吸血鬼は恋する5秒前 ー人間に恋した吸血鬼とその周囲についての中間報告ー

灯トモル

文字の大きさ
10 / 18

10 地下街でランチ

しおりを挟む
 店の外に出て、来た道を引き返す形で歩き出すとイリヤが礼を言ってきた。

「一緒にお店までついて来てくれて、本当にありがとう。ひとりだともっと時間がかかっていたかもしれないわ」
「別にいいよ。地下街初めてで面白いし」
「よかった。そう言ってもらえると……うれしいかも」

 照れたように微笑んだイリヤに対し、家泉も何かを言おうとした。が、それよりも先に家泉の腹の音が盛大な音を立てた。イリヤがぱちぱちと瞬きをする。

「ああ~そういえば何も食べてなかったんだ」

 すっかり自分が空腹だったことを忘れていた家泉は、気恥ずかしくなって髪の毛をぐしゃっとかき乱したが、それを見たイリヤは笑ったりしなかった。彼女は何かを探すように辺りを見渡す。

「ええと。じゃあ、どこか食べにいきましょ?」
「へ?地下街って人間も食事ができるお店あるの?」
「ここに来る途中に”両種族OK!"の看板が出てるカフェがあったのを見たわ。確かこっちにあったはず」

 迷いの無い足取りで歩き出したイリヤの後を、家泉はついて行った。



 地下街には、吸血鬼と人間と一緒に食事ができる飲食店がある。
 数年前までは吸血鬼専用の飲食店が多くを占めていたものの、人間との共存が進む中で、それぞれの種族が同じ空間で食事ができる店の割合が増えつつあった。
 イリヤ達も、例に漏れず人間と吸血鬼の両方が利用できるカフェに入った。

「ホントに人間用のメニューがある」

 テーブルに置いてあるメニューを見た家泉は、人間用の食事が充実していることに驚くと同時に心から安心した。
 メニューにはハンバーガーセットや、ケーキセットなど美味しそうなメニューが写真付きで並んでいる。家泉がどれにしようか悩んでいると、イリヤは別メニューを見ていた。

「イリヤさんはもう決まったの?」
「この赤い果実セットを」
「どんなの、それ」

 見せてもらったメニューの写真には、綺麗なガラスの中に赤い果実のようなものが盛られていて、血液で作られた食べ物には見えなかった。

「これ、吸血鬼が食べれるの?」
「ええ。全部人工血液でできていて、形は果物風に加工してあるの。見た目も可愛いし、頼んでみようかなって」
「本当にいろいろあるんだな……」

 イリヤと行動をしてると知らないことがたくさん見えてくる。家泉の身近にいた人々は今までは人間だったため、人間同士では生活習慣に関して疑うことが無かった。
 しかしイリヤと出会い、僅かな間でも行動を共にすることで、家泉の中では吸血鬼に関する知識が深まり、種族間の違いを改めて実感するところとなった。
 家泉は卓上にあったタッチパネルを操作して食事を注文する。イリヤはさきほどの果実セットで、家泉はハンバーガーセットにした。
 料理が運ばれてくる間にも2人はぽつぽつと話をしていたが、イリヤが買ったスマートフォンの話題になると互いの話しぶりに熱が入る。

「それで、さっき買ったこれが最新機種。パワー型吸血鬼対応の壊れにくい素材で出来ているそうなの」
「見た感じはどこにでもあるスマホっぽいな。どれくらい頑丈なんだ?」

 イリヤが商品の箱に同梱されていた説明書を取り出して読み上げる。

「衝撃1トンまで耐えられるって」
「そんなに?!どんな技術で作られてるのか気になる」
「技術のことは書いてないけど、検証済みって記載もあるから間違いはないみたい。さすがにこれなら壊れないと思うから安心して使えるわ」
「この耐久テスト見てみたいなー」
「これとは違う機種の実験は動画で見たわ。見たことも無い機械で圧力かけたりしてた」
「じゃあ、これもそういうテストしたってことかな。すごい。あ、触ってもいい?」
「もちろん」

 イリヤが手渡すと家泉は玩具を与えられたようにキラキラした瞳で、イリヤの新しいスマートフォンを見ていた。彼の様子にイリヤは思わず微笑む。
 そうしている間に頼んだ料理がテーブルに届いたので2人は食事を始めた。イリヤの注文した食べ物は写真で見るよりも本物のフルーツに見えた。

「イリヤさんの果実セットもおいしそう」
「人間が食べても美味しくないわよ」
「逆にイリヤさんはおれのご飯見て美味しそうとか思う?」
「お肉の香りがするとは思うけど、食べたいとは思わないわ」

 その答えに家泉は、とある疑問が頭に浮かんだ。

「そういや、おれたちと仕事して今は食事もしてるけど、人間を目の前にして生き血を飲みたくならないの?」
「ここで生活してると人工血液があるし、わたしはそれで充分。そもそも故郷いせかいでも、人間から直接血を吸うことはルールとしてダメなの」
「知らなかった。じゃあ、どうやって向こうでは食事を?」
「人間からは血を税の一部として納めてもらって、その代わりに吸血鬼は人間の生活全般の安全を保障する決まりよ。人間が多い時代はそれで成り立っていたみたいだけど、今ではもう人間が少なくて……だからこっちに来たの」
「吸血鬼の社会システムが維持できなくなったから、協定が結ばれたって聞いてたけど、そういう事情だったのか」
「そうなの。でも、こっちに来てよかったと思ってる。わたしはこっちにいる方が楽しいわ」
「そっか……イリヤさんが楽しいならよかった」

 家泉がほっとして笑うとイリヤも微笑み、2人は同時に食事を再開する。
 その様子はどこにでもある普通のカフェでの食事風景だった。
 


 
 日付が変わって自宅に戻ったイリヤが上機嫌でリビングに入ると、テレビを見ながらネイルをしていたリシェがイリヤの方に顔を向けた。

「おかえり」
「ただいま、リシェ!」
「やけに嬉しそうね。新しいスマホがそんなに気に入ったの?」
「それもだけど、家泉さんに偶然会えたの!一緒にスマホ買いに行って、ごはんも食べてきたわ!」

 イリヤにしてみれば家泉と一緒に過ごした1日は緊張しっぱなしだった。なんとか顔には出ないよう振舞ったが、うまくできていたか自信がない。
 それでも家泉と過ごした時間を振り返れば、幸せな気持ちの方が勝っていた。
 うきうきと話すイリヤにリシェもにこりと笑った。

「よかったわね」
「ありがとう。リシェが友達になってみたらって言ってくれたおかげよ。前よりは仲良くなれたと思う」
「それなら、連絡先も交換できたのね」
「え」

 リシェの言葉にイリヤはぴたりと動きを止めると、みるみるうちに涙目になって膝から崩れ落ちた。

「どうしよ……すっかり忘れてた」
「あら、これは前途多難ね」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

悪役令嬢として、愛し合う二人の邪魔をしてきた報いは受けましょう──ですが、少々しつこすぎやしませんか。

ふまさ
恋愛
「──いい加減、ぼくにつきまとうのはやめろ!」  ぱんっ。  愛する人にはじめて頬を打たれたマイナの心臓が、どくん、と大きく跳ねた。  甘やかされて育ってきたマイナにとって、それはとてつもない衝撃だったのだろう。そのショックからか。前世のものであろう記憶が、マイナの頭の中を一気にぐるぐると駆け巡った。  ──え?  打たれた衝撃で横を向いていた顔を、真正面に向ける。王立学園の廊下には大勢の生徒が集まり、その中心には、三つの人影があった。一人は、マイナ。目の前には、この国の第一王子──ローランドがいて、その隣では、ローランドの愛する婚約者、伯爵令嬢のリリアンが怒りで目を吊り上げていた。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

処理中です...