猫の神様はアルバイトの巫女さんを募集中──田舎暮らしをして生贄になるだけのカンタンなお仕事です──

春くる与

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神事と招かれざる闖入者

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 あたりは明るくて白い靄のようなものに包まれていた。
私はふわふわとした足元の感触に、おっかなびっくり歩いていく。
それはやがてピントが合っていくみたいに、草を踏む感触と、桜の花のピンク色に変わっていった。

 瞬きに閉じた瞼の、開いた瞬間、景色が一瞬で変わる。
春の温かさを含んだ風が、頬をなでていった。
広々とした緑の丘。
そこに枝垂桜の古木。
緋毛氈が敷かれて、野点傘があちらこちらに立てられていた。

 けれど用意されているのは御茶ではなくて酒器のようで、ふわりとお酒のいいにおいがする。
風は、はらはらと舞い落ちる桜の花びらをどこまでも運んでいく。
それを胸一杯に吸い込むと、春の香りがした。
あたりには、思い思いに宴を楽しむ山の神たちの姿がある。

「里ちゃん。こっちこっち」

 呼ばれて振り向くと、松里さんと人型になった汐とがいた。
私は、どこか夢見心地でそちらに向かう。
普通にパジャマで寝たはずなんだけど、私はいつのまにか巫女装束をまとっていた。

「こんばんは。……あれ、こんにちは、なのかな」

 あたりは昼間のようだけど、時刻はどうなっているのだろう。
今は真夜中の筈だけど。

「どっちだって、いいじゃなあい。お酒があれば、それはいい時間よお」

 松里さん、もう酔ってるのだろうか。
さあさあ、と杯を持たされて片口からとろりとした透明なお酒を注がれる。

 すこし甘い、いい匂い。
一口含むと、きりっと冷えていて、それでいて柔らかい口当たりの美味しいお酒だった。
日本酒って、こんなに美味しいんだ。
ちょっと、シャンパンみたいに気泡がある。

「美味しい……」

「でしょお。さ、じゃんじゃんいっちゃって」

 片口からは、いくらでもお酒があふれてくるみたいだった。
松里さんは、すごい上機嫌である。
汐は酔った様子はないけど、それでもクイと杯を干す。
私は飲むほどに気持ちよくなっていくみたいだった。
このお酒だと、悪酔いとかしなさそう。

 おつまみは木の実などの簡素なものだけど、塩加減がちょうどよくって、ついお酒が進む。

「山の神の春の祭はねえ、秋の豊穣を願うのよ。だから田植えの前あたりね」

「ちゃんと意味があるお祭りなんですね」

「メインは、猫神の奉納舞ね」

「奉納……てことは、もっと上の神様がいるんですか」

「そうそう。神様の間にも格があるのよね」

 アタシはほとんど無視してるんだけど、と松里さんは笑う。
そういえば、汐にも横柄だったりするよね。
遠慮がない間柄といえば、そんな感じではあるけれど。

 汐は杯を置いて、すらりと立ち上がった。
私を見て、少し笑うと手を伸ばしてポンと頭をひと撫でされる。
あ、笑ったところをはっきり見たのって初めてかもしれない。
端正な面差しは、笑うと途端に華やかだ。

「……見ておれ」

 言うと、汐はしずしずと桜の下へと足を運ぶ。
能舞台とかを見ているみたい。
所作がしなやかな優雅さで、私はお酒のせいもあってうっとりと見惚れていた。

 ……一陣の、風。
それが通り過ぎると、汐の衣裳がいつもの白衣から、平安時代の貴族みたいな装束に変わっていた。
どこから響くのか、楽の音があたりを満たす。

 汐はゆっくりとした動作で、装束をさばく。
す、と扇を持つ手があがる。
私がよく知るような、激しいリズムのダンスとはまるで違う動き。
猫特有のしなやかで、ゆるやかな動きで腕が弧を描く。

 くるりと巡った袖が、装束の裾が、散る花びらにも似た様子で宙を舞う。
その一幅の絵のような光景を、私は息をすることすら忘れて見入った。

 重力を振り切ったように、汐は舞う。舞う。
くるりくるりと、ふわりふわりと。
やがてすべての舞の終わりに、桜の下に端座する姿まで。
所作の何もかもが美しかった。

「これが……神様の舞」

 ほう、とため息交じりに呟くと、松里さんが綺麗でしょう、と自慢げに言う。

「踊りの苦手な神なんてのもいるけれど。猫はとにかく、動きが優雅だもの」

「うん、すごく綺麗だった……」

 舞を終えて、汐が私たちのいるところに戻ってくる。
綺麗だったよ、と声をかけた。

 ちょうど、その時だった。
ずず、という地鳴りが響いた。
次に、ずしん、と重い地響きが辺りを揺るがす。

「……!!」

「……ッ!?」

 小さな動物の姿の神様たちなどは、その揺れで飛び上がった。

 え、なにごと!?
夢の中だっていうのに、地震!?

 宴を台無しにする、その響きが何なのか。
確かめようとして見回した視線の先に、人の姿があった。

 大昔の甲冑みたいなものを身に着けた、背の高い人。
時代劇なんかで見る、侍のように見えた。
誰?なにもの??
私が戸惑っていると、汐が低く呟いた。

「……氏康」
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