スクリャービンの色

夢のもつれ

文字の大きさ
4 / 12

まっ白なコンドミニアムの4人分の食器

しおりを挟む
 夜中に薄っすら目が醒める。いきなり冷たい空気の粒子が喉に入って来て、布団の上に霜が降りていると思っていきなり起き上がってしまった。

 単に部屋が冷え込んでいただけだということはすぐにわかったが、ああ林の中にいるんだと思うとすっかり目が冴えてしまった。暗闇を手探りでトイレまで行って、部屋を明るくして水を飲む。

 ちゃんと思い出して、ちゃんと考えればわかるはずだ、そしてその手がかりはこの家にあるはずだとつぶやいた。妻が何を考え、何をしようとしてこの家を建てたのか、そうしたことの手がかりは東京の家にはなく、この家にあるに違いない。妻の身の回りのものの中に家の図面や領収書のようなものはあるかもしれないが、それを見てもそうした理由とか動機とかはわからないだろう、そんな直感がある。

 ふと思いついて台所に行き、食器の数を数えてみた。一人分なら離婚するかなんかして独りで暮らそうとしていたのだろう。二人分なら誰かと暮らそうとしていたのだろう。それが誰なのかで、ずいぶん違う想像になってしまうが。

 茶碗もいくつかの皿も箸もスプーンやフォークも、何もかもぴったり4人分あった。その茶碗や箸も夫婦茶碗とかそういったものでなく、特徴のない、まるで昔行ったハワイのコンドミニアムの備品のような感じだった。

 そう思って見るとこの家は確かに何でも揃っているけれど、事務的なよそよそしさが漂っているように思える。それにしても4つずつでは、何の想定もできない。子どもでもいれば別だろうが、これではとりあえずそれぐらいあればということで買い揃えたとしか思えない。

 妻は初めから気乗りがしないと言っていた。折角予約したんだからと自分は何度も言い、最後は叱りつけるようにして成田に向かった。ホノルルは曇っていた。

「この季節はこんな天気が多いんだよ」

 タクシーの運転手の飛躍の多い説明は英語のヒアリングの苦手な自分にはそう聞こえた。飛行機の中で妻はほとんどしゃべらなかった。コンドミニアムは曇り空の下に沈んでいた。部屋は白一色だった。壁もカーペットもカーテンも家具も眩しいような白だった。皿やコーヒーカップまで白だった。食器やスプーンやフォークは4人分ずつ揃えてあった。その部屋は、確かに旅行業者が言っていたように何でも揃っていたけれど、事務的なよそよそしさが漂っていた。

「まるで病院みたい」

 そう妻がつぶやいた。

 二日目の夜だったか、だいぶ妻の気持ちがほぐれてきて、自分も楽しくなって買い込んだステーキやロブスターを部屋で調理して食べながら、色んなカクテルを作ったりした。知らないうちに酔っていたのだろう、窓から見えるバーベキューハウスのガスの炎に誘われるようにして、海に行って泳いだ。……

 それで妻は流産してしまった。妊娠していることは妻も自分も知らなかった。学術的なのか、わかりにくい英語で、何らかの影響が残るかもしれないと色の浅黒い医者から繰り返し説明されている間、自分はその医者の手の甲の毛をずっと見ていた。……

 家もそうだが、一体妻は家具や電化製品や食器や色んなものをいつ用意して、運び込ませたのだろうか。この家が完成したのは、年末か年始くらいのはずだ。妻が亡くなった日とどうも辻褄が合わないような気がする。どうやってここを選んだのだろう。何回かはここに来ていたと考えるのが自然だろう。

 記憶を呼び戻しても、そうしたことをしていたとも、していなかったとも、何とも見当がつかない。妻が不在でもどこに行っているのか、何をしているのか、何を考えているのか、そんなことはお見通しのつもりだったが、改めて考えてみると何も知らなかったと思い知らされる。

 こんな寒い所にハワイのコンドミニアムを再現しようってことじゃないよな? おまえにとってあそこは不吉なものじゃなかったのか?……

 ともかく明朝すぐに業者に会おう、会ってもっとくわしい話をみっともなくてもいいから訊いてみよう。すべてはそこから始まると言い聞かせながら、台所に素足で立ったままではこの家は我慢できないほど寒い、寒いだけではないのかもしれないが、と思った。……
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

『愛が揺れるお嬢さん妻』- かわいいひと - 

設楽理沙
ライト文芸
♡~好きになった人はクールビューティーなお医者様~♡ やさしくなくて、そっけなくて。なのに時々やさしくて♡ ――――― まただ、胸が締め付けられるような・・ そうか、この気持ちは恋しいってことなんだ ――――― ヤブ医者で不愛想なアイッは年下のクールビューティー。 絶対仲良くなんてなれないって思っていたのに、 遠く遠く、限りなく遠い人だったのに、 わたしにだけ意地悪で・・なのに、 気がつけば、一番近くにいたYO。 幸せあふれる瞬間・・いつもそばで感じていたい           ◇ ◇ ◇ ◇ 💛画像はAI生成画像 自作

✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...