18年愛

俊凛美流人《とし・りびると》

文字の大きさ
23 / 54
第2章:記憶の錯綜編

第23話:交錯する違和感


◆打ち上げの翌朝◆

 眩しさで目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込む光が、シュンのまぶたをゆっくりと照らしていた。
身体はだるさを引きずっていたが、それ以上に心の奥にざわついた感覚が残っていた。
“現実”だったのか、“脚本”だったのか──昨夜の出来事がどこか他人事のようにも思える。
目覚めと共に押し寄せる不確かさに、シュンは胸の奥がそっと揺れるのを感じていた。
昨夜の記憶が、ぼんやりと脳裏に浮かぶ。
拍手、カーテンコール、打ち上げのざわめき。
そして──ユイの静かな笑顔。
寝ぼけたまま、机の上の台本に目をやった。
確かにあのセリフは、昨日の朝まではなかった。
でも今は、きちんと印刷された文字として、そこにある。

(夢じゃなかったんだよな)
(でも、なぜ印字される?……元々あったのか?俺の記憶が曖昧なのか?)

そんな疑問を抱きながら、手に取ったネックレスが、ひやりと冷たい。
昨日も、それをポケットに忍ばせていた。
本番のとき、ユイの声を聞いた瞬間、なぜか胸の奥に“何か”が灯った気がする。

(あの言葉……どこかで聞いたことがある)

だが、どこでかは思い出せない。

◆記憶の“上書き”とZIXIの同期◆

 朝のコーヒーを淹れながら、スマホを開いた。ZIXIの画面に通知が浮かぶ。

《昨日の記録に基づく台詞一致率:100%》

これは、舞台上で発した台詞とZIXI内に記録された記憶ログとの“完全一致”を示していた。
セリフの正確な再現性をZIXIが確認したという意味だ。

「またそれか……」

タップすると、舞台本番のログが自動再生された。昨夜、自分が言ったはずの台詞。だが──

(……違う)

声の間、語尾のトーン、そして息の吸い方。どれも自分“らしい”のに、何かが違う。

「これは……本当に“俺”か?」

録音には、自分の声が残っていた。だがそれは、あまりにも“自然すぎる”再現だった。まるで、AIが自分の声色と口調を模倣して再構成したような――。

──逆デジャブってイメージが近いだろうか。
既視感が向こうからやってくるような。

(誰かが俺の記憶を“作ってる”……?)

恐怖ではなかった。
ただ、妙に冷静な違和感だけが、心にひっかかっていた。

◆稽古最終日のズレ◆

 昼前、TINEにユイからメッセージが届いた。

《昨日の稽古、すごく集中してましたね。やっぱり来栖さんとの芝居はやりやすいです》

(昨日の……稽古?)

シュンは固まった。
昨日は本番初日だった。
稽古はその前日で終わっている。
返信しようとして、指が止まる。

《……昨日って、稽古してたっけ?》

少しの間をおいて、ユイから返信が返ってきた。

《……あれ? 私、変なこと言いました? なんか、夢と混ざってるのかも》

夢。
シュンはその言葉に引っかかる。
昨日の本番も、今朝の記録も、全部“夢”のような感触だった。

(まさか、俺たちの記憶ごと――)

ZIXIが何かを操作している?あるいは、ユイの言動そのものが──

(いや、考えすぎだ……)

でも、自分だけが違和感を覚えているわけではない。
ユイも、何かに気づいている。
または何かを知っているのか。
そのとき、不意にZIXIから新たな通知が届いた。

《補足ログ提案:該当音声に関連する外部記憶が検出されました》

(外部記憶?)

ZIXIはただの記録アプリではなく、記憶の“再構成”に関わっているのではないか?
シュンは画面をタップしそうになり、そしてためらった。

「……もしこれが、俺の“本当じゃない”記憶だったら?」

そう思う自分が、すでにZIXIに支配されかけているようで、恐ろしくなった。

◆カフェでの会話◆

 その日の夕方、演出家から呼び出され、近くのカフェで会うことになった。

「セナくん、ちょっと聞きたくてね」

演出家はコーヒーを一口飲んでから、言った。

「あのセリフ、君……稽古のときから考えてたの?」
「……え?」
「“君が、ここに来てくれるって”ってやつ。あれ、妙に芝居の流れと合ってたからさ」

シュンは一瞬、言葉に詰まった。

「……すみません。俺、自分でもわからないんです。口が勝手に動いたというか……」
「ふうん……いや、悪いって意味じゃないよ。逆に、なんだか“運命”みたいなものを感じた」

演出家はそう言って、笑った。

「運命?……あとで冷静になって考えてみたら、あのセリフは一種のアドリブなんじゃないかって」
「あれがアドリブ?……ま、芝居って、そういう瞬間が一番面白いんだけどね」

だが、シュンの心には、別の“脚本”の存在が、静かに芽吹いていた。

「……俺たち、いつの間にか“誰かの演出”の中にいるのかもしれません」

演出家はカップを置きながら、わずかに眉を寄せた。

「その言葉……何だか、妙に腑に落ちるな。まるで、台本にも書かれていたみたいだ」

その言葉は、冗談のようでいて、自分の中では確かな実感だった。
演出家は一瞬だけ不思議そうな顔をして、そしてまた笑った。

「そのセリフ、次の芝居で使えるかもな」

◆誰が“演出”しているのか◆

 帰宅後、再びZIXIを開いた。

《ログ更新中:関連記録を検索しています》

そのメッセージが浮かんだ瞬間、画面が暗転。
そして、数秒後に一つのログが表示された。

《2007年5月1日 未公開ログ》

(……再会から数日後の記録?)

音声再生ボタンに手をかけかけて──止めた。
今は聞くべきじゃない。
そのとき、背後でスマホが震えた。
TINEの通知。

ユイ《来栖さん……少し、話せますか?》

──画面の隅には、薄く表示された文字が浮かんでいた。

《Access Key: I.A.》
(……アクセスキー? 誰の……?)

──それはまるで、“誰か”が、次のページを開こうとしているようなタイミングだった。

けれど、画面を閉じるその指が、ふと止まった。
再生ボタンのすぐそば、ひとつだけ追加された情報欄に目が留まる。

《関連ID:A.IHITO》

(アマヤ……? いや、でも、なんでこのタイミングで……)

胸の奥が、じわりと熱を帯びていく。
知っているはずのない名。
聞いたことのあるような、でもどこか遠い記憶。
画面を閉じる直前、ふと浮かんだ。

(もし、あのセリフも——あの台詞すら、誰かの“想い”だったとしたら?……例えば、今井ハヤト、いや“アマヤ”と呼ばれた誰かの──)

そんな仮説が、まるで既に用意されていた結論のように、心にすとんと落ちた。

(第24話へつづく)
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

白椿の咲く日~ひそかな恋、遠い日の思いは

紫さゆり
恋愛
結婚を控えた真由子は、久しぶりに異母姉の稚子(わかこ)と会う。 真由子の母の雪江は、大学教授であり著名な歌人の水上実之(みなかみさねゆき)の後添いとして水上家に嫁いだ。 婚約者の諒人(りょうと)のことなど、真由子は稚子と色々語り合ううち、庭の白椿の木は真由子がなついていた異母兄、靖之が植えたものだと知る。 白椿の木をめぐっての、ひそかな大人の恋物語です。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

有名俳優の妻

うちこ
恋愛
誰もが羨む結婚と遺伝子が欲しかった そこに愛はいらない

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

Blue Moon 〜小さな夜の奇跡〜

葉月 まい
恋愛
ーー私はあの夜、一生分の恋をしたーー あなたとの思い出さえあれば、この先も生きていける。 見ると幸せになれるという 珍しい月 ブルームーン。 月の光に照らされた、たったひと晩の それは奇跡みたいな恋だった。 ‧₊˚✧ 登場人物 ✩˚。⋆ 藤原 小夜(23歳) …楽器店勤務、夜はバーのピアニスト 来栖 想(26歳) …新進気鋭のシンガーソングライター 想のファンにケガをさせられた小夜は、 責任を感じた想にバーでのピアノ演奏の代役を頼む。 それは数年に一度の、ブルームーンの夜だった。 ひと晩だけの思い出のはずだったが……

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~