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第5章
第61話 婚約者様は有能・後編
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「フェイ様、ごめんなさ──」
「私は国王にならないよ。望むのはソフィの隣だ。貴女の隣にいるためにも、スペード夜王国が少しはマシになってもらわないと困る。その程度の気持ちしかない」
「フェイ……様」
フェイ様は私の隣に座り直すと、頬に触れた。大きくてゴツゴツとした手のひらは温かくてホッとする。
「だからそんな悲しい顔をしなくていい」
「はい」
「自国愛がない薄情な男だって思ってくれて良い。まあ虞淵国王の件は見通しが甘かったけれど」
そう告げたフェイ様の顔は清々しいほどいい笑顔だ。
「私の人生にソフィが居なければ何の意味もない。言っただろう貴女を居場所にしてもいいかと」
「フェイ様はどうしてそこまで……」
私を必要としてくれるのか。時間跳躍を繰り返した時は、さほど接点はなかったのに。前に聞いたけれど、もっと詳しく知りたかった。
「生きる理由にしてもいいと昔、ソフィが言ってくれたからな」
「え?」
衝撃が走った。
確かにそんなことを言ったような気がする。あれはいつだっただろうか。
(婚約した後? ううん、もっと前──)
「さて、城に着くまでにまだ時間はあるけど、王子たちに対して対策を立てておこうか」
(…………あれは、昼? ううん、夜だった?)
「ソフィ」
「ひゃ」
目の前にフェイ様の顔が見え、思わず変な声が出てしまった。しかも頬にキスまでするのだから、私の思考はぐちゃぐちゃだ。
フェイ様は私を膝の上に乗せて抱き寄せる。彼の強引さに戸惑いつつも、しっかりと抱きしめられた腕のぬくもりに心の中で悲鳴を上げた。
三カ月ぶりに会ってからというもの、ますますフェイ様のスキンシップが増えた。室内だけだったので「婚約者ならこのぐらい当たり前だ」という言葉を鵜呑みにしていたが、これは室内とはいえないと思う。タブン。
「ふ、フェイ様!? 馬車の中でこのようなことは……」
「婚約者ならこのぐらい普通だよ。あと三カ月ぶりなのだから、ソフィを堪能したい」
「堪能って……私は食べられませんよ?」
「……ぷっ、くくっ……ああ、そうだな」
「?」
ぎゅうぎゅうに抱きしめられたあと、頬や唇にキスをしたらフェイ様はご機嫌で抱きしめる手を緩めてくれた。キスはいつも恥ずかしくてドギマギするが、ギュッと抱きしめてくれる腕の中は安心して心地よい。
胸元に頭を預けるとフェイ様はすごく嬉しそうだった。
「さて今は作戦会議が先だ。ソフィはスペード夜王国の馬鹿王子たちのことをどれぐらい知っている?」
(さらっと馬鹿王子と言った!?)
気のせいかフェイ様の口調が辛辣だ。なんというか本当に六年の間に、逞しくなられた気がする。主に精神的に。
「ソフィ。今別のこと考えていただろう」
「あ、えっと……はい。ごめんなさい」
「構わない。次から違うことを考えるたびにキスをするのだから」
(ひい)
にっこりと笑うフェイ様の目は本気だ。意地悪さが増している気がする──そんなことを考えている段階でフェイ様の唇が重なる。
「ん」
「さて、今回はどこまで粘るのか見物──」
「そ、その! スペード夜王国の王族の方々は挨拶したきりだったので、あまり詳しくは知らないのです。お父様から他国の調査報告書を受け取ったのだけれど、今回持ってきていないの」
「それなら、私が持ってきておりますよ。姫様」
「「!?」」
私が向かいの席に家事妖精シスターズの一人、ローズがちょこんと座っていた。灰色の髪を三つ編みにしており、藍色のドレスを着ている。
家事妖精は家事全般を手伝う妖精で、ダイヤ王国の家々に代々住み着いている。そう普段は城にしかいないのに、馬車に乗っていたのだ。
「な、なんでローズが!?」
ローズは人形のように固まっていた口が小さく動き出す。
「妖精王オーレ・ルゲイエが『影ながら支えるように』と同行を命じたのです。王族とはいえ、他国では妖精の加護も薄れてしまうので、家事妖精を含め、護衛者たちを選りすぐってついてきております。他にも執事として妖精の護衛役、妖精騎士もおります。今、姿が見えるようになったのは、わざとでございます」
「わざとなの!?」
「さすがは妖精と共存している国……」
それで済ませるフェイ様の順応ぶりもすごい。
ローズは非常に分かりづらいが「どうだ」と言わんばかりに、胸を張ってアピールをしていた。
「妖精王が『馬車は長旅な上に、二人きりにするのは危険かもしれない』と判断したようです。途中までは認識阻害の魔法をかけていたのですが、切れてしまったようですね」
「読まれていたか……」
「じい様。笑顔で送り出してくれたと思ったら……」
すでに色々手配済みだったようだ。お父様よりもある意味心配性ではないだろうか。ともあれローズからスペード夜王国の調査資料を受け取った。
「もう。馬車にはフィン様がいるから、なにも危なくないのに……」
「いえ。一番危ないのは殿下かと」
「?」
「私に対して警戒心がなくて実に可愛らしい。いつまでも愛らしいままで、いてほしいものだ」
頬を摺り寄せるフェイ様は、ローズがいようが居まいが関係なく密着してくる。私はそのたびに恥ずかしくて死にそうになるのだが、手放す気はないようだ。
「うう……フェイ様」
「それ以上姫様に近づいた場合、そぎ落とします」
(何を!? ……というかこれ以上にないほど密着しているのですけれど!)
「ソフィ。それよりも王子たちが何をしてきそうなのか、対応を立てておこう」
(ローズの発言を無視!?)
正面に座り直したローズは、不機嫌そうにフェイ様を睨んでいる。警戒か、それともこの距離感に対して「はしたない」と指摘するのを迷っているのだろうか。
(でも、この温もりとフェイ様を独占している感じが嫌いじゃないなんて、言えないし……)
ふと窓ガラスに映り込む自分とフェイ様の姿を客観的に見て、赤面してしまう。十年前はフェイ様とこんな風に仲睦まじい姿が見られるなんて想像も出来なかった。
本当に十三回目は何もかもが違う。
フェイ様の温もりに応えるように彼の胸に体を預けた。
「ソフィ」
「いえ。一緒に考えることができて嬉しいです」
「ああ。では第一王子についてだが──」
聖女アリサの時とは違い、フェイ様は私にいろいろ話をしてくれた。『一緒に』というたったそれだけのことが心から嬉しくて、胸が詰まった。
「私は国王にならないよ。望むのはソフィの隣だ。貴女の隣にいるためにも、スペード夜王国が少しはマシになってもらわないと困る。その程度の気持ちしかない」
「フェイ……様」
フェイ様は私の隣に座り直すと、頬に触れた。大きくてゴツゴツとした手のひらは温かくてホッとする。
「だからそんな悲しい顔をしなくていい」
「はい」
「自国愛がない薄情な男だって思ってくれて良い。まあ虞淵国王の件は見通しが甘かったけれど」
そう告げたフェイ様の顔は清々しいほどいい笑顔だ。
「私の人生にソフィが居なければ何の意味もない。言っただろう貴女を居場所にしてもいいかと」
「フェイ様はどうしてそこまで……」
私を必要としてくれるのか。時間跳躍を繰り返した時は、さほど接点はなかったのに。前に聞いたけれど、もっと詳しく知りたかった。
「生きる理由にしてもいいと昔、ソフィが言ってくれたからな」
「え?」
衝撃が走った。
確かにそんなことを言ったような気がする。あれはいつだっただろうか。
(婚約した後? ううん、もっと前──)
「さて、城に着くまでにまだ時間はあるけど、王子たちに対して対策を立てておこうか」
(…………あれは、昼? ううん、夜だった?)
「ソフィ」
「ひゃ」
目の前にフェイ様の顔が見え、思わず変な声が出てしまった。しかも頬にキスまでするのだから、私の思考はぐちゃぐちゃだ。
フェイ様は私を膝の上に乗せて抱き寄せる。彼の強引さに戸惑いつつも、しっかりと抱きしめられた腕のぬくもりに心の中で悲鳴を上げた。
三カ月ぶりに会ってからというもの、ますますフェイ様のスキンシップが増えた。室内だけだったので「婚約者ならこのぐらい当たり前だ」という言葉を鵜呑みにしていたが、これは室内とはいえないと思う。タブン。
「ふ、フェイ様!? 馬車の中でこのようなことは……」
「婚約者ならこのぐらい普通だよ。あと三カ月ぶりなのだから、ソフィを堪能したい」
「堪能って……私は食べられませんよ?」
「……ぷっ、くくっ……ああ、そうだな」
「?」
ぎゅうぎゅうに抱きしめられたあと、頬や唇にキスをしたらフェイ様はご機嫌で抱きしめる手を緩めてくれた。キスはいつも恥ずかしくてドギマギするが、ギュッと抱きしめてくれる腕の中は安心して心地よい。
胸元に頭を預けるとフェイ様はすごく嬉しそうだった。
「さて今は作戦会議が先だ。ソフィはスペード夜王国の馬鹿王子たちのことをどれぐらい知っている?」
(さらっと馬鹿王子と言った!?)
気のせいかフェイ様の口調が辛辣だ。なんというか本当に六年の間に、逞しくなられた気がする。主に精神的に。
「ソフィ。今別のこと考えていただろう」
「あ、えっと……はい。ごめんなさい」
「構わない。次から違うことを考えるたびにキスをするのだから」
(ひい)
にっこりと笑うフェイ様の目は本気だ。意地悪さが増している気がする──そんなことを考えている段階でフェイ様の唇が重なる。
「ん」
「さて、今回はどこまで粘るのか見物──」
「そ、その! スペード夜王国の王族の方々は挨拶したきりだったので、あまり詳しくは知らないのです。お父様から他国の調査報告書を受け取ったのだけれど、今回持ってきていないの」
「それなら、私が持ってきておりますよ。姫様」
「「!?」」
私が向かいの席に家事妖精シスターズの一人、ローズがちょこんと座っていた。灰色の髪を三つ編みにしており、藍色のドレスを着ている。
家事妖精は家事全般を手伝う妖精で、ダイヤ王国の家々に代々住み着いている。そう普段は城にしかいないのに、馬車に乗っていたのだ。
「な、なんでローズが!?」
ローズは人形のように固まっていた口が小さく動き出す。
「妖精王オーレ・ルゲイエが『影ながら支えるように』と同行を命じたのです。王族とはいえ、他国では妖精の加護も薄れてしまうので、家事妖精を含め、護衛者たちを選りすぐってついてきております。他にも執事として妖精の護衛役、妖精騎士もおります。今、姿が見えるようになったのは、わざとでございます」
「わざとなの!?」
「さすがは妖精と共存している国……」
それで済ませるフェイ様の順応ぶりもすごい。
ローズは非常に分かりづらいが「どうだ」と言わんばかりに、胸を張ってアピールをしていた。
「妖精王が『馬車は長旅な上に、二人きりにするのは危険かもしれない』と判断したようです。途中までは認識阻害の魔法をかけていたのですが、切れてしまったようですね」
「読まれていたか……」
「じい様。笑顔で送り出してくれたと思ったら……」
すでに色々手配済みだったようだ。お父様よりもある意味心配性ではないだろうか。ともあれローズからスペード夜王国の調査資料を受け取った。
「もう。馬車にはフィン様がいるから、なにも危なくないのに……」
「いえ。一番危ないのは殿下かと」
「?」
「私に対して警戒心がなくて実に可愛らしい。いつまでも愛らしいままで、いてほしいものだ」
頬を摺り寄せるフェイ様は、ローズがいようが居まいが関係なく密着してくる。私はそのたびに恥ずかしくて死にそうになるのだが、手放す気はないようだ。
「うう……フェイ様」
「それ以上姫様に近づいた場合、そぎ落とします」
(何を!? ……というかこれ以上にないほど密着しているのですけれど!)
「ソフィ。それよりも王子たちが何をしてきそうなのか、対応を立てておこう」
(ローズの発言を無視!?)
正面に座り直したローズは、不機嫌そうにフェイ様を睨んでいる。警戒か、それともこの距離感に対して「はしたない」と指摘するのを迷っているのだろうか。
(でも、この温もりとフェイ様を独占している感じが嫌いじゃないなんて、言えないし……)
ふと窓ガラスに映り込む自分とフェイ様の姿を客観的に見て、赤面してしまう。十年前はフェイ様とこんな風に仲睦まじい姿が見られるなんて想像も出来なかった。
本当に十三回目は何もかもが違う。
フェイ様の温もりに応えるように彼の胸に体を預けた。
「ソフィ」
「いえ。一緒に考えることができて嬉しいです」
「ああ。では第一王子についてだが──」
聖女アリサの時とは違い、フェイ様は私にいろいろ話をしてくれた。『一緒に』というたったそれだけのことが心から嬉しくて、胸が詰まった。
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