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第5章
第59話 グエン国王の狙い
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ダイヤ王国・王都。
旅行出発日はあっという間に来た。ちなみに今回、ダイヤ王国からは私だけではなく、王妃であるお母様とジェラルド兄様も同行してくださることになっている。
国に残らなければならない父様は、今生の別れのような勢いでお母様に泣きついていた。縋りついている姿はある意味、微笑ましい。というかよくある光景である。
「うわーん、マーガレット。私を置いていかないでぇええええ!!」
「アナタ。子どもたちの前でみっともないでしょう」
「だって、だって! 家族旅行に一家の大黒柱のワシがいかないなんて、やっぱり間違っている。マーガレットが浮気したら私、スペード夜王国を滅ぼすからね」
(父様……)
国王なのに威厳もへったくれも無い。
もはや駄々をこねる大人は、力の限り泣き喚く。しかし周囲の反応はドン引きしておらず「ああ、またか」と微笑ましい笑みを浮かべている。
妖精に至っては「すぐ帰ってくるから、我慢しようね」「いい子で待っていたら、ご褒美もらえるよ」と子供を慰めるような言葉を投げかけている。
国民のみなも「じゃあ戻ってくるまでの間、王都に遊園地を作りましょう」とか「美術館は?」など楽しそうなアイディアを投げかけている。
「うう……。なんで私だけ」
「それはダイヤ王国の王様だからね」とみんな心の中で思った。これではいつまでも出発が出来ない。
お母様を抱きしめて離さないお父様の姿を見かねて声をかける。
「お父様」
「ソフィ~、愛しい我が娘よ。お前も父と離れるのは寂しいだろう」
「はい。寂しいです」
「ソフィーリア!」
「お父様!」
ひし、と抱きしめ合う。お父様やお母様の溢れんばかりの愛情のおかげで、私は人を信じることを捨てないで済んだ。私の守りたい人たち。
「あと数か月で私が王位に就くのですから、退位なさったらお母様とお出かけが出来ますよ」
「マーガレットと……旅行」
「は! ですので、もう少しだけ待っていただけませんか?」
「ソフィーリアぁああ。立派になってぇえええ」
お父様は声を上げて泣き出し、傍に居たお母様は私をギュッと抱きしめる。
「そうよ。ダイヤ王国内でもいくらでも旅行に行けるわ。今度はみんなで行きましょうね」
「お母様。……はい」
「私も一人でお留守番頑張るぞぉ。ソフィぃいい!」
***
お父様の説得が完了し、無事に出発することができた。
馬車での旅は初めてだったが、思いのほか楽しい。ガラス窓から覗く景色が変わっていく様は、見ていて飽きない。飽きないのだが、同席しているシン──フェイ様が途中で拗ねたことだろうか。
本当に甘えん坊というか気まぐれな猫のような方だ。
そう前にフェイ様に告げたら「子猫なのはソフィのほうだ」と言葉を返されてしまった。フェイ様にとって私はお子様と思われているのかと思うと、なんとなくショックだった。
今年で十八歳になるが、全体的に色素の薄い容姿に、お母様のような凛とした気品もなく、顔の造形はさほど悪くはない──といっても平凡といえるだろう。体つきも豊満とは程遠い。
それに比べてフェイ様の美しさと大人の色気は人を惹きつける。そのためフェイ様と並ぶと見劣りしてしまう気がする。
「ソフィーリア」
真剣な声に、愛称ではなく名前を呼ばれてドキリとする。
こういう時、たいてい大事な話だったりするのだ。しっかりと聞こうと姿勢を正す。
「はい」
「今回は面倒なことを頼んでしまって本当に申し訳ない」
向かいに座るフェイ様は深々と頭を下げるので、私は慌てた。
「頭を上げてください」
おそらく出発しようとした際、スペード夜王国から来た使者に関係しているのだろう。書状の内容を簡潔にまとめると『スペード夜王国で滞在中、王子たちが次期国王になる器かどうか意見が欲しい』という依頼めいたものが届いたのだ。
グエン国王直々の嘆願書となれば、無視することは出来ない。
時間跳躍での流れでは、ちょうどこの辺りから、グエン国王の容体悪化によって後継者争いが激化するのだ。しかしそれを事前に回避できるのならば、願ったりかなったりではないか。
もっとも私一人の意見で王太子は決まらないはずだ。
あくまでも他国から見た王族の意見という意味合いだと思いたい。
「突然だったのは驚きましたが、出発のタイミングで聞けたのは良かったと思います。首都まで馬車で四日はかかるのですから、ゆっくり対策も練られるでしょう」
「しかし……これはあまりにに……」
「私一人だったら怖くてしょうがなかったですけれど、お母様にジェラルド兄様。そしてフェイ様がいるのですからなにも怖くないです」
「ソフィ」
聖女アリサの一件以降、フェイ様はスペード夜王国の情勢についても含めて私に教えてくれた。途中で「あ、これ国の機密事項だ」と思ったが時すでに遅し。どうやら私が思っていた以上にスペード夜王国の情勢は複雑なようだ。
今回の嘆願書も政治ありきだ。私の選択一つで国の未来に大きな影響を与える。人生初の他国の旅行が、とんでもないことになっていく。もともと六大精霊を探しにいくはずが……。
「旅行中、内乱とか起こらないですよね?」
「ははは、まさか……」
「ですよね」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………おそらく」
フェイ様が目を逸らした。
嫌な予感しかない。私はそう心から思った。かといって今から行かないなんて選択肢ない。これも国交を結んでいる王族の宿命である。悲しいけれど。
旅行出発日はあっという間に来た。ちなみに今回、ダイヤ王国からは私だけではなく、王妃であるお母様とジェラルド兄様も同行してくださることになっている。
国に残らなければならない父様は、今生の別れのような勢いでお母様に泣きついていた。縋りついている姿はある意味、微笑ましい。というかよくある光景である。
「うわーん、マーガレット。私を置いていかないでぇええええ!!」
「アナタ。子どもたちの前でみっともないでしょう」
「だって、だって! 家族旅行に一家の大黒柱のワシがいかないなんて、やっぱり間違っている。マーガレットが浮気したら私、スペード夜王国を滅ぼすからね」
(父様……)
国王なのに威厳もへったくれも無い。
もはや駄々をこねる大人は、力の限り泣き喚く。しかし周囲の反応はドン引きしておらず「ああ、またか」と微笑ましい笑みを浮かべている。
妖精に至っては「すぐ帰ってくるから、我慢しようね」「いい子で待っていたら、ご褒美もらえるよ」と子供を慰めるような言葉を投げかけている。
国民のみなも「じゃあ戻ってくるまでの間、王都に遊園地を作りましょう」とか「美術館は?」など楽しそうなアイディアを投げかけている。
「うう……。なんで私だけ」
「それはダイヤ王国の王様だからね」とみんな心の中で思った。これではいつまでも出発が出来ない。
お母様を抱きしめて離さないお父様の姿を見かねて声をかける。
「お父様」
「ソフィ~、愛しい我が娘よ。お前も父と離れるのは寂しいだろう」
「はい。寂しいです」
「ソフィーリア!」
「お父様!」
ひし、と抱きしめ合う。お父様やお母様の溢れんばかりの愛情のおかげで、私は人を信じることを捨てないで済んだ。私の守りたい人たち。
「あと数か月で私が王位に就くのですから、退位なさったらお母様とお出かけが出来ますよ」
「マーガレットと……旅行」
「は! ですので、もう少しだけ待っていただけませんか?」
「ソフィーリアぁああ。立派になってぇえええ」
お父様は声を上げて泣き出し、傍に居たお母様は私をギュッと抱きしめる。
「そうよ。ダイヤ王国内でもいくらでも旅行に行けるわ。今度はみんなで行きましょうね」
「お母様。……はい」
「私も一人でお留守番頑張るぞぉ。ソフィぃいい!」
***
お父様の説得が完了し、無事に出発することができた。
馬車での旅は初めてだったが、思いのほか楽しい。ガラス窓から覗く景色が変わっていく様は、見ていて飽きない。飽きないのだが、同席しているシン──フェイ様が途中で拗ねたことだろうか。
本当に甘えん坊というか気まぐれな猫のような方だ。
そう前にフェイ様に告げたら「子猫なのはソフィのほうだ」と言葉を返されてしまった。フェイ様にとって私はお子様と思われているのかと思うと、なんとなくショックだった。
今年で十八歳になるが、全体的に色素の薄い容姿に、お母様のような凛とした気品もなく、顔の造形はさほど悪くはない──といっても平凡といえるだろう。体つきも豊満とは程遠い。
それに比べてフェイ様の美しさと大人の色気は人を惹きつける。そのためフェイ様と並ぶと見劣りしてしまう気がする。
「ソフィーリア」
真剣な声に、愛称ではなく名前を呼ばれてドキリとする。
こういう時、たいてい大事な話だったりするのだ。しっかりと聞こうと姿勢を正す。
「はい」
「今回は面倒なことを頼んでしまって本当に申し訳ない」
向かいに座るフェイ様は深々と頭を下げるので、私は慌てた。
「頭を上げてください」
おそらく出発しようとした際、スペード夜王国から来た使者に関係しているのだろう。書状の内容を簡潔にまとめると『スペード夜王国で滞在中、王子たちが次期国王になる器かどうか意見が欲しい』という依頼めいたものが届いたのだ。
グエン国王直々の嘆願書となれば、無視することは出来ない。
時間跳躍での流れでは、ちょうどこの辺りから、グエン国王の容体悪化によって後継者争いが激化するのだ。しかしそれを事前に回避できるのならば、願ったりかなったりではないか。
もっとも私一人の意見で王太子は決まらないはずだ。
あくまでも他国から見た王族の意見という意味合いだと思いたい。
「突然だったのは驚きましたが、出発のタイミングで聞けたのは良かったと思います。首都まで馬車で四日はかかるのですから、ゆっくり対策も練られるでしょう」
「しかし……これはあまりにに……」
「私一人だったら怖くてしょうがなかったですけれど、お母様にジェラルド兄様。そしてフェイ様がいるのですからなにも怖くないです」
「ソフィ」
聖女アリサの一件以降、フェイ様はスペード夜王国の情勢についても含めて私に教えてくれた。途中で「あ、これ国の機密事項だ」と思ったが時すでに遅し。どうやら私が思っていた以上にスペード夜王国の情勢は複雑なようだ。
今回の嘆願書も政治ありきだ。私の選択一つで国の未来に大きな影響を与える。人生初の他国の旅行が、とんでもないことになっていく。もともと六大精霊を探しにいくはずが……。
「旅行中、内乱とか起こらないですよね?」
「ははは、まさか……」
「ですよね」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………おそらく」
フェイ様が目を逸らした。
嫌な予感しかない。私はそう心から思った。かといって今から行かないなんて選択肢ない。これも国交を結んでいる王族の宿命である。悲しいけれど。
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