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第6章
第91話 第十王子シン・フェイの視点14
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「また明日」そうい言って彼女と別れた。
次の日になれば、またソフィの笑顔が見られると思っていたのだ。
ささやかな願いは、一瞬で絶望に変わった。
「ソフィ?」
彼女が泊っていた部屋は、調度品やベッドなど諸々が木端微塵に吹き飛んでおり、いたるところに血痕が残っていた。
砲弾を撃ち込まれたような有様に血の気が引いた。
「ソフィ!? どこにいるんだ!」
ソフィの姿はない。血塗れで絶命しているのは、黒装束の男たちだけだ。
吸血鬼のなれの果て。クドラク病の末期症状である飢餓からの突然変異。適度に鉄分を補充していれば、こうなることはまずない。
(確実に無理やりこうにさせられた……)
重軽傷を負ったのは、第八、第九の王子と星焔王子たちだ。行方不明者の数を調べていると、かなり多い。城内には広範囲で眠りの魔法が展開されていた。魔導具ではない、魔法だ。
それもこれも第二王子が行った襲撃事件だと判明し、第二王子は捕縛されたことで収まった。
被害があったのは第七、第八、第九王子の寝室、そしてソフィの客間周辺だ。私やジェラルド、王妃に対してはシルキーの防御結界が張り巡らされていた。シルキーの一人、ローズが持ち場を離れたのは、ソフィの指示だという。
事の顛末はこうだ。
星焔の部屋に侵入した暗殺者と戦闘に入り、その最中に蠱毒の矢を受けたらしい。なんとか暗殺者を振り切って、助けを呼ぼうにも城内は眠りの魔法で誰一人起きていなかった。
唯一部屋の近かった第八、第九王子が駆け付けて星焔は意識を失う。
第八、第九王子たちは、星焔を担いで王宮医師に向かったが眠っていた。そこで妖精の力を持つソフィに一縷の望みをかけて、頼ったという。
確かにソフィの周囲にいる精霊たちならば解毒は可能なはずだ。事実、ウンディーネとドライアードは『蠱毒解毒を行った』とジェラルドから聞いた。
自然の流れではあるが、どうにも意図的にソフィを巻き込んだ気がしてならない。
第二王子が首謀者だとして、なぜソフィの存在が消えたのか。
妖精や精霊すら『彼女がどこにいるかわからない』というのだ。
ただ生きている。その事実だけが唯一の救いであり、希望でもあった。
(ソフィ……!)
ふと、自分の手首にある腕輪に気づいた。
ソフィから初めての贈物。
いつもは食べ物や、花、唄など残る物を貰うことはあまりなかった。けれどこの腕輪は彼女が選んでくれた彼女の想い。
「フェイ。私たちは早々にダイヤ王国に戻る。ハーレクインや父上ならば、何かわかるかもしれない」
「そうか……。そうだな」
私はどうすればいいだろう。
答えが出てこない。
いつも即決していたのに、ソフィのことになると思考が上手く回らない。こうしている間にもソフィへの手掛かりは失われているかもしれないと思うと、冷静になれなかった。
一緒にダイヤ王国に向かうべきか。しかし彼女が姿を消したのはスペード夜王国だ。ここに手掛かりがあるかもしれない。
(どうする。何をすれば……。糸口が見つからない。慌てるな、考えるんだ──)
「後、一時間後に出立する。それまでにどうするか決めてくれ」
そうジェラルドが言葉にしている声がやけに遠くから聞こえた。
答えが出ない。
いや答えを出そうとして、その結果に──私は怯えている。自室に戻って体を休めようと思っても、何も考えられなかった。あまりにも唐突過ぎる別れ。
心が追い付かない。
今までの私なら絶対にそんな事などなかった。
ふと気づけば、いつの間にか真夜中になっていた。そこに至ってもジェラルドとの約束の時間のことなど私はまったく思い出さなかったのだ。
ただ気づいた時には視界が闇で覆われ、意識が途絶えていた。
***
ダイヤ王国。
妖精の力をフル活用し、通常四日以上かかる道のりを半日で戻った。
王妃には申し訳なかったが、馬車は一台で一人分の席を空けて乗り合わせてもらうことに。
王都までの時間を惜しみ、国王とオーレ・ルゲイエはアルギュロス宮殿でジェラルドと王妃を出迎える。私への挨拶はない。誰とも視線を合わせずに、ジェラルドの後に続いた。
すぐさま一行は手短にある客間へと足を運んだ。
妖精王、国王、王妃、ジェラルドが部屋に入ったところで、扉を締めて妖精の魔法をかける。
「ここまでくれば透明マントを取っても大丈夫ですよ、フェイ」
「現在、このアルギュロス宮殿全体に妖精が特別な結界を張っている。それゆえ干渉されることはない。安心するがいい」
ジェラルドと国王は、私に声をかけた。傍から見れば誰もいないであろう場所に向かえって。
「ああ。助かった。……どうやら上手く誤魔化せたようだな」
次の日になれば、またソフィの笑顔が見られると思っていたのだ。
ささやかな願いは、一瞬で絶望に変わった。
「ソフィ?」
彼女が泊っていた部屋は、調度品やベッドなど諸々が木端微塵に吹き飛んでおり、いたるところに血痕が残っていた。
砲弾を撃ち込まれたような有様に血の気が引いた。
「ソフィ!? どこにいるんだ!」
ソフィの姿はない。血塗れで絶命しているのは、黒装束の男たちだけだ。
吸血鬼のなれの果て。クドラク病の末期症状である飢餓からの突然変異。適度に鉄分を補充していれば、こうなることはまずない。
(確実に無理やりこうにさせられた……)
重軽傷を負ったのは、第八、第九の王子と星焔王子たちだ。行方不明者の数を調べていると、かなり多い。城内には広範囲で眠りの魔法が展開されていた。魔導具ではない、魔法だ。
それもこれも第二王子が行った襲撃事件だと判明し、第二王子は捕縛されたことで収まった。
被害があったのは第七、第八、第九王子の寝室、そしてソフィの客間周辺だ。私やジェラルド、王妃に対してはシルキーの防御結界が張り巡らされていた。シルキーの一人、ローズが持ち場を離れたのは、ソフィの指示だという。
事の顛末はこうだ。
星焔の部屋に侵入した暗殺者と戦闘に入り、その最中に蠱毒の矢を受けたらしい。なんとか暗殺者を振り切って、助けを呼ぼうにも城内は眠りの魔法で誰一人起きていなかった。
唯一部屋の近かった第八、第九王子が駆け付けて星焔は意識を失う。
第八、第九王子たちは、星焔を担いで王宮医師に向かったが眠っていた。そこで妖精の力を持つソフィに一縷の望みをかけて、頼ったという。
確かにソフィの周囲にいる精霊たちならば解毒は可能なはずだ。事実、ウンディーネとドライアードは『蠱毒解毒を行った』とジェラルドから聞いた。
自然の流れではあるが、どうにも意図的にソフィを巻き込んだ気がしてならない。
第二王子が首謀者だとして、なぜソフィの存在が消えたのか。
妖精や精霊すら『彼女がどこにいるかわからない』というのだ。
ただ生きている。その事実だけが唯一の救いであり、希望でもあった。
(ソフィ……!)
ふと、自分の手首にある腕輪に気づいた。
ソフィから初めての贈物。
いつもは食べ物や、花、唄など残る物を貰うことはあまりなかった。けれどこの腕輪は彼女が選んでくれた彼女の想い。
「フェイ。私たちは早々にダイヤ王国に戻る。ハーレクインや父上ならば、何かわかるかもしれない」
「そうか……。そうだな」
私はどうすればいいだろう。
答えが出てこない。
いつも即決していたのに、ソフィのことになると思考が上手く回らない。こうしている間にもソフィへの手掛かりは失われているかもしれないと思うと、冷静になれなかった。
一緒にダイヤ王国に向かうべきか。しかし彼女が姿を消したのはスペード夜王国だ。ここに手掛かりがあるかもしれない。
(どうする。何をすれば……。糸口が見つからない。慌てるな、考えるんだ──)
「後、一時間後に出立する。それまでにどうするか決めてくれ」
そうジェラルドが言葉にしている声がやけに遠くから聞こえた。
答えが出ない。
いや答えを出そうとして、その結果に──私は怯えている。自室に戻って体を休めようと思っても、何も考えられなかった。あまりにも唐突過ぎる別れ。
心が追い付かない。
今までの私なら絶対にそんな事などなかった。
ふと気づけば、いつの間にか真夜中になっていた。そこに至ってもジェラルドとの約束の時間のことなど私はまったく思い出さなかったのだ。
ただ気づいた時には視界が闇で覆われ、意識が途絶えていた。
***
ダイヤ王国。
妖精の力をフル活用し、通常四日以上かかる道のりを半日で戻った。
王妃には申し訳なかったが、馬車は一台で一人分の席を空けて乗り合わせてもらうことに。
王都までの時間を惜しみ、国王とオーレ・ルゲイエはアルギュロス宮殿でジェラルドと王妃を出迎える。私への挨拶はない。誰とも視線を合わせずに、ジェラルドの後に続いた。
すぐさま一行は手短にある客間へと足を運んだ。
妖精王、国王、王妃、ジェラルドが部屋に入ったところで、扉を締めて妖精の魔法をかける。
「ここまでくれば透明マントを取っても大丈夫ですよ、フェイ」
「現在、このアルギュロス宮殿全体に妖精が特別な結界を張っている。それゆえ干渉されることはない。安心するがいい」
ジェラルドと国王は、私に声をかけた。傍から見れば誰もいないであろう場所に向かえって。
「ああ。助かった。……どうやら上手く誤魔化せたようだな」
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