインクして茶目っ気たっぷりの青年は、じい様というよりも兄様のほうが近いが希望する呼び方をすることにした。

「じい様、わかったわ」
「ああ、いいね~。その響き」

 素を見せると語尾が伸びるらしい。そちらのほうがしっくりくるが、今はそれどころではない。

「我が祖にして妖精王よ。再びご尊顔を拝謁できたこと、そして言葉を交わせて幸福です」
「はは、無礼講だっていったのに固いな。顔を上げなよ~。ジョシュア」
「はい、……お久しぶりです。本当にまたお会いできるとは……思っておりませんでした」

 妖精王オーレ・ルゲイエは父様に対して気軽に声をかける。その眼差しは我が子を思う親のような温かさが感じられた。父様はそれを受けて嬉しそうに微笑んだ。

「さて、私が姿を現したのは愛し子、ソフィーリアのためだ。この子は次の王として申し分ないしね~。それに私はジェラルドが宰相になるのを心から嬉しく思っている」
「!」
「ジェラルド兄様!」
「わ、わた……わたしが!?」
「もちろん、君も私の大切な愛し子だからね。見える、見えないは資質の問題であって、私の意志とは関係ないし。どの子供たちも大事なのは決まっているだろう」
「――ッ」

 オーレ・ルゲイエの言葉に、兄様は目頭が熱くなっているようだった。そう見えていなくてもオーレ・ルゲイエはこの国の人たちを大切にしているし、私たち王族を心から愛してくれている。
 妖精王が見えないからといって嫌われている訳ではない――そのことが兄様の胸に響いたようだ。

「故に、私や妖精たちは協力を惜しまないつもりだよ」
「貴方にそこまで言わせるのであれば、王である私が口を挟めませんな」
「じゃあ、お父様!」
「ああ。ハート皇国の食料援助の件、娘の提案を受け入れさせていただこうと思います」

 あまりにもあっさりと食料問題を解決した。
 表向きに公開するのは『第一王子ジェラルドが国王に誕生日プレゼントとして、隣国の食料援助を申し出た』という筋書きにして貰う。そしてジェラルド兄様に次期宰相として、他国との外交官の位置を設ける。
 そんな感じで、今回に問題は収束に向かった。

「――と言うわけだ。貴公は我が娘と息子に、借りを作ったこと努々忘れないでもらおう」
「ハッ。この恩情、生涯片時も忘れず、・アレクシス・フローレス・フォン・エドワーズの名に誓って、ソフィーリア・ラウンドルフ・フランシス王女殿下、ジェラルド・ラウンドルフ・フランシス殿下に対して刃を向けないと誓います」
「!」

 妖精王オーレ・ルゲイエはアレクシス殿下の誓いに口元を緩めた。まるで最初からこの言葉を引き出すのが目的だったかのように、緩やかに言霊魔法を展開する。

(あれは古の魔法の一つ!)
「良いだろう。妖精王である私がその言霊の結びを束ね、契約はなされた。もしこの誓いを破れば、その災いはお前自身、引いては国に訪れると思え」
「承知しました」
(これって……今ので私がアレクシス殿に殺される可能性が消えたんじゃ?)

 妖精王の偉大さに呆けていると、彼は私の頭を撫でた。その手はとても大きくて温かくて、懐かしい。

「じい様、ありがとう」
「なに構わないさ~。なんたって私はそなたの『じい様』だからな。……今まで傍に居たのに介入出来ず、すまなかった」

 最後の言葉は囁くように私に告げた。
 それは十二回の時間跳躍タイムリープのことだろうか。
 十三回目は始まる時間軸も異なっている。さらにジェラルド兄様とのやり取りはもちろん、ここでアレクシス殿下と会うこともなかった。

 オーレ・ルゲイエには色々と聞きたいことがあるが、今はアレクシス殿下たちと話を詰めるほうが先だと気持ちを切り替えた。母様に抱っこされつつも、毅然とした態度で話し合いに参加する。
 場所も王の間から客間にアレクシス殿下たちを通して、必要な食糧量と運搬や搬送などもろもろスケジュールを調整していく。
 こういった時、本当にジェラルド兄様の演算能力は役に立つ。アレクシス殿下や付き添いの騎士は兄様の有能さを知って感服していた。次期宰相として申し分ない。私は小さく拍手を贈った。やっぱり兄様は天才だ。

(これなら兄様も自信がつくし、ハート皇国との良縁も結べて……よかったわ……)

 その後は私の出る幕はなく、父とジェラルド兄様が話を詰めてくれたようだ。というのも緊張が解けたのか、いつの間にか私は寝落ちしてしまったのである。
 八歳の身体では二十三時まで起きていられなかったのだろう。お子様の体は大変なのだ。

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