猫の神様はアルバイトの巫女さんを募集中──田舎暮らしをして生贄になるだけのカンタンなお仕事です──

春くる与

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嵐の夜の宴

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「夕飯はみんなで芋煮しましょうよ」

 今年こそは動かないぞと言いたげに玄関に座り込んで踏ん張っていたお年寄りは、それを聞くと途端にそわそわとしはじめた。
分かりやすいなあ、可愛いなあ、と私はつい顔がほころんでしまう。

「え、さ、酒も持ち込んでいいんかい?」

「ほどほどなら……」

 さすがに酔っぱらってしまわれるのは困るけど、駄目です、というのも可哀想なので許可することにした。
松里さんなどは、積極的に推奨する方向である。

 これは不謹慎だけど、災害非難というよりお楽しみ会みたいになっちゃったかもしれない。
それでも午前中には避難しないとごねる人もなく移動が終わったのは良いことなんだろう。
集会所に集まってワイワイと楽しげにしている村のお年寄りたちを見て、駐在さんや役場の人たちは苦笑いしていた。

「いやあ、いっそ、飲んでおとなしく寝てくれる方が心配なくていいかもしれません」

 そう言ったのは駐在さんだ。

「だいたいが大人しくしててくれと言っても、畑が心配だ田んぼが心配だといって外に出て、濁流にのまれたりという事故が多いんでね」

 それは恐ろしい事故だ……。
こういう田舎のお年寄りって、なまじ体力があるものだから無茶してしまうんだろうなあ。

 話している間にも駐在さんに無線が入った。
応答していた彼は、しばらくして無線を切ると私たちを振り返る。

「さっそく、隣の地区で行方不明が出ましたわ。いってきます」

「うわあ……お気をつけて。芋煮、残しておきますね」

 ありがたいと笑って言って、駐在さんはそろそろ荒れ模様になってきた天気の中を出ていった。
見送ってから、さて私たちは夕食の支度にとりかかる。

 とはいえ、私の出番なんてないんだけど。
なにしろ村の料理自慢腕自慢の奥さんたちが勢ぞろいしているのだ。
芋煮どころか、シシ鍋やら、川魚の塩焼きやら、野菜の煮物やら。果ては各家庭自慢の御漬物や、ご飯のお供、お酒のつまみが各種並ぶ。

 ああ、あのしぐれ煮おいしそう。
これはもう、本当にお楽しみ会だなあ。

「里ちゃん、こっちこっち。座って食べなさいよ」

 外は嵐。風の音がどんどん強くなっている。
だけど、建物の中は暖かい空気で満ちていた。
あちこちでお酒をつがれそうになるけど、私まで酔っぱらってはいけないので、ここは我慢。
せめて駐在さんが戻ってくるまでは、御台所の番を死守しなくては。

 私は外に出ている人たちの分を取り分けて、それを冷蔵庫にしまい、そっと汐の分の膳をつくる。
お酒が入って無礼講になっている皆の間をうろうろとしている汐を、手招きして呼んだ。

 みんな、野良の筈の汐がいても邪険に扱ったりはしない。
汐は各家を回ってはお年寄りに撫でられるのを仕事にしている。
三重子さんも言っていたけれど、汐をなでると身体の調子が良くなるのだそうだ。
それは氏子である村人に少しだけれど力を分け与えているからなのだ、と松里さんが言っていた。

 村の人は、無意識にそれを分かっているのかもしれない。
汐が尻尾をピンと立てて私の後をついて来る。
それを見たお年寄りが、汐は里ちゃんが好きだねえ、と笑った。

 え、え……そ、そうかな。
好き、を人型で想像してしまって私はちょっとどきりとした。
どうしても、一昨日の儀式の事を思い出してしまって変に照れる。

 私は人のいない奥の一室に入る。
ついてきた汐は私が襖を閉めると、ふわりと姿を人型に変えた。
同時に、部屋の中の空気が澄む。

「神域に空間ごと移動させたから。よほど霊力が強くないと、人は入ってこれん」

「……霊力」

 私は座布団をしいて、汐の前に膳を置く。
霊力が強いのだと以前に言われたけれど、私はまだなんとなく意味が分からなくて首を傾げる。
汐はそんな私を見て、ほのかに口許を笑ませた。

「霊力というのは、ほとんど自覚しないものだからな。だが、はじめて村に来た時、神域の方の社に入ってきただろう。霊力が相当に強くないと、あんなことにはならない」

「そうなんだ。……なにか、人生の役には立たなさそうなスペックね」

「何を言っている。里の霊力が高い御蔭で、交感が十分にできているんだぞ」

「……!」

 それはすごく嬉しいかも。
役に立っているんだと思うと、テンションが上がる。

「自分が役に立っていると思うと、ちょっと……ううん、かなり誇らしい。じゃあ、神様、おまたせしました。お食事です」

 ちょっとおどけて言ったのだけど、汐はうむ、とかなんとか重々しく頷く。
膳に並んだものに箸をつけ、旨い、と小さく呟く。

「おいしいよね、その野菜の煮浸し。川田のおばあちゃんが持ってきてくれたのよ。みんな料理上手だよねえ」

 私がそう言うと、汐は視線を上げて私を真っ直ぐに見る。
え、な、なんですか。
じっと見つめられて、私は戸惑った。

「俺は」

 深いバリトンが静かにそう言って、それから黒い瞳が笑みに細められる。

「里が作った料理も、旨いと思う。……好きだ」

「……」

 心臓が。二回ほど、脈を飛ばしたんじゃないかと思う。
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